第24話「小さな変化」
「うーん……あ、ゲームセンター行かない?」
「ゲームセンター?」
「うん。久しぶりに行きたいなって」
「いいよ。行こっか」
「やった、ありがとう」
朝倉さんは微笑むと、ゲームセンターの方へ歩き始めた。
僕もその隣に並んだ。
近づくにつれ、賑やかな音楽やゲームの効果音が聞こえてきた。
店内に入ると、朝倉さんは辺りを見渡した。
「あ、白瀬くん。あれ見て」
朝倉さんが指さした先には、たくさんのぬいぐるみが並んだクレーンゲームがあった。
「わあ、これ可愛い」
彼女が指さしたのは、白いウサギのぬいぐるみだった。
「ちょっとやってみようかな」
朝倉さんは硬貨を入れると、真剣な表情でクレーンを操作し始めた。
「よし……ここ」
クレーンが下り、ぬいぐるみを持ち上げた。
「あ、取れたかも」
しかし、出口へ運ばれる途中で、ぬいぐるみは落ちてしまった。
「あー、惜しい」
朝倉さんは残念そうに画面を見つめた。
「もう一回やってみる」
その後も何度か挑戦したけれど、ぬいぐるみはなかなか取れなかった。
「うぅ……全然取れない」
「僕も一回やってみようかな」
「え、白瀬くん得意なの?」
「いや、全然。取れる気はしないけど」
「じゃあ、お願い」
僕は硬貨を入れ、クレーンを操作した。
……この辺りかな。
特に自信があったわけではない。ただ、なんとなく位置を合わせてボタンを押した。
クレーンが下り、ぬいぐるみを持ち上げる。
そして、そのまま出口まで運んでいった。
……え?
ぬいぐるみが取り出し口に落ちた。
「えっ、すごい! 一回で取れた!」
「……え、ほんとに?」
僕自身、取れるとは思っていなかった。
朝倉さんはぬいぐるみを取り出すと、僕の方を振り向いた。
「白瀬くん、遊園地のときも取ってくれたよね」
「今回は本当にたまたまだよ」
「あはは! でも、ありがとう」
朝倉さんはぬいぐるみを抱きしめた。
「あ、そうだ」
「ん?」
「白瀬くん、レースゲームしない?」
「レースゲーム?」
「うん。遊園地のゴーカート、二回とも負けちゃったでしょ?」
朝倉さんは少し得意げに笑った。
「今日はそのリベンジ」
「また負けちゃうんじゃない?」
「えー、まだ始まってもないのに」
「だって、前は二回とも負けてたし」
「もう、今度こそ勝つからね」
朝倉さんは少し頬を膨らませた。
僕はそんな彼女を見て、思わず笑ってしまった。
僕たちは並んで置かれたレースゲームの筐体に座った。
「負けた方がジュース奢りね」
「え、そんなルール聞いてないけど」
「今決めたの」
朝倉さんはいたずらっぽく笑いながら、ハンドルを握った。
僕もハンドルに手を置き、画面に表示されたカウントダウンを見つめた。
レースが始まると、僕が少し前に出た。
「あー、ちょっと待って」
朝倉さんは画面を見つめながら、ハンドルを動かしていた。
しばらくは僕がリードしていたものの、最後のカーブで曲がりきれず、壁にぶつかってしまった。
「あっ」
その隙に、朝倉さんの車が僕を追い抜いていく。
慌てて追いかけたけれど、追いつく前に朝倉さんがゴールした。
「やった、勝った!」
朝倉さんは僕の方を向いた。
「最後、ぶつかってたね」
「うん。完全にミスった」
「じゃあ、ジュースよろしくね」
「はいはい」
「何が飲みたい?」
「んー、何にしようかな」
朝倉さんは近くの自動販売機を見つけると、その前に立った。
「あ、これにする」
彼女が指さしたのは、いちごミルクだった。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
僕は自動販売機に硬貨を入れ、いちごミルクを購入した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、白瀬くん」
朝倉さんは受け取ったいちごミルクを両手で持ち、一口飲んだ。
「おいしい」
その表情を見て、僕も少し笑った。
「ねえ、白瀬くん。どこか行きたいところないの?」
「うーん……じゃあ、ちょっと寄りたいところがあるんだけど」
「どこどこ?」
僕が向かったのは、雑貨屋だった。
「へえ、何か買うの?」
「まあ、一応」
店内に入ると、僕は文房具や小物が並ぶ棚へ向かった。
ちょうど新しいブックカバーが欲しいと思っていたところだった。
棚には、黒と茶色のブックカバーが並んでいた。
僕は二つを手に取り、見比べた。
……どっちにしようかな。
「ねえ、白瀬くん」
「ん?」
振り向くと、朝倉さんが少し離れた棚の前で手を振っていた。
「これ見て。可愛くない?」
朝倉さんが手にしていたのは、小さな花の飾りがついたヘアピンだった。
「うん、可愛いね」
「でしょ。こういうの好きなんだよね」
朝倉さんはヘアピンを手に取ったまま、しばらく眺めていた。
「買わないの?」
「うーん、今日はもういろいろ買っちゃったしなあ」
少し迷ったあと、朝倉さんはヘアピンを棚へ戻した。
僕は再び手元のブックカバーに目を落とした。
……まあ、黒にしようかな。
茶色のブックカバーを棚に戻したところで、朝倉さんが隣に来た。
「ねえ、白瀬くん」
「ん?」
「私も同じの買っていい?」
「え? うん、いいけど……今日はもういろいろ買ったんじゃないの?」
「これは別だから」
朝倉さんは当然のように答えた。
「そ、そっか。朝倉さんも本読むんだね」
「えっ? あ、うん。いや、普段はあんまり読まないんだけど……」
「ちょうど最近、本を読み始めようかなって思ってたんだ」
「そっか。じゃあ、一緒に買おっか」
「うん」
朝倉さんは黒いブックカバーを手に取った。
「そういえば、白瀬くんってどんな本読むの?」
「んー、小説が多いかな」
「へえ。じゃあ、今度おすすめ教えてね」
「うん、いいよ」
「白瀬くん、私、もうちょっとほかのものも見てきていい?」
「うん、いいよ」
朝倉さんはブックカバーを持ったまま、別の棚へ向かった。
僕は先に会計を済ませることにした。
しばらくして朝倉さんも会計を終え、僕たちは雑貨屋を後にした。
「ねえ、朝倉さん」
「ん? どうしたの?」
「これ、よかったら」
僕は小さな袋を朝倉さんに差し出した。
「え? 私に?」
「うん。開けてみて」
朝倉さんは不思議そうに袋を覗き込んだ。
「……えっ、これ、さっきのヘアピン?」
「うん。可愛いって言ってたから」
「え、いつ買ったの?」
「朝倉さんがほかの棚を見てる間に」
朝倉さんはヘアピンを手に取ると、しばらく見つめていた。
「……ありがとう、白瀬くん。すっごく嬉しい」
「気に入ってくれたならよかった」
朝倉さんはヘアピンを大切そうに袋へ戻した。
「大事にするね」
「うん」
朝倉さんは小さな袋を手に、僕の隣を歩いていた。
「そういえば、修学旅行が終わったらすぐテストみたいだね」
「うん。この学校、行事のあとにテストが多いよね」
「あはは! ほんとだよね」
朝倉さんは少し笑ったあと、僕の方を向いた。
「ねえ、白瀬くん」
「ん?」
「また、一緒に電話しながら勉強してもいい?」
「うん、もちろん」
「ほんと? よかった」
朝倉さんは微笑んだ。
気づけば、ショッピングモールの外は夕暮れに包まれていた。
「もうこんな時間なんだね」
朝倉さんは時計に目を向けた。
「うん。今日は結構遊んだね」
「楽しかったなあ。白瀬くんは?」
「僕も楽しかったよ」
「よかった」
僕たちは駅へ向かって、ゆっくりと歩き始めた。
駅に着くと、改札の前で立ち止まった。
「今日はありがとう、白瀬くん」
「こちらこそ。楽しかったよ」
「また一緒にお出かけしようね」
「うん、ぜひ」
朝倉さんは微笑んだ。
「じゃあ、また学校でね」
「うん。またね」
朝倉さんは僕に手を振ると、改札の向こうへ歩いていった。
家に帰り、寝る準備を済ませた頃、スマホに朝倉さんからメッセージが届いた。
『今日はありがとう。すっごく楽しかった!』
『こちらこそ。僕も楽しかったよ』
すぐに返信が届いた。
『ねえ、今大丈夫?』
『ん? 大丈夫だけど』
すると、朝倉さんからビデオ通話がかかってきた。
……どうしたんだろう。
通話に出ると、画面には朝倉さんの顔が映った。
「白瀬くん」
「どうしたの?」
「ねえ、見て」
朝倉さんは少し顔を傾けた。
髪には、今日僕がプレゼントしたヘアピンがついていた。
「あ、それ……」
「つけてみたんだ。どうかな?」
僕は画面越しに朝倉さんを見つめた。
……似合ってる。
そのとき、服屋で朝倉さんに言われたことを思い出した。
『じゃあ、次からは可愛いって思ったときに言ってね?』
「可愛いよ」
「……え?」
「すごく似合ってる」
その直後、通話が切れた。
……え?
突然のことに戸惑っていると、朝倉さんからメッセージが届いた。
『ありがとう! また明日ね。おやすみ』
『うん、おやすみ』
僕はスマホを置いた。
今日も、血への欲求が消えたわけではなかった。
朝倉さんと一緒にいることへの不安も、まだ残っている。
今までは、親しい人に血への欲求を感じるたびに、そんな自分が嫌になっていた。
その気持ちに囚われて、楽しい時間さえ楽しめなくなっていた。
でも、今日は違った。
不安が消えたわけじゃない。
それでも、朝倉さんと過ごした時間は、確かに楽しかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
透も少しずつ変わってきましたね。
二人の距離が少しずつ縮まっていくのを、作者である自分も一人の読者のような気持ちで楽しんでいます。
まだまだ不安なこともありますが、これからの二人が楽しみですね。
これからも温かく見守っていただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。




