第30話「答えのない問」
修学旅行三日目。
昨日の白瀬くんの苦しそうな姿が、まだ頭から離れなかった。
私は、白瀬くんのために何ができるんだろう。
……考えても、答えは出なかった。
今日は、二日目のスキー講習だった。
昨日と同じ場所に集合すると、橋本さんが私たちを迎えてくれた。
「おはようございます! 今日は昨日の復習をしてから、リフトに乗って少し長いコースを滑ってみましょう」
「えー、もうリフト乗るんですか?」
佐伯くんが驚いたように聞いた。
「昨日、皆さんしっかり練習できていましたからね。もちろん、無理のないコースを選びますよ」
「よかったー。俺、まだちょっと怖いんですよね」
「佐伯くん、昨日あんなに転んでたもんね」
玲奈が笑った。
「いや、今日は転ばないから!」
そんなやり取りをしながら、私たちは練習を始めた。
昨日は何度も転んでいたみんなも、今日は少しずつ安定して滑れるようになっていた。
白瀬くんも、最初は慎重に滑っていたけれど、何度か練習するうちに曲がる動作が滑らかになっていた。
「白瀬くん、上手になったね!」
「ありがとう。昨日よりは少し慣れてきたかも」
「うん! すごくいい感じだよ!」
白瀬くんは嬉しそうに笑った。
その後も練習を続け、いよいよリフトに乗ることになった。
二人乗りのリフトに順番に並んでいると、白瀬くんが私に声をかけてきた。
「朝倉さん、一緒に乗らない?」
「……うん!」
突然誘われて少し驚いたけれど、嬉しかった。
私たちは並んでリフトに乗り込んだ。
ゆっくりと地面が遠ざかっていく。
眼下には真っ白な雪が広がっていた。
「綺麗だね、白瀬くん」
「うん。こうして見ると、結構高いね」
「怖い?」
「少しだけ。でも、景色が綺麗だから楽しいよ」
「そっか」
しばらく二人で景色を眺めていた。
……今なら、聞けるかな。
私は隣に座る白瀬くんを見た。
「ねえ、白瀬くん」
「ん?」
「白瀬くんって、恋したことある?」
「……え?」
白瀬くんは少し驚いたように私を見た。
「……うん」
「……そっか」
……まあ、白瀬くんだって恋くらいしたことあるよね。
分かっていたつもりだけど、なんだか嫌だな。
でも、聞かないと。
「その人と、付き合いたかった?」
「……うん」
「……好きになることで、苦しくなるとしても?」
白瀬くんは少し考えてから答えた。
「……それでも好きだから」
胸がきゅっと締めつけられた。
……そんなに好きだったんだ。
どんな人なんだろう。
「自分だけが傷つけばいいって、思ってた?」
「……ううん」
白瀬くんは首を横に振った。
「相手を傷つけるかもしれないことも、怖いよ」
「……うん」
「でも、怖いからって最初から諦めたくないんだ」
……そっか。
白瀬くんは、そんなふうに考えていたんだ。
好きな人と付き合いたい。
その気持ちは、私と同じなんだね。
……じゃあ。
「……今は?」
「え?」
「今は、恋してる?」
『まもなく降り場です。降りる準備をしてください』
アナウンスが流れた。
顔を上げると、もう降り場が目の前まで来ていた。
「……ごめんね。行こっか」
「……うん」
私たちはリフトを降りて、先に待っていたみんなと合流した。
その後は橋本さんの指導を受けながら、何度かコースを滑った。
白瀬くんもだいぶ慣れてきたようで、最後にはほとんど転ばずに滑りきれるようになっていた。
「皆さん、二日間お疲れさまでした! 短い時間でしたが、ずいぶん上達しましたね」
講習の終わりに、橋本さんが笑顔で言った。
「ありがとうございました!」
私たちは揃ってお礼を伝え、ホテルへ戻った。
*
夕食を終えて部屋に戻ると、玲奈と紗奈がベッドに座って話していた。
私も近くに腰を下ろした。
「そういえばさ、二人ともどう?」
玲奈が私たちを見た。
「何が?」
紗奈が聞き返す。
「恋愛の方。紗奈は律くんとどうなの?」
「あー、律? いつも通り。ほんとガード硬いんだから」
「でも、嫌がられてはないでしょ?」
「嫌がってるじゃん」
「うっそー。私たちにはそうは見えないけどね。ね、花?」
「えっ? う、うん」
「え、周りから見たらそうなんだ」
紗奈は少し驚いたように言った。
「てか、花は? さっきからぼーっとしてるけど」
「……え?」
「だから、白瀬くんとはどうなの?」
玲奈も私の方を向いた。
私は少し迷ってから、口を開いた。
「……私、白瀬くんと付き合って、幸せにできるのかな?」
「なんで?」
玲奈が不思議そうに聞いた。
「白瀬くんが辛いとき、多分、私はそばにいることしかできないから」
「そばにいるだけでいいじゃない」
紗奈が答えた。
「でも……そばにいることが原因なのに、そばにいることしかできないから」
「……どういうこと? そばにいるのが原因って」
「……ごめん。うまく説明できないんだけど」
「……まあ、何か事情があるんだろうけどさ」
紗奈は少し考えてから続けた。
「花って、付き合うことを重く捉えすぎじゃない? 責任感じすぎだよ」
「……そうかな」
「無責任になれとは言わないけど、もっと楽になりなさいよ」
「……そんなことしていいの?」
「当たり前でしょ」
紗奈は迷わず答えた。
「でも、白瀬くんはどう思うのかな……」
「そんなの誰にも分からないでしょ。私だって律がどう思ってるか分からないし」
紗奈は腕を組んだ。
「律が私のことをどう思ってたって、まだ諦めるつもりはないよ」
「花も、たまには自己中になりなよ」
玲奈が笑いながら言った。
「誰が自己中よ!」
紗奈がすぐに言い返した。
「え、紗奈のこととは言ってないけど?」
「絶対思ってたでしょ!」
二人のやり取りに、思わず笑ってしまった。
「で、花。どうするの?」
玲奈が改めて聞いた。
……私がどうしたいか。
白瀬くんが苦しんでいるとき、私は何もできないかもしれない。
そばにいることで、余計に苦しめてしまうことだってある。
それでも、今日の白瀬くんは言っていた。
怖いからって、最初から諦めたくないって。
……私も。
「……白瀬くんと、付き合いたい」
「うん。それでいいじゃん!」
玲奈が笑った。
「てか、もう白瀬くんを幸せにできるかなとか考えてるの?」
「え?」
「思った。まずは好きになってもらわなきゃでしょ」
紗奈も頷いた。
「……うん。そうだよね」
「……あれ? もしかして、ちょっとは手応えあったんだ?」
玲奈が私の顔を覗き込んだ。
「う、うん……」
「えっ、そうなの?」
紗奈も興味津々といった様子で身を乗り出した。
「私のこと、友達とは少し違うと思う。少なくとも、女の子として接してくれてるとは思うんだけど……」
「へえー!」
「でも、好きかどうかは分からないよ?」
「じゃあ、もう一押しって感じなんだ」
「そうだといいな」
読んでいただき、ありがとうございます。
今回は花の視点から、恋をすることへの不安や葛藤を描きました。
互いに想いを抱きながらも、まだ相手の気持ちを知らない二人。
リフトの上で聞けなかった問いの答えを、花が知る日は来るのでしょうか。
少しずつ動き始めた二人の恋。これからの展開も楽しみにしていただけると嬉しいです!




