第4話「距離」
体育祭まで、あと三週間ほど。
校内では体育祭の準備が少しずつ進み、放課後も以前より慌ただしくなっていた。
その日の放課後も、実行委員の会議が開かれていた。
会議が終わり、僕が鞄を持って立ち上がると、朝倉さんが話しかけてきた。
「明日、競技決めるんだね」
「うん、そうみたいだね」
「白瀬くんは何に出るつもり?」
「……玉入れかな」
「玉入れ? あはは、なんか白瀬くんらしいね!」
「……どういう意味?」
「んー、なんとなく!」
「朝倉さんは何に出るの?」
「私? リレーに出ようかなって!」
「リレー? 足速いんだね」
「んー、どうだろ。走るのは好きだけど!」
「そっか」
「じゃあ、白瀬くん。また明日ね!」
「うん、また明日」
朝倉さんは軽く手を振り、会議室を出ていった。
翌日のホームルーム。
「今日は実行委員の二人に進めてもらうからな」
担任の先生がそう言うと、朝倉さんが教壇の前に立った。
僕は黒板の横で、決まった競技と名前を書き込んでいくことになった。
朝倉さんが希望者を募り、競技は次々と決まっていった。
残っている競技は、玉入れと借り人競走だけだった。
「じゃあ次、玉入れに出たい人!」
僕もチョークを置き、手を挙げた。
周りを見ると、思っていたよりも多くの手が挙がっていた。
「一人多いね。じゃあ、じゃんけんで決めよっか!」
朝倉さんの声に、希望者たちが顔を見合わせた。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
何度かじゃんけんを繰り返し、最後に負けたのは僕だった。
「白瀬くん、残念だったね」
「まあ、仕方ないね」
「じゃあ、白瀬くんは借り人競走だね!」
「……うん」
すべての競技が決まり、ホームルームが終わった。
「花ー! うちらリレー一緒じゃん!」
同じクラスの橘玲奈さんが、朝倉さんに声をかけた。
明るい茶色の髪が印象的な女子生徒だ。
「あ、玲奈! 一緒だね!」
「絶対勝とうね!」
「うん、頑張ろう!」
楽しそうに話す二人を横目に、僕は次の授業の準備を始めた。
それから数日後。
放課後、僕は体育祭で使う備品の確認をしていた。
朝倉さんはリレーの練習があるらしく、少し遅れて来ることになっていた。
僕は倉庫で備品の数や状態を確認し、チェック表に記入していた。
「ごめん、遅くなっちゃった!」
しばらくして、朝倉さんが小走りでやってきた。
「ううん、大丈夫だよ」
「ありがとう! 私も確認するね」
朝倉さんは半袖の体操服姿で、額の汗を拭っていた。
ふと、彼女の手首に目がいった。
普段は制服の袖に隠れていて、見えない部分。
そこには、うっすらと青い血管が浮かんでいた。
「白瀬くん、これって何個必要だっけ?」
その声に、はっと我に返った。
「えっと、チェック表だと二十個だね」
「ありがとう! じゃあ数えてみるね」
「うん、お願い」
二人で備品の確認を続けた。
「そういえば、借り人競走になっちゃったね」
「うん。まさか最後まで負けるとは思わなかった」
「あはは! 白瀬くん、じゃんけん弱いの?」
「いや、普段はそんなことないと思うけど」
「じゃあ、あの日は運が悪かったんだね!」
「そうみたいだね」
そんな話をしながら、僕たちは備品の確認を終えた。
「花ー! 終わった?」
振り返ると、橘さんが手を振っていた。
「あ、玲奈! 居残り終わったの?」
「やっと終わったー! マジ疲れた」
「あはは、お疲れさま! 私も今終わったところ!」
「じゃあ帰ろ!」
「白瀬くん、また明日ね!」
「うん、また明日」
朝倉さんは橘さんと並んで帰っていった。
僕も鞄を持ち、学校を後にした。
家に着くと、リビングから母の声が聞こえた。
「おかえり。今日は遅かったね」
「体育祭の準備があったから」
「そっか。ちょうどご飯できたところだから、食べちゃいなさい」
「うん」
鞄を部屋に置き、リビングに戻った。
母と向かい合って夕食を食べていると、ふいに母が口を開いた。
「……ねえ、透」
「ん?」
「最近、学校はどう?」
「どうって?」
「いや、その……楽しい?」
母は少し言いにくそうに尋ねた。
「……大丈夫だよ」
僕がそう答えると、母は少し安心したように笑った。
「そっか。ならよかった」
それから母と夕食を済ませ、食器を流しに運んだ。
「ごちそうさま」
「はーい」
僕はリビングを出て階段を上がり、自分の部屋に戻った。
ベッドに腰を下ろすと、ふと今日の朝倉さんの姿が頭に浮かんだ。
あの華奢な手首に、うっすらと浮かんでいた青い血管。
高校に入ってから、誰かの手首に見入ってしまうことなんてなかった。
けれど、今日は違った。
朝倉さんとは、少し距離が近くなりすぎたのかもしれない。
ただ、体育祭が終われば、朝倉さんと関わる機会も少なくなるだろう。
実行委員の会議は残り一回。それから前日の準備と、当日の運営、片付け。
それが終われば、またただのクラスメイトに戻る。
そう考えると、少し気が楽になった。




