第31話「好きだから」
第31話 修学旅行四日目
修学旅行四日目。
昨日、リフトで朝倉さんに聞かれたことが、ふと頭に浮かんだ。
『今は、恋してる?』
……あの質問、どういう意味だったんだろう。
「透、そろそろ行こうぜ」
悠真の声に顔を上げると、三人はすでに出発の準備を終えていた。
「ごめん。今行くよ」
僕は荷物を持ち、部屋を出た。
今日はいよいよ小樽にも行く予定だ。
昨日の質問について、もう一度朝倉さんに聞いてみたい気もする。
でも、どう聞けばいいのか分からなかった。
そんなことを考えながら、僕たちは集合場所へ向かった。
ホテルのロビーに着くと、朝倉さんたちの姿が見えた。
「おはよう、白瀬くん」
「おはよう、朝倉さん」
「今日もよろしくね」
朝倉さんはいつもと変わらない笑顔を見せた。
その笑顔を見ると、昨日の質問がまた頭に浮かんでくる。
……やっぱり、気になるな。
僕たちは先生の指示に従ってバスに乗り込んだ。
席は自由だったので、僕は窓側に座った。
すると、朝倉さんが隣にやってきた。
「隣、いい?」
「うん。もちろん」
朝倉さんが隣に座り、バスがゆっくりと走り始める。
窓の外には、北海道らしい景色が広がっていた。
しばらくすると、隣から小さな寝息が聞こえてきた。
目を向けると、朝倉さんは目を閉じていた。
どうやら眠ってしまったらしい。
そして、少しずつ僕の肩に頭を預けてきた。
……起こした方がいいのかな。
そう思ったけれど、気持ちよさそうに眠っている朝倉さんを見ていると、起こすのも悪い気がした。
僕はそのまま、窓の外に視線を戻した。
やがてバスが停車すると、朝倉さんがゆっくりと目を覚ました。
「あれ……?」
「着いたよ」
「えっ、もう?」
朝倉さんは自分が僕の肩にもたれていたことに気づいたらしく、少し慌てて身体を起こした。
「ご、ごめんね。寝ちゃってた」
「大丈夫だよ」
「重くなかった?」
「全然」
「そっか……よかった」
僕たちはバスを降り、最初の目的地である札幌時計台へ向かった。
時計台の前に着くと、みんなで写真を撮ることになった。
「せっかくだし、全員で撮ろうぜ」
悠真がそう言って、近くにいた人に写真を頼んだ。
六人で並び、カメラに向かって笑顔を見せる。
シャッター音が鳴った。
「おお、いい感じじゃん」
悠真が写真を確認する。
「佐伯くん、なんか変な顔してない?」
橘さんが画面を覗き込みながら言った。
「え、どこが?」
「ここ。なんか微妙」
「いや、普通だろ」
「そうかなあ」
二人のやり取りを見て、僕たちは笑った。
その後も時計台の周辺を見て回り、札幌の街並みを楽しんだ。
先生からは、札幌駅周辺で自由行動をしていいと言われていた。
集合時間は12時30分。
僕たちは次の目的地であるテレビ塔へ向かった。
テレビ塔の展望台からは、札幌の街並みを一望できた。
「結構高いね」
朝倉さんが窓の外を眺めながら言った。
「そうだね。遠くまで見える」
「写真撮ろうよ」
朝倉さんがスマートフォンを取り出す。
僕たちは景色を背景に写真を撮った。
その後、紗奈が窓の近くで少し後ずさった。
「うわ……やっぱり高いところって怖いかも」
そう言いながら、律の腕をつかむ。
「嘘つくなよ」
律は呆れたように言った。
「えー、なんで分かったの?」
「さっきまで普通に外見てただろ」
「細かいなあ」
紗奈は笑いながら律の腕を離した。
その後、僕と朝倉さん、律と紗奈、悠真と橘さんの組み合わせでも写真を撮った。
「次はお昼だな。腹減った」
悠真がそう言った。
僕たちはテレビ塔を後にし、昼食を食べるためにスープカレーのお店へ向かった。
お店に入ると、それぞれメニューを選び始めた。
悠真は辛さを選べることに気づくと、かなり高い辛さを選んだ。
「そんなに辛くして大丈夫?」
僕が尋ねると、悠真は余裕そうに笑った。
「これくらい余裕だって」
ところが、料理が運ばれてくると、悠真の表情は少しずつ変わっていった。
「……辛っ」
「大丈夫?」
橘さんが心配そうに尋ねる。
「いや、全然いける」
そう言いながらも、悠真は何度も水を飲んでいた。
「私のと交換する?」
橘さんが自分のカレーを見ながら言った。
「橘さん、そんな辛いの食べられるの?」
「うん。辛いの好きだから」
「……いや、大丈夫。俺が頼んだんだし」
悠真は意地になったようにスプーンを持ち直した。
橘さんはそんな悠真を見て、少し笑った。
食べ終わる頃には、悠真はすっかり疲れた様子だった。
「もう辛いのは頼まない……」
「最初からそうすればよかったのに」
橘さんがそう言うと、悠真は何も言い返せなかった。
僕たちは札幌駅へ戻り、小樽行きのバスに乗った。
バスの窓から見える景色が少しずつ変わっていく。
札幌の街並みを離れ、やがて小樽に到着した。
バスを降りると、橘さんが悠真の方を向いた。
「佐伯くん、一緒に観光しない?」
「えっ?」
悠真は明らかに動揺した様子で、橘さんを見た。
「えっと……」
橘さんは悠真の耳元に顔を寄せ、小さな声で何かを話した。
僕には何を話しているのか聞こえなかった。
悠真は一瞬だけ僕の方を見た後、ぎこちなく口を開いた。
「そ、そうだな。俺たちは別行動にしない?」
「下手くそ」
橘さんが小さく呟いた。
「おい、六人で回るんじゃなかったのか?」
律が不思議そうに尋ねる。
「予定変更ってことで!」
悠真はそう言って、橘さんと歩き出した。
……橘さんと悠真のおかげで、朝倉さんと二人になれそうだ。
律と紗奈も二人で観光することになったらしい。
こうして、僕と朝倉さんは二人きりになった。
しばらく歩いていると、朝倉さんが店先の商品を眺め始めた。
「朝倉さん」
「ん?」
「……今日の朝倉さん、可愛いよ」
「へ、へえ……あ、ありがとう」
僕たちはそのまま北一硝子へ向かった。
店内には、色とりどりのガラス製品が並んでいた。
「これ、可愛い」
朝倉さんが手に取ったのは、小さな青いガラス皿だった。
「お母さんにお土産で買おうかな」
「いいと思うよ」
「うん。これにしよう」
朝倉さんは嬉しそうにそれを手に持った。
僕も店内を見て回り、小さなガラスのお土産を買うことにした。
買い物を終える前、僕は棚に並んだガラス細工を眺めていた。
そのとき、頬に何かが触れた。
「ん?」
振り返ると、朝倉さんが人差し指で僕の頬に触れていた。
「えへへ」
朝倉さんは子供みたいに笑った。
「どうしたの?」
「なんとなく」
僕は頬に触れた指先を目で追った。
朝倉さんは何も気にしていない様子で、また歩き始めた。
「次はあっち見てみようよ」
「うん」
僕たちは堺町通りを歩いた。
気になるお店に立ち寄ったり、食べ歩きをしたり。
朝倉さんは見つけたものを楽しそうに教えてくれた。
「これ、美味しそう」
「本当だね」
「食べてみない?」
「うん。食べよう」
そんな何気ない会話を繰り返しながら、僕たちは小樽の街を楽しんだ。
朝倉さんと一緒にいる時間は、あっという間に過ぎていく。
やがて、僕たちは小樽運河へ向かった。
夕暮れが近づき、空の色が少しずつ変わっていく。
運河沿いには石造りの倉庫が並び、ガス灯には明かりが灯り始めていた。
雪の残る景色の中で、水面に映る光が揺れている。
「綺麗だね」
朝倉さんが足を止めた。
「うん」
僕たちはしばらく、その景色を眺めていた。
近くのベンチに並んで腰を下ろす。
「なんだか、時間がゆっくり流れてるみたいだね」
朝倉さんがそう言った。
「そうだね」
しばらく二人で景色を眺めていると、朝倉さんがこちらを向いた。
「そういえば、今日は大丈夫だったの?」
「大丈夫、とは言えない」
「そっか……」
「今も、朝倉さんの血を見たいと思うことはある」
朝倉さんは黙って僕を見つめていた。
「朝倉さんの血が見たい」
「……え?」
「朝倉さんの血が、どんな色をしているのか見てみたい」
「……うん」
「誰よりも、朝倉さんの血が見てみたい」
「……うん」
「朝倉さんの笑顔をもっと見たい」
「……うん」
「朝倉さんの笑い声をもっと聞きたい」
「……うん」
「朝倉さんともっと色んなところに行きたい」
「……うん」
「朝倉さんと、もっとずっと一緒にいたい」
「……うん」
「全部、朝倉さんが好きだから」
「……私も」
朝倉さんは僕の目を見た。
「私も好き」
僕たちはそのまま、しばらく見つめ合っていた。
やがて、朝倉さんの頬が少しずつ赤くなっていく。
「じゃ、じゃあどうする?」
「え、あ……うん」
僕は一度息を吸った。
「朝倉さん、好きです。付き合ってください」
朝倉さんは、少しだけ笑った。
「もちろん!」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
修学旅行四日目。
透と花にとって、大切な一日になりました。
二人の関係がこれからどう変わっていくのか、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。




