第14話「束の間の幸せ」
夏休みに入ってから、朝倉さんとは水族館に行ったきり会っていなかった。
そんなある日、朝倉さんからメッセージが届いた。
『白瀬くん、来週空いてる?』
僕は予定を確認してから、返信した。
『空いてるよ』
すると、少ししてもう一通メッセージが届いた。
『よかったら、一緒に遊園地行かない?』
……遊園地か。
朝倉さんとの距離は少しずつ近づいている。
それなのに、不思議と血への欲求は感じていなかった。
だから、普通に仲良くなれるかもしれない。
でも、このまま親しくなっていけば、いつか本当に好きになってしまうかもしれない。
朝倉さんは、ただ友達として誘ってくれているだけなのに。
勝手に勘違いして、期待してしまうのが怖かった。
でも、断る理由も見つからなかった。
それに、また朝倉さんに会いたいと思っているのも事実だった。
僕は少し考えてから、返信した。
『うん、いいよ』
そして、遊園地に行く日がやってきた。
約束の時間より少し早く待ち合わせ場所に着いた僕は、朝倉さんを待っていた。
「白瀬くん!」
聞き慣れた声に振り向いた。
そこには、いつもと少し雰囲気の違う朝倉さんが立っていた。
三つ編みにした髪を後ろで一つに結び、カジュアルなTシャツにデニムのショートパンツを合わせていた。
普段の朝倉さんも可愛いけれど、今日は一段と可愛く見えた。
朝倉さんが近づくと、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
「じゃあ、行こっか」
「うん!」
僕たちは並んで遊園地の入り口へ向かった。
遊園地に入ると、朝倉さんは楽しそうに辺りを見渡していた。
「ねえ白瀬くん! 最初は何に乗る?」
「そうだね。朝倉さんは何か乗りたいものある?」
「うーん、いっぱいあって迷っちゃう!」
そう言いながら、朝倉さんは園内のマップを広げた。
「白瀬くん、絶叫系って得意?」
「うん、大丈夫だよ」
「ほんと? じゃあ、あれ乗ろうよ!」
朝倉さんが指さした先には、大きなジェットコースターがあった。
「結構高そうだね」
「えへへ、ちょっと怖いかも!」
「朝倉さんが誘ったんでしょ」
「あはは! そうだった!」
僕たちは笑いながら、ジェットコースターの列に並んだ。
しばらく並んでいると、僕たちの順番がやってきた。
「うわぁ、近くで見るともっと高いね!」
「今からやめてもいいんだよ?」
「やだ! 絶対乗る!」
朝倉さんはそう言って笑いながら、座席に乗り込んだ。
安全バーが下り、ゆっくりとコースターが動き出した。
「ねえ、白瀬くん……やっぱりちょっと怖いかも」
「もう遅いよ」
「もう! 笑わないでよ!」
そう言いながらも、朝倉さんは楽しそうに笑っていた。
コースターはゆっくりと坂を上っていく。
隣を見ると、朝倉さんは安全バーをぎゅっと握りしめていた。
そして、頂上に差しかかった瞬間、コースターが一気に急降下した。
「きゃあああ!」
隣から朝倉さんの叫び声が聞こえた。
僕も思わず声を上げてしまった。
急カーブを曲がるたびに体が大きく揺れ、気づけば僕たちは二人して叫んでいた。
ジェットコースターを降りると、朝倉さんが楽しそうに笑いながら言った。
「白瀬くんもあんな声出るんだね!」
「……僕もびっくりしたよ」
「あはは! なんか意外だった!」
「次は何に乗ろっか?」
朝倉さんがマップを覗き込む。
「あっ、コーヒーカップ! あれ乗ろうよ!」
「いいね、行こうか」
僕たちはコーヒーカップの方へ歩き出した。
僕たちは空いている青いカップに乗り込んだ。
「ねえ白瀬くん、これって真ん中のハンドルを回すと速くなるんだよね?」
「そうみたいだね」
「じゃあ、どっちが速く回せるか勝負しよ!」
「……二人で同じカップに乗ってるんだけど」
「あはは! ほんとだ!」
朝倉さんは自分の言葉がおかしかったのか、しばらく笑っていた。
「じゃあ、二人でどこまで速く回せるか挑戦しよ!」
「目が回っても知らないよ?」
「大丈夫、大丈夫!」
やがて音楽が流れ、カップがゆっくりと回り始めた。
「よーし、回すよ!」
朝倉さんが勢いよくハンドルを回し始めた。
「ちょっと、速すぎない?」
「白瀬くんも手伝って!」
僕もハンドルに手を添えて回すと、周りの景色がどんどん流れていった。
「きゃー! 速い速い!」
朝倉さんは笑いながら、さらにハンドルを回そうとした。
「朝倉さん、そろそろやめない?」
「あはは! 白瀬くん、もう限界?」
「……ちょっと目が回ってきた」
そう言うと、朝倉さんはますます楽しそうに笑った。
やがてカップの回転がゆっくりになり、音楽が止まった。
「楽しかったね!」
「……うん。すごい回転だったね」
「あはは! 回しすぎちゃったね!」
カップから降りると、朝倉さんも少しふらついていた。
「わあ! あのぬいぐるみ可愛い!」
朝倉さんが輪投げの屋台の前で足を止めた。
「ねえ白瀬くん、あれ取れる?」
「……どうだろう。結構難しそうだけど」
「えー、白瀬くんなら取れると思ったのにな〜」
朝倉さんはいたずらっぽく笑いながら、僕を見上げた。
「……わかったよ。やってみる」
「やった! 頑張ってね!」
僕は料金を払い、輪を受け取った。
狙うのは、朝倉さんが欲しがっていたぬいぐるみだ。
慎重に狙いを定めて、一つ目の輪を投げた。
しかし、輪は景品の手前に落ちてしまった。
「あれ? 白瀬くん、意外と下手?」
「……まだ一回目だから」
「あはは! 頑張れ、白瀬くん!」
朝倉さんは楽しそうに僕を応援していた。
僕は二つ目の輪を手に取った。
今度は少し力を加減して投げてみたけれど、輪は景品に当たって跳ね返ってしまった。
「……思ったより難しいね」
「白瀬くん、あと一個だよ!」
「うん、最後だね」
朝倉さんの期待に満ちた視線を感じながら、僕は最後の輪を手に取った。
少しだけ深呼吸をして、ぬいぐるみに狙いを定めた。
最後の輪が僕の手を離れ、ゆっくりと宙を舞う。
「あっ!」
輪は景品の棒に引っかかり、そのまま落ちずに止まった。
「やったー! 白瀬くん、すごい!」
「……よかった。取れたね」
朝倉さんは僕以上に嬉しそうにはしゃいでいた。
店員さんからぬいぐるみを受け取ると、僕は朝倉さんに手渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう! 大切にするね!」
朝倉さんは嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめた。
そんなに喜んでもらえるなら、頑張った甲斐があったと思った。
「ねえ白瀬くん! お昼ご飯、私が奢るよ!」
「え? いや、悪いよ」
「ぬいぐるみ取ってくれたお礼!」
「でも、そんなに気を遣わなくていいよ」
朝倉さんは少し頬を膨らませながら、僕を見上げた。
「いいの! ねえ、何食べたい?」
「……じゃあ、ハンバーガーかな」
「よし! ハンバーガーね! 行こ!」
朝倉さんは満足そうに笑った。
僕たちはハンバーガーショップに入り、それぞれ注文を済ませた。
料理を受け取ると、窓際の空いている席に座った。
「いただきまーす!」
朝倉さんは嬉しそうにハンバーガーにかぶりついた。
食事を終え、店を出たところで僕は朝倉さんに声をかけた。
「ごちそうさま。ありがとう」
「えへへ! ぬいぐるみ取ってもらったし、お互い様だよ!」
「ねえ白瀬くん、次は白瀬くんが行きたいところに行こうよ!」
「僕が?」
「うん! 私ばっかり行きたいところ選んでるし!」
「……じゃあ、一つ行ってみたいところがあるんだけど」
「どこどこ?」
「……子供っぽいって思わないでよ」
「えー! なになに?」
「……ゴーカート、かな」
朝倉さんは少し驚いた顔をしたあと、嬉しそうに笑った。
「いいじゃん! 行こうよ!」
僕たちは園内のマップを確認し、ゴーカート乗り場へ向かった。
「白瀬くんって、こういうの好きなんだね!」
「……意外だった?」
「うん! でも、なんか嬉しい!」
「嬉しい?」
「だって、白瀬くんの好きなもの、一つ知れたから!」
朝倉さんはそう言って、楽しそうに笑った。
「……そうなんだ」
そんなことを言われるとは思っていなかった。
ゴーカート乗り場に着くと、朝倉さんがコースを眺めながら言った。
「ねえ、白瀬くん! どっちが速いか勝負しようよ!」
「いいよ。負けても知らないよ?」
「あはは! 私だって負けないからね!」
スタートの合図とともに、僕たちは走り出した。
最初のカーブを曲がる頃には、朝倉さんとの距離が開いていた。
そのまま差を縮められることなく、僕は先にゴールした。
少し遅れて、朝倉さんもゴールする。
「もう! 白瀬くん、速すぎ!」
「僕の勝ちだね」
「こんなに差がつくなんて思わなかった!」
悔しそうに頬を膨らませる朝倉さんを見て、思わず笑ってしまった。
「もう一回! もう一回勝負しよ!」
「え、また乗るの?」
「だって悔しいんだもん!」
「……次も負けるかもしれないよ?」
「今度こそ勝つから!」
朝倉さんは自信満々にそう言った。
「……わかったよ。もう一回だけね」
「やったー!」
もう一度列に並ぼうとしたところで、ふと朝倉さんの様子が気になった。
朝倉さんは何度か片足に体重を移していた。
「じゃあ、今度は一つ条件をつけない?」
「条件?」
「勝った方の言うことを一つ聞くっていうのはどう?」
「いいよ!」
「うん。何でもってわけじゃないけどね」
「よーし! 絶対勝つからね!」
朝倉さんは嬉しそうに笑い、僕たちは再び列に並んだ。
しばらくして、再び僕たちの順番がやってきた。
「今度こそ負けないからね!」
「うん、頑張って」
「もう! 余裕そうなのが悔しい!」
スタートの合図が鳴り、二台のゴーカートが走り出した。
朝倉さんはさっきよりも上手くカーブを曲がっていたけれど、結果はまた僕の勝ちだった。
「えー! また負けちゃった!」
ゴーカートを降りると、朝倉さんは悔しそうに肩を落とした。
「じゃあ、約束どおり僕の言うことを聞いてもらおうかな」
「うぅ……何でも言ってください!」
朝倉さんは少し身構えながら、僕を見上げた。
「じゃあ、少し休憩しようか」
「……え?」
「休憩……?」
朝倉さんは少し残念そうに僕を見つめた。
「……白瀬くん、楽しくなかった?」
「ううん、すごく楽しかったよ」
「じゃあ、どうして?」
「……朝倉さん、足痛いんでしょ?」
そう言うと、朝倉さんは驚いたように目を見開いた。
「……気づいてたんだ」
朝倉さんは少し困ったように笑った。
「でも、これくらい大丈夫だよ! まだまだ乗りたいアトラクションもあるし……」
そう言いながら、朝倉さんは悲しそうに目を伏せた。
「ダメだよ」
僕は朝倉さんの目を見て、はっきりと言った。
「無理してまで遊んでほしくないんだ」
「でも……」
「まだ時間はあるんだから。少し休んでから、また一緒に楽しもうよ」
朝倉さんは少し驚いたように僕を見つめていた。
「……うん、わかった」
朝倉さんは小さく頷いた。
「ありがとう、白瀬くん」
「うん。あそこにベンチがあるから、座ろうか」
僕たちは近くのベンチへ向かった。
腰を下ろすと、朝倉さんは少し安心したように息をついた。
「どこが痛いの?」
「かかとかな。たぶん、靴擦れしちゃったみたい」
朝倉さんはそう言って、靴を脱いだ。
「ちょっと見てみるね」
靴下を少し下げると、かかとの皮膚が赤く擦れていた。
そして、その傷口にはわずかに血がにじんでいた。
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