第7話「体育祭」
「白瀬くん、おはよう!」
駅に着くと、朝倉さんが笑顔で手を振っていた。
「……おはよう、朝倉さん」
「今日は寝坊しなかったね!」
「うん。さすがに今日はね」
「あはは! よかった!」
僕たちは並んで改札へ向かった。
改札を通り、ホームへ向かう。
「白瀬くん、体育祭楽しみ?」
「うーん、どうだろう。今まであんまり学校行事には参加してこなかったから」
「そうなんだ!」
「でも、今日は頑張ってみようと思ってる」
「ほんと!? じゃあ一緒に楽しもうね!」
「うん、そうだね」
そんな話をしていると、電車がホームに入ってきた。
電車に乗ると、僕たちは空いていた席に並んで座った。
「そういえば、白瀬くんの借り人競走って何時からだっけ?」
「確か、午前中だったと思う」
「そっか! じゃあ応援しに行くね!」
「……ありがとう。でも、用具係の仕事もあるんじゃない?」
「あ、そっか! じゃあ見られたら応援する!」
「うん。朝倉さんもリレー頑張ってね」
「ありがとう! 絶対勝つから見ててね!」
「うん、応援してるよ」
朝倉さんは嬉しそうに笑った。
体育祭が楽しみだなんて、今まで一度も思ったことがなかった。
でも、今日は少しだけ違う気がした。
学校に着くと、校庭ではすでに何人かの先生や生徒が準備を始めていた。
僕たちも荷物を教室に置き、用具係の仕事に取りかかった。
用具係の仕事をしていると、先生がこちらへやってきた。
「白瀬、ちょっといいか?」
「はい?」
「午後の救護係が一人来られなくなってな。白瀬は午後に競技がないよな? 代わりにお願いできないか?」
「……救護係、ですか」
思わず表情が曇った。
そのとき、隣にいた朝倉さんが僕の顔を見た。
「……白瀬くん」
「ん?」
朝倉さんは少し考えるような表情をした。
「先生! 私が代わります!」
「え? 朝倉さん?」
「でも、朝倉は午後にリレーがあるだろ?」
先生が尋ねた。
「はい! でも、それ以外の時間なら大丈夫です!」
「……朝倉さん、僕は別に大丈夫だよ」
「私がリレーに出てる間だけ、お願いしてもいい?」
「……でも、それだと朝倉さんにほとんど任せることになるし」
「大丈夫だよ! 私がやりたいって言ったんだから!」
「……そっか。ごめんね」
「ううん! 気にしないで!」
「用具係の方はほかの生徒に任せておくから、二人ともよろしく頼むな」
こうして、午後の救護係は僕たちで交代して担当することになった。
「……朝倉さん」
「ん?」
「どうして代わってくれたの?」
「うーん、理由は分からないけど、白瀬くん、救護係嫌そうにしてたから」
「……うん」
「困ってるなら、助けたいなって思っただけだよ!」
朝倉さんはそう言って笑うと、ほかの用具係のところへ駆けていった。
僕はその後ろ姿を、しばらく見つめていた。
テントの設営や用具の確認を終える頃には、校庭に続々と生徒が集まり始めていた。
そして、いよいよ体育祭の開会式が始まった。
開会式が終わると、生徒たちはそれぞれの応援席へ戻っていった。
いくつかの競技が終わり、僕が出場する借り人競走の時間になった。
『続いての競技は、借り人競走です!』
放送委員の声が校庭に響いた。
『今回のテーマは「伝えられていない想いを伝えよう」です! コースの途中にある紙を引いて、お題に当てはまる人を連れてきてください! ゴールした後には、その人に想いを伝えてもらいます!』
周囲から歓声が上がった。
僕は第2組だったので、ほかの出場者たちと一緒に第1組の競技を見ていた。
スタートの合図とともに、5人の生徒が一斉に走り出した。
途中に置かれた紙を拾い、それぞれお題を確認すると、観客席へ向かっていった。
しばらくすると、出場者たちが次々と誰かを連れてゴールへ戻ってきた。
最初にゴールした男子生徒が、隣の女子生徒に向き直った。
「この前、喧嘩したときにひどいこと言ってごめん!」
「……もういいよ。私も言いすぎたし」
周囲から拍手が起こった。
続いて、別の男女がゴールした。
「……ずっと好きでした! 付き合ってください!」
その瞬間、校庭が大きく盛り上がった。
女子生徒は驚いた様子で男子生徒を見つめた。
少しの沈黙の後、小さく頷いた。
「……私も好きです」
校庭から大きな歓声が上がった。
こんな大勢の前で告白するなんて、すごいな。
僕には、とても真似できそうにない。
その後も、ほかの出場者たちがそれぞれの想いを伝えていった。
借り人競走って、こういう競技だったっけ。
僕はてっきり、「帽子をかぶっている人」や「赤い靴を履いている人」なんかを探すものだと思っていた。
でも、今回のお題はどれも誰かとの関係が必要なものばかりだ。
……知り合いの少ない僕には、かなり不利なんじゃないか?
『それでは、第2組の皆さん! スタート地点へお願いします!』
そんなことを考えているうちに、僕の番が来てしまった。
スタート地点に並ぶと、隣の生徒が軽く屈伸をしていた。
僕も前方に置かれた紙へ目を向ける。
「白瀬くーん! 頑張ってー!」
声のする方を見ると、朝倉さんが大きく手を振っていた。
周りにも聞こえるほどの大きな声に、僕は少し恥ずかしくなった。
僕は朝倉さんに向かって、小さく手を振り返した。
『位置について、よーい……』
ピストルの音が鳴り、僕たちは一斉に走り出した。
紙が置かれた場所まで走り、一枚を手に取る。
開いてみると、そこにはこう書かれていた。
『感謝している人』
……感謝している人。
その言葉を見た瞬間、僕の頭に一人の顔が浮かんだ。
僕は観客席の方へ目を向けた。
朝倉さんの姿を見つけると、そちらへ走っていった。
「……朝倉さん!」
「えっ、白瀬くん!? 私?」
「うん。一緒に来てくれる?」
「えっ、う、うん!」
朝倉さんは少し戸惑いながら立ち上がった。
僕たちは並んでゴールへ向かった。
ゴールすると、朝倉さんが僕の方を向いた。
「ねえ、白瀬くん! お題なんだったの?」
「……感謝している人」
「えっ、私に?」
「……うん」
僕は少し視線を落とした。
「……朝の救護係のことなんだけど」
「うん?」
「……僕が嫌がってたのに気づいて、代わってくれたでしょ」
「うん」
「その……嬉しかったんだ」
自分の気持ちを口にするのは、少し恥ずかしかった。
「……ありがとう、朝倉さん」
朝倉さんは少し驚いたように僕を見つめた。
「……そっか」
そう言うと、少し照れくさそうに笑った。
「えへへ、どういたしまして!」
僕たちは並んで退場口へ向かった。
「ねえ、白瀬くん!」
「ん?」
「私がいてよかったでしょ?」
朝倉さんはいたずらっぽく笑った。
「……うん、そうだね」
「えっ、そんな素直に言うんだ!」
「……変だった?」
「あはは! ううん、嬉しいよ!」
退場口を抜けると、朝倉さんがこちらを向いた。
「白瀬くん、借り人競走どうだった?」
「……思ってたのとは違ったけど、楽しかったよ」
「ほんと!? よかった!」
「朝倉さんは? 急に連れていっちゃったけど」
「あはは! びっくりしたけど、私も楽しかったよ!」
「……そっか」
校庭では、次の競技の準備が始まっていた。
「じゃあ、私たちも仕事に戻ろっか!」
「うん、そうだね」
僕たちは用具係の集合場所へ向かった。
その後も、僕たちは競技に使う道具を運んだり、片付けたりして過ごした。
気づけば午前中の競技もすべて終わり、昼休みを知らせる放送が流れた。
「じゃあ、白瀬くん! また午後ね!」
「うん、またあとで」
朝倉さんは手を振ると、友達のところへ向かっていった。
僕も昼食を取るため、教室へ戻ることにした。
教室に戻ると、何人かの生徒が友達と昼食を食べていた。
僕は自分の席に座り、鞄から昼食を取り出した。
昼食を食べ終えると、午後の競技が始まるまで教室で過ごした。
午後の競技が始まる時間になり、僕は校庭へ向かった。
用具係の仕事をしていると、救護テントの方から朝倉さんが歩いてきた。
「あ、白瀬くん!」
「朝倉さん」
「そろそろリレーの時間だから、救護係お願いしてもいい?」
「うん、分かった」
「ありがとう! じゃあ、行ってくるね!」
「うん、頑張って」
朝倉さんは笑顔で手を振ると、集合場所へ走っていった。
僕は救護テントへ向かった。
テントに着くと、養護教諭の先生に挨拶をして、空いている椅子に座った。
しばらくすると、クラス対抗リレーが始まった。
救護テントから校庭を眺めていると、走者の中に朝倉さんの姿を見つけた。
やがて朝倉さんの順番が来た。
朝倉さんはアンカーとして、2位でバトンを受け取った。
勢いよく走り出すと、前を走る生徒との距離を少しずつ縮めていった。
そして、ゴール直前で追い抜き、1位でゴールした。
校庭から大きな歓声が上がった。
朝倉さんはクラスメイトたちと喜び合っていた。
僕も思わず、小さく拍手を送った。
しばらくすると、朝倉さんが救護テントへ戻ってきた。
「あ、白瀬くん!」
「朝倉さん、お疲れさま」
「ありがとう! ねえ、リレー見てた?」
「うん、見てたよ。すごかったね」
「でしょ! 言ったとおり勝ったよ!」
朝倉さんは得意げに笑った。
「うん、おめでとう」
「ありがとう!」
「じゃあ、救護係代わるね!」
「うん、ありがとう」
僕は朝倉さんと交代し、用具係の仕事に戻った。
その後も競技は順調に進み、やがて最後の種目が終わった。
閉会式が終わると、僕たちは用具の片付けに取りかかった。
朝から続いた体育祭も、ようやく終わりを迎えた。
片付けを終え、教室へ戻ろうとしたところで、朝倉さんが声をかけてきた。
「白瀬くん! 今日は楽しかった?」
「……うん。思ってたより、ずっと楽しかったよ」
「ほんと!? よかった!」
朝倉さんは嬉しそうに笑った。
「ねえ、白瀬くん! 今日このあと暇?」
「……うん。特に予定はないけど」
「じゃあ、一緒にご飯行かない?」
「……ご飯?」
「うん! あ、玲奈もいるんだけど!」
「……そうなんだ」
誰かと一緒に食事をするなんて、いつぶりだろう。
「どう? 行けそう?」
「……うーん」
少し迷った。
でも、せっかく誘ってくれたんだ。
「……うん、行こうかな」
「ほんと!? やった!」




