異能世界 【5】
「お前らが、生き残りの能力者か」
この世界は、荒れ果てている。 俺たちが見覚えある建物は倒壊しているものもあれば、半壊しているものもあるといった具合で。 だが、大体の位置関係は元いた世界とリンクしている。 クレアの喫茶店や、西園寺さんの家、俺の住んでいる家や、学校や駅。 それらの位置関係はほぼ一緒だ。 分かりやすく例えるなら、世界がそのまま横にズレたという感じ。 数ある世界の道筋の一つがここのように。 俺たちが居た世界を選択肢Aの世界とするなら、この世界は選択肢Bを選んだ結果だというように。
だから、この「中央噴水広場」というのが、駅前を指しているということが俺もクレアもすぐに頭に浮かんできた。 この街にある噴水といえば、ここしかない。 俺たちが居た世界では浜無駅という名前の駅だ。 そして、それはこの世界でも駅の役割は果たしていた……といったところか。 まぁ、既に廃線にはなっているようだけど。
そして、どうやらそれは正解らしい。 広場に着いた俺とクレアの目に入ってきたのは、あのコートの男ほどではないが大柄の、短髪の若い男だった。 噴水の端に腰をかけ、俺たちが現れても体は一切動かさず、目だけを俺たちへ向ける。
「あんたか? 矢文を寄越したのは」
俺が話しかけると、男は顔を俺たちへと向ける。 正確には俺とクレアの顔を観察するように見て、一人納得した様子をしたあとに口を開いた。
「いや、正確に言えば俺じゃねぇけどな。 まぁ良い、お前ら……蒼龍と戦っていただろ。 つうことは、俺たち側ってことで良いんだよな?」
「蒼龍? とは、あのコートの男のことですか? それに、あなたたち側というのは一体?」
「蒼龍ってのはそうだ。 つか、名前も知らなかったのかよ。 お前ら何者だ? その言い方からして、この辺りの人間ではねえのか? いやでも、この場所以外に生きている奴なんて……」
クレアの問いに、若干呆れたように男は返す。 短髪をぼりぼりと掻きむしり、噴水近くにかけていた腰をゆっくりと持ち上げて、次に男は再度、俺たちを観察するように眺める。
……気圧されそうだ。 それほどの雰囲気を男は纏っている。 この人は、強い。 だが、俺たちの弱い部分を見せる理由はない。 臆すな。
「人に名前を聞くときは名乗れよ。 常識だろ?」
「ほー、なるほど。 名乗れ、ね。 良いぜ、俺は王場だ。 下は言わなくても良いだろ?」
「そうか。 俺は――――――」
「私はクレア。 クレア・ローランドです」
おい、人の自己紹介を邪魔するなよ。 人が話しているときに割り込むなと教わらなかったのか。 そんなんだから「しんぽ」とか言っちゃうんだろ。
が、クレアはそんな考えをする俺を他所に、小さい声で言う。 顔は王場に向けたまま、悟られないように。
「……成瀬、恐らくこれはこの世界のルールです。 ですので、ちょっと試してみました」
この世界のルール? というと……もしや。
「ん、ローランド……? いやいや考え過ぎか。 女をいじめるのは趣味じゃねーんだけどな。 それに見たところ隻腕か? ま、しゃあねぇか。 行くぜ」
「名乗り合いは決闘の合図。 そういうことのようですね」
やはり、か。 だから、あの芳ケ崎という女も俺に名乗ったんだ。 それがこの世界のルール、あくまでも番傘男が決めたルールではなく、自然と生まれたルール。 だから、蒼龍と呼ばれたコート男のようにそれに従わない者も居る……ってことだな。
「言っておきますが、私は強いですよ」
「なら、手加減はしないで済みそーだな。 へへ」
王場は背負っていた剣を構え、クレアを見据える。 対するクレアは刀を抜き、王場を正面に捉えていた。
「……なんだ、ありゃ」
剣、とは違う。 まるで斧のような形をした剣だ。 持ち手はでかく、それだけで一般的な刀身くらいはありそうな物。 そして、刃は先端に行けば行く程、重量を増しているように思える。 チェーンソーをそのまま巨大化したような形だ。 そして、剣の柄には……まるで、人の眼のようなものがある。 閉じられた、眼のようなもの。
「俺に能力はねぇ。 だが、お前には負けねぇよ、能力者」
王場は剣先をゆっくり、クレアに向ける。 そして、言った。
「行くぜ、クレア」
王場がそう言った直後、空気が変わった。 重力が一瞬で数倍になったかのような威圧感と、突き刺さるような空気だ。 見ているだけの俺ですらそのくらいにも感じるほどのものを王場は放っている。 それを正面から受けているクレアは、一体どのように感じたのだろうか? とてもじゃないが、俺では恐らく立っていることすら難しいかもしれない。 だが。
「上等です。 年寄りには優しくしなければですが、戦場では別ですね」
「へへ」
二人は睨み合い、そして――――――――消えた。
いや、違う。 俺が目で追えなかっただけだ。 事実、さっきまで数十メートル離れていたであろう二人の距離は、ゼロ距離まで縮まっていたのだから。 コンマ数秒のその一瞬で、お互いにその距離を詰めたのだ。
そしてそのぶつかり合いを目にして数秒後、遅れて金属同士がぶつかる音が聞こえてくる。 まるで、破裂音のような音。
「これを腕一本で止めるとは、さすがに蒼龍から逃げ切っただけのことはあるな、お嬢ちゃん」
「それはどうも。 随分軽い一撃で、中は空洞なのかと思いましたよ」
……まっずいな。
クレアは口ではそう言ったものの、恐らくあの状態から動けない。 いくら身体強化の能力があったとしても、あの馬鹿でかいギロチン剣を片腕一本で抑えているんだ。 それだけで、精一杯のはず。
そう考えれば、あの王場という男は化け物だ。 能力も何もない素の状態で、あの早さとあの力。 いくら身体能力が通常より上がりやすく、通常よりも高いこの世界でも、あれほどまでの物を身につけるのに一体、どれほどの時間を費やしたのか。
「減らず口だな。 でもよぉ、俺の剣は食い付くぜ」
男が言った直後、剣の形状が変わる。 太くなった先端が広がり、何本もの刃となる。 まるでそれは花が咲いたかのようにも見えた。
そして、もうひとつ。 王場が持っている剣の柄、そこに埋め込まれている眼のようなものが少しだけ開かれた。 ギロリと、睨みつけるように。
「……ッ!」
それにクレアがかろうじで反応するも、間に合わない。 広がった刃の袋はクレアを包むように飲み込む。 まるで、剣自身が意思を持ったかのように動き、クレアの周囲を覆うように突き刺さる。
「クレアッ!!」
まだ、剣の袋には余裕があるはずだ。 いくら包まれてしまっても、すぐに刃はクレアに向かわないはずだ。 何か、打破する方法を考えなければ。 でないとまた、クレアが傷付いてしまう。 こんなところで、立ち止まってはいられない。
そんなとき、声が聞こえてきた。
〈やはり、面倒なことになっているな。 だから私はあいつに任せるのは反対だったんだ〉
「……誰だ?」
王場……ではない。 聞こえてきた声は王場の低い声ではなく、透き通るような高い声だ。 それはクレアでもない、勿論俺でも。
「王場ッ!! 貴様、勝手なことはするなと言っただろう!!」
「ん……うわっ! なんで姉御が居るんだよ!?」
立っていたのは、黒い長髪を風に揺らし、腰に日本刀を差した細身の女。 一体いつからそこに居たのか、駅の上から俺たちのことを見下ろしていた。
……ってことは、さっき聞こえてきた声はこの女のものか? それに会話を聞く限り、二人は顔見知りっぽいな。
「貴様一人に任せるわけがないだろう。 監視役として私がわざわざ足を運んだのだ。 で、結局こうなっているしな」
「いやいや! ちょっと待ってくれ! 俺だって別にやり合うつもりはなかったんだよ! なぁ!?」
言いながら、王場は俺に顔を向ける。
「いや、めっちゃやる気だった」
「だそうだ。 後で話があるから覚悟しておけ。 それと、今すぐ武器を収めろ」
「なんでだよぉ!!」
「チッ。 覚えてやがれです、変態男」
「あ? なんか言ったか、チビガキ。 俺のどーこーが変態だってんだ!」
「ふん。 可愛い私を乱暴に閉じ込めるだなんて、完全に変態じゃないですか」
「んだとコラ!?」
あれから、突如として現れた女……ディジ・ローランドというらしい。 クレアと同じラストネームなのが気になり聞いたものの、どうやら特に関係はないようだ。 まぁ、世界が違うのだからそれもそうだけど。
とにかく、ディジさんのおかげもあり、こうして一旦は収まった場だったのだが……なんだか再燃しかけている。 どうやら、クレアと王場さんは相性が悪いと見えるな。
「いい加減にしろ王場。 そもそも、私たちの目的はなんだ? 私たちで話し合い、今日ここに二人を呼び出した目的だ」
「そりゃ……協力、だったけどよ。 でも、つえー奴が目の前に出てきたら、戦いたくもなるだろ!? なぁ、姉御……いってぇ!」
「それはお前だけだ。 ったく……」
若干嬉しそうにしていた王場さんに、ディジさんはゲンコツ。 かなり鈍い音がなっていたことから考えるに、相当痛そうだな……。 クレアの殴りと同等か、それ以上か。
「すまないな、二人とも。 こいつの悪い癖なんだ、許してやってくれ」
「いやいや、別に良いって。 大丈夫大丈夫」
「なんで成瀬が返事をするんですか……戦ったのは私なのに。 女性相手に鼻の下を伸ばしていたと西園寺にチクってやります」
おい、適当なデマを流そうとするな。 誰がいつ鼻の下を伸ばしたってんだ。 いい加減なことばかり言いやがって……。 そうやってすぐに西園寺さんにチクるのやめろ。 西園寺さんは俺たちの親か。
「西園寺?」
と、その名前を聞いてディジさんは首を傾げる。
「あ、西園寺っていうのは、私たちの友達です。 この、同じ世界に居るはずなのですが……まだ、会えずなんです」
「……ふむ。 同じ世界、ということは……つまり、異世界から来たということか? 君たちは」
「それは」
どう、答える? 素直にそのまま言うか? でも、それを言ったところでどうする? この人たちが俺たち側の人間かも分からない今、どんな情報でもペラペラと喋るのはあまり良くないように思えるが……。
「難しい顔をするな。 そうか……異世界人か。 それならば、能力持ちということにも納得が行く」
「……やけに素直に飲み込むんですね。 少々不自然ですが」
「そうか? ああ、君たちは知らないのか。 この世界には、世界と世界を繋げる能力を持っている奴が居るんだ」
「……世界と世界を?」
「うむ。 狐の面を付け、番傘を持っている男の能力者だ」
……あいつ、本当に好き放題やってるんだな。 てか、そろそろ俺たちの前にも姿を見せて欲しいんだけど。 肝心なときに限っていつまでも隠れやがって。
「は、はは」
乾いた笑いをする俺に、ムスッとした顔をするクレア。 王場さんとディジさんはそれを違った受け止め方をしたのか、特に気にすることなく話を続けた。
「それで、さっきの少女のことだが」
「……待て、生きているのか?」
咄嗟に、聞いてしまった。 順序を全て省いて、言ってしまった。 きっと、俺は自分でも知らない内に相当気にしていたんだろうな。 本来ならその質問をする前に過程があったのに、思わず口に出してしまっていた。
「成瀬、と言ったか? どうして、私たちが西園寺の身柄を保護しているのを知っている? 能力か?」
「いや、確かに俺は思考が読める能力だけど、自分では制御できないから違う」
「なら、何故……」
「性別だよ。 俺もクレアも、西園寺さんが女だってことは言ってないのに、ディジさんは知ってたから。 ディジさんが俺と同じ能力を持ってるなら、話は変わるけど」
俺の言葉に、ディジさんは目を一瞬見開いた。 そして、笑う。 微笑むような、優しい笑い方で。 どこかで見たような笑い方だ。
「ふふ、そうか。 すまん、なんだか懐かしい感じがしてな。 成瀬の言う通り、西園寺は私たちのアジトに居る。 そこで交渉だ」
指を一本立て、それを宙に向けてディジさんは言う。 なるほど、そう来たか。
「……俺たちに、何かしろってことか?」
「ああ、そうなる。 回りくどい言い方をするのも性に合わないから、率直に述べよう」
ディジさんは長い髪を掻きあげて、言った。 それはこの世界での、俺たちの立ち位置を決めるひと言にもなったのだ。 殺し合いが平然と行われる世界での、やり方。
「エリアAの奪還に、協力して欲しい」
それに俺とクレアがなんて答えたかなんて、わざわざ言う必要もないだろう。




