第17話「文化祭」
僕の通う高校では、文化祭は二日間にわたって開催される。
一日目は主に各クラスの出し物や体育館での発表が行われ、二日目には一般のお客さんも多く訪れる。
校内には飲食店やお化け屋敷、ゲームコーナーなどが並び、毎年かなりの賑わいを見せるらしい。
僕たちのクラスが上演する『白雪姫』は、一日目の午前中に予定されていた。
文化祭当日、校門をくぐると、色とりどりの看板や飾り付けが目に入った。
普段とは違う学校の雰囲気に、朝からあちこちで楽しそうな声が響いていた。
教室に入ると、すでに何人かの生徒が集まり、衣装や小道具の最終確認をしていた。
「白瀬くん、おはよう!」
「おはよう」
「ちょうどよかった。小人の家、体育館に運ぶの手伝ってくれない?」
「うん、いいよ」
僕は鞄を置き、他の大道具係の生徒と一緒に廊下へ出た。
「いやー、いよいよ本番か。ちゃんと成功するといいな」
「そうだね。練習どおりにできれば大丈夫だと思うよ」
「白瀬くん、落ち着いてるなあ。俺、なんか緊張してきたわ」
「僕たちは裏方だからね。出演する人たちの方が緊張してると思うよ」
「確かに。セリフ忘れたりしたら大変だもんな」
そんな話をしながら、僕たちは大道具を体育館へ運んでいった。
体育館に着くと、すでに照明係や音響係が準備を進めていた。
「大道具、どこに置けばいい?」
「舞台袖でお願い! あとで配置確認するから!」
僕たちは指示された場所に小人の家を運び、ほかの大道具と一緒に並べた。
その後も背景の設置や小道具の確認をしているうちに、開演の時間が近づいてきた。
「みんな、一回集まって!」
クラスの代表が声をかけると、出演者も裏方も舞台袖に集まった。
「ここまでいっぱい練習してきたし、あとは楽しんでやろう!」
「おー!」
みんなが声を上げる中、僕も小さく拍手をした。
出演者たちはそれぞれの立ち位置へ向かい、僕たち大道具係も舞台袖で待機した。
やがて体育館の照明が落ち、客席から拍手が聞こえてきた。
幕が上がると、舞台には大きな鏡が置かれ、王妃役の生徒がゆっくりと歩み出た。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
何度も練習で聞いたセリフだったけれど、本番の衣装と照明が加わると、いつもとは違って見えた。
舞台袖では、次の場面に備えて大道具係の生徒たちが待機していた。
「白瀬くん、次の場面で森の背景だよね?」
「うん。王妃の場面が終わったら交換するよ」
「了解。そっち側お願いね」
僕は頷き、舞台の様子に目を向けた。
やがて場面が切り替わり、朝倉さんが舞台に姿を現した。
白い襟のついた青いドレスに、赤いリボン。普段とは違う格好だったけれど、不思議とよく似合っていた。
客席から小さな歓声が上がる。
朝倉さんは少し緊張しているようにも見えたが、落ち着いた声でセリフを話し始めた。
僕はしばらく、その姿を眺めていた。
「白瀬くん、そろそろ準備しよう」
「……ああ、うん」
隣の生徒に声をかけられ、僕は舞台の方から目を離した。
今は、自分の仕事に集中しよう。
王妃の命令で白雪姫が森へ逃げ込む場面になると、僕たちは舞台袖から背景を運び出した。
「もう少し奥でいい?」
「うん、そこなら大丈夫」
小声で確認しながら位置を合わせ、再び舞台袖へ戻る。
客席からは時折笑い声が聞こえ、劇は順調に進んでいた。
やがて、白雪姫が小人たちの家を見つける場面になった。
「わあ……かわいいお家。誰か住んでいるのかな?」
朝倉さんが不思議そうに家の中を覗き込むと、客席から小さな笑い声が起こった。
「白瀬くん、家の位置ちょうどよかったね」
「うん。ちゃんと見えてるみたいでよかった」
隣の生徒とそんな話をしながら、次の場面に備えた。
朝倉さんは練習のときよりも自然に演じていた。
劇はその後も大きな失敗なく進み、いよいよ最後の場面を迎えた。
王子様の呼びかけで白雪姫が目を覚ますと、客席から拍手が起こった。
朝倉さんは王子様役の生徒と向かい合い、最後のセリフを言った。
やがて幕が下り、再び上がると、出演者たちが横一列に並んでいた。
「ありがとうございました!」
全員が頭を下げると、体育館いっぱいに拍手が響いた。
舞台袖に戻ってきた出演者たちは、緊張が解けたのか、互いに笑い合っていた。
「花、すっごくよかったよ!」
「あはは! ありがとう! 途中、セリフ飛びそうになっちゃった!」
「全然わかんなかったって!」
橘さんと話す朝倉さんの声が聞こえてきた。
「白瀬くん、俺たちも片付け始めようか」
「うん、そうだね」
僕たちは舞台に残った大道具を運び出し、決められた場所に片付けていった。
何週間もかけて作った小人たちの家も、これで役目を終えた。
すべての片付けが終わる頃には、昼休みになっていた。
出演者たちは何人かで集まり、このあとどこを回るか楽しそうに話していた。
僕は特に行きたいところもなかったので、そのまま体育館に残ることにした。
このあとも、他のクラスや部活動による発表が予定されている。
校内を歩いていれば、朝倉さんとすれ違うこともあるかもしれない。
それなら、ここで劇を見ている方がいい。
僕は後方の空いている席に腰を下ろし、次の公演が始まるのを待った。
次に始まったのは、三年生のクラスによる劇だった。
どうやら推理ものらしく、舞台には探偵役の生徒が立っていた。
僕たちのクラスとは違い、途中で笑いを取る場面も多く、客席からは何度も笑い声が上がっていた。
劇が終わると、僕も周りに合わせて拍手をした。
去年も、文化祭のほとんどを体育館で過ごしていた。
特に行きたい場所もなく、いろいろなクラスの劇を見ているうちに、一日が終わったのを覚えている。
今年も、同じように過ごしている。
体育館の出入り口では、友達同士で楽しそうに話しながら出ていく生徒たちの姿が見えた。
僕も、一緒に回れる友達がいたら、もう少し文化祭を楽しめるのかもしれない。
少し羨ましく思いながら、僕は次の劇が始まるのを待った。
今度は恋愛ものらしく、舞台には制服姿の男女が立っていた。
周りの生徒たちは楽しそうに見ていて、僕も時折笑いながら劇を楽しんだ。
公演が終わると、時計はもう三時を過ぎていた。
文化祭の一日目も、そろそろ終わりに近づいている。
僕は席を立ち、体育館を出た。
廊下にはまだ多くの生徒がいたけれど、片付けを始めているクラスもあった。
明日は一般のお客さんも来るから、今日より賑やかになるだろう。
そんなことを考えながら、僕は帰り支度をするために教室へ向かった。
教室に戻ると、何人かの生徒が明日の準備をしていた。
「白瀬くん、お疲れさま。今日の劇、うまくいってよかったね」
「うん。大きな失敗もなかったしね」
「大道具も評判よかったみたいだよ。頑張った甲斐があったね」
「そうだね」
僕は自分の席に置いていた鞄を手に取った。
周りでは、明日はどの出店を回るか、何を食べるかといった話で盛り上がっていた。
僕はその会話を聞きながら、静かに教室を出た。
こうして、文化祭の一日目が終わった。
翌日。
今日は一般公開ということもあり、昨日よりも多くの人で賑わっていた。
僕は昨日と同じように体育館へ向かった。
午前中は比較的空いていて、後ろの方の席に座り、いくつかの発表を楽しんだ。
けれど、昼が近づくにつれて、客席は少しずつ埋まっていった。
『本日は多くのお客様にご来場いただいております。混雑緩和のため、連続してのご観覧はなるべくお控えいただきますよう、ご協力をお願いいたします』
アナウンスが流れ、僕は周囲を見渡した。
立ったまま席が空くのを待っている人もいる。
さすがに、このまま座り続けるのは申し訳ない。
僕は席を立ち、体育館を出ることにした。
校舎に戻ると、廊下には各クラスの出店を宣伝する看板が並び、呼び込みの声が飛び交っていた。
「フランクフルトいかがですかー!」
ちょうどお腹も空いていたので、声のする方へ向かった。
「一本ください」
「はい、百五十円です!」
お金を払い、受け取ったフランクフルトを廊下の端で食べた。
食べ終わってからも、特に行く場所は決まっていなかった。
しばらく校内を歩いていると、ある教室の前で足が止まった。
『カジノ体験! 友達とポーカー対決!』
入口にはトランプの絵が描かれた大きな看板が飾られていた。
ポーカーか。
ルールは知っているし、少し面白そうだ。
入ってみようかと思い、入口に近づいた。
けれど、扉の横に貼られた案内が目に入った。
『※二名以上のグループでご参加ください』
……そうか。
僕はそのまま踵を返した。
廊下では、友達同士で笑いながら歩く生徒たちと何度もすれ違った。
僕は次に行く場所を探しながら、ゆっくりと歩き続けた。
その後も、いくつかの教室を覗いてみた。
写真部の展示では、校内や街の風景を撮った写真が並んでいた。
普段見慣れているはずの場所も、写真になると少し違って見える。
気に入った写真を何枚か眺めてから、教室を出た。
廊下を歩いていると、前を行く男子生徒たちの会話が聞こえてきた。
「次どこ行く?」
「さっきのポーカー、もう一回行こうぜ」
「えー、今度は絶対負けたくないんだけど!」
楽しそうに笑いながら、三人は階段を上がっていった。
僕も誰かと一緒だったら、ああいう遊びができたのかな。
そんなことを考えながら時計を見ると、文化祭の終了時刻が近づいていた。
結局、二日目もほとんど一人で過ごしてしまった。
それでも、劇や展示を見るのはそれなりに楽しかった。
僕は帰り支度をするため、自分の教室へ向かった。
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