↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイコパスプリンス  作者: 山空
22/32

第22話「小さな希望」

 優は救急車で病院へ運ばれた。


 その日の放課後、僕は担任の先生から、優が重い貧血で入院することになったと聞かされた。


 原因について詳しく聞かなくても、僕には心当たりがあった。


 ……僕のせいだ。


 優が何度も血を見せようとしてくれたとき、僕には止める機会があった。


 それなのに、僕は自分の欲求を優先してしまった。


 その事実が、頭から離れなかった。


 翌日、僕は優の入院している病院を訪ねた。


 病室の前まで来ると、なかなか扉を開けられなかった。


 優は今、どんな状態なんだろう。


 そう考えるだけで、胸が苦しくなった。


 それでも、会わずに帰るわけにはいかなかった。


 僕は意を決して、病室の扉を開けた。


「……優」


 ベッドに横になっていた優が、僕に気づいて顔を上げた。


「あ、透。来てくれたんだ」


 いつもと変わらない笑顔だった。


 その顔を見た瞬間、少しだけ安心した。


「……体調はどう?」


「もう全然平気。先生にはしばらく休めって言われたけど」


「……そっか」


 僕はベッドの横に置かれた椅子に腰を下ろした。


「……ごめんね、優」


「何が?」


「……僕のせいで、こんなことになって」


 優は少し驚いたような顔をしたあと、笑った。


「なんだ、そんなこと気にしてたの?」


「……そんなことって」


「俺が勝手にやったことだし、透が謝る必要なんかないって」


 優は何でもないことのように言った。


 けれど、その顔色はまだ悪かった。


「それにさ、退院したらまた見せてやるから」


「……え?」


「だから、そんな顔すんなって。俺は大丈夫だからさ」


 優はいつものように笑っていた。


 その笑顔を見て、僕は何も言えなくなった。


 ……どうして。


 どうして、そこまでしてくれるんだろう。


 僕は優のことが大切だった。


 優と話す時間も、一緒に笑う時間も、何より大好きだった。


 だから、もう傷ついてほしくなかった。


 それなのに。


 ふと、優の腕に目が向いた。


 点滴の管がつながれた、その腕。


 針の刺さっている部分を見つめているうちに、僕は無意識に、その下を流れる血のことを考えていた。


 ……ああ。


 僕は、何を考えているんだろう。


 目の前には、僕のせいで入院した親友がいる。


 それなのに、こんなときでさえ。


 僕は自分の視線を無理やり逸らした。


「……透?」


 優が不思議そうに僕を見つめていた。


 その声を聞いて、ようやく決心がついた。


 ……もう、終わりにしないと。


 僕たちは、きっとこのままじゃいけない。


「……優、話があるんだ」


「ん? どうした?」


 僕は膝の上で両手を握りしめた。


「……もう、僕とは関わらないでほしい」


 優の笑顔が消えた。


「……え?」


「もう、友達でいるのはやめよう」


「……何言ってんの、透」


 優は困ったように笑った。


「俺、別に怒ってないよ? 透のせいだなんて思ってないし」


「……そういうことじゃないんだ」


「じゃあ、どういうことだよ」


 僕は優の顔を見た。


「僕たち、このままじゃ駄目なんだよ」


「……なんで?」


「優がこんなことになっても、僕はまだ血のことを考えてしまう。きっと、これからも同じことを繰り返すと思う」


「……それでもいいよ」


「……え?」


「俺は透のこと、わかってるつもりだよ。それでも友達でいたいんだ」


 優は必死に僕を見つめていた。


「だから、お願い……離れるなんて言わないでよ」


 その言葉に、胸が締めつけられた。


 僕だって、そうしたかった。


 優とくだらないことで笑い合って、何でもない毎日を過ごしたかった。


 でも、もう自分を信用できなかった。


「……ごめん。それでも、僕は優から離れたい」


「……嫌だよ」


 優の声が震えた。


「なんでだよ……俺たち、親友だろ?」


「……うん」


「だったら、なんでそんなこと言うんだよ!」


 優の目から涙がこぼれた。


「俺、透と友達でいたいよ……」


 僕は何も答えられなかった。


 これ以上ここにいたら、きっと決意が揺らいでしまう。


 僕は椅子から立ち上がった。


「……今まで、ありがとう。優」


「待ってよ、透……!」


 優の声を背中に聞きながら、僕は病室の扉へ向かった。


「嫌だって……! お願いだから、行かないでよ……!」


 扉の前で、一瞬だけ足が止まった。


 振り返りたかった。


 もう一度優の隣に座って、いつものように笑っていたかった。


 けれど、僕は振り返らなかった。


 そのまま扉を開け、病室を出た。


 廊下に出てからも、優の泣き声が耳から離れなかった。


 ……ごめんね、優。


 僕は優のことが、本当に大切だった。


 それなのに、最後まで傷つけてしまった。


 もう、こんな思いはしたくない。


 誰かを大切に思うほど、その人の血を見たいという欲求は強くなってしまう。


 だったら、最初から誰とも親しくならなければいい。


 ……もう、友達は作らない。


「……だから僕は、あの日から誰とも深く関わらないようにしてきたんだ」


 僕は朝倉さんの顔を見た。


「……これが、僕がずっと隠してきた秘密だよ」


 朝倉さんは何も言わず、僕の話を聞いていた。


「……だから、朝倉さんとも、もう関わらない方がいいと思ってる」


「……ごめん、ちょっと聞いてもいい?」


 朝倉さんは少し考えるようにしてから、口を開いた。


「その優くんって人は、白瀬くんが血を見たいって言ったから、自分の血を見せるようになったの?」


「……うん」


「……それって、何の解決にもなってないじゃん」


「……え?」


「だって、白瀬くんは血を見たいと思ってしまうけど、本当はそんな自分が嫌なんでしょ?」


「……うん」


「それに、白瀬くんって、自分の秘密を知った人は、離れていくか、優くんみたいに血を見せてくれるか、その二つしかないと思ってない?」


「……それは」


「優くんとはそういう関係になってしまって、ほかの友達とも疎遠になってしまったけど、だからって、みんながそうなるわけじゃないと思うよ」


 朝倉さんは僕の目をまっすぐ見つめた。


「私だって、どっちも選ぶつもりはないもん」


「……でも、僕のことが怖くないの?」


「……驚いたよ。正直、まだ全部理解できたわけじゃない」


 朝倉さんは少し考えてから、続けた。


「でも、だからって白瀬くんと関わるのをやめたいとは思わないよ」


「それに、白瀬くんはこれからもそうやって、誰とも深く関わらずに生きていきたいの?」


「……それは」


 答えようとしたのに、言葉が出てこなかった。


 本当は、朝倉さんともっと一緒にいたかった。


 優と過ごしていた頃のように、何も気にせず誰かと笑い合いたかった。


「……そんなわけ、ないじゃん」


「……それにね、白瀬くん」


 朝倉さんは少し考えてから、続けた。


「観覧車で私の手を傷つけちゃったとき、白瀬くん、血なんて気にしてないように見えたけど……」


「……それは、朝倉さんが痛がってることに気づいて、そのことしか考えられなかったから……」


「そっか。じゃあ、あのときは血のことより、私のことを考えてくれてたんだね」


「……うん。それに、あのとき朝倉さんの温もりを感じたら、少しだけ気持ちが落ち着いたんだ」


「……そうなんだ」


 朝倉さんは少し考え込んでから、僕を見た。


「もしかしたら、誰かの温もりを感じることで、少しは落ち着けるのかもしれないね」


「……でも、もしそうだったとしても……」


「まだわからないけど、試してみる価値はあると思うよ」


「……それって、朝倉さんが否定した優と同じことにならない?」


「……白瀬くんって、意外とお馬鹿さん?」


「……え?」


「だって、全然違うでしょ。優くんは白瀬くんのために自分を傷つけてたんだよ?」


 朝倉さんは少し呆れたように笑った。


「私はそんなことしないよ。ただ、白瀬くんのそばにいたいだけ」


 朝倉さんは少し間を置いて、続けた。


「だから、無理のないところから始めてみない?」


 そう言って、朝倉さんは僕にそっと手を差し出した。


 差し出された手を、僕はしばらく見つめていた。


「……本当に、いいの?」


「うん。でも、今度は優しく握ってね」


 朝倉さんは少し冗談めかして笑った。


 僕は恐る恐る、その手を握った。


 朝倉さんの手は、温かかった。


 けれど、それだけで僕の欲求が消えたわけじゃない。


 また傷つけてしまうかもしれないという恐怖も、まだ残っていた。


 それでも、今はこの手を離したくなかった。


「そうだ、白瀬くん。今度のお休み、空いてる?」


「……うん、空いてるけど」


「じゃあ、私とショッピングモール行こ!」


「……え?」


「今まで全然一緒に遊べなかったんだから、今度は付き合ってよ!」


 朝倉さんは少し得意げに笑った。

花と透が話さなくなってから、作中でもかなりの時間が経ちましたが、ようやく二人が向き合うことができました。


ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。お疲れ様でした!


次回はショッピングデートです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。