第12話「小さな期待」
今日は朝倉さんと水族館に行く日だ。
電車に揺られながら、僕は少し緊張していた。
待ち合わせ場所に着いて時計を見ると、約束の時間までまだ十分ほどあった。
少し早く来すぎたかな。
そう思いながら辺りを見渡すと、すでに朝倉さんの姿があった。
「白瀬くん!」
朝倉さんも僕に気づいたようで、笑顔で手を振ってきた。
「おはよう、朝倉さん」
「おはよう!」
制服ではない朝倉さんは、いつもと少し雰囲気が違って見えた。
……可愛い。
「どうしたの?」
「えっ? あ、いや、なんでもないよ」
「そう?」
朝倉さんは不思議そうに首をかしげた。
「あれ? 白瀬くん、今日髪型違うね!」
「ああ、今日は魚がよく見えるように、ちょっと分けてきたんだ」
自分で説明していて、少し恥ずかしくなった。
「そうなんだ! 似合ってるよ!」
「……ありがとう」
「じゃあ、行こっか!」
「うん」
僕たちは並んで水族館へと歩き始めた。
水族館に入ると、目の前には大きな水槽が広がっていた。
「わあ、すごい! 白瀬くん、見て!」
朝倉さんが水槽に駆け寄る。
「ほんとだ。すごいね」
僕も隣に立ち、ゆっくりと泳ぐ魚たちを眺めた。
「わあ! ジンベエザメだ!」
朝倉さんが大きな水槽を見上げた。
僕も視線を上げると、巨大なジンベエザメがゆっくりと頭上を泳いでいた。
「すごいね。こんなに近くで見るのは初めてかも」
「ね! 思ってたよりずっと大きい!」
朝倉さんは夢中になってジンベエザメを見上げていた。
その姿がなんだか楽しそうで、僕は思わずスマホを取り出し、写真を撮った。
「えっ、今撮った?」
「あ、ごめん。つい」
「もう、撮るなら言ってよ!」
「ごめん。消そうか?」
「ううん! 見せて!」
僕はスマホの画面を朝倉さんに向けた。
「わあ! ジンベエザメもちゃんと写ってる!」
「ちょうどいいところに来てくれたからね」
「ねえ、その写真あとで送って!」
「うん、分かった」
朝倉さんはもう一度写真を覗き込み、嬉しそうに笑った。
「あっ、次クラゲ見に行かない?」
「いいね。行こうか」
僕たちは大水槽を離れ、クラゲの展示エリアへ向かった。
青白い光に照らされた水槽の中を、クラゲがゆっくりと漂っていた。
「わあ、綺麗……」
「ほんとだね」
二人で夢中になってクラゲを眺めていた。
ふと横を向くと、朝倉さんと目が合った。
思っていたより、ずっと近い。
「……あ」
朝倉さんは少しだけ目をそらした。
「……クラゲって、ずっと見てられるね」
「……うん」
朝倉さんは再び水槽に目を向けた。
僕もクラゲを眺めることにした。
しばらくして、僕たちはペンギンの展示エリアへ向かった。
「ねえ、白瀬くん。ペンギンって、寒いときはみんなでくっついて暖まるらしいよ!」
「そうなんだ。知らなかった」
「しかもね、外側にいるペンギンが寒くならないように、順番に場所を入れ替わるんだって!」
「へえ、すごいね」
「ね! みんなで助け合ってるんだね」
朝倉さんはペンギンたちを眺めたあと、僕の方を向いた。
「なんか、素敵だね!」
そう言って笑う朝倉さんに、思わずドキッとした。
「あっ、白瀬くん! そろそろイルカショー始まるみたい!」
朝倉さんが時計を見ながら言った。
「ほんとだ。そろそろ行こうか」
「うん!」
僕たちはペンギンの展示エリアを離れ、イルカショーの会場へ向かった。
イルカショーの会場へ向かう途中。
ぐぅ……。
朝倉さん、お腹すいてるのかな。
今日は誘ってもらったし、何か買ってあげようかな。
僕たちはそのまま会場へ向かい、席に着いた。
席に着くと、僕は立ち上がった。
「朝倉さん、ちょっと待ってて」
「え? うん!」
しばらくして、僕はたこ焼きとフライドポテトを持って戻ってきた。
「よかったら、一緒に食べよう」
「……聞こえてたんだ」
朝倉さんがぼそっと何かをつぶやいた。
「ん?」
「ううん、なんでもない。ありがとう!」
「じゃあ、食べようか」
「うん!」
僕たちはイルカショーが始まるのを待ちながら、たこ焼きとフライドポテトを食べ始めた。
しばらくすると、会場に音楽が流れ始めた。
「白瀬くん、始まるよ!」
「うん」
水面からイルカが勢いよく飛び出し、客席から大きな歓声が上がった。
「わあ、すごい!」
朝倉さんは目を輝かせながら拍手していた。
イルカたちは次々とジャンプを披露し、会場を盛り上げていた。
「ねえ、白瀬くん! 今の見た?」
「うん、すごかったね」
気づけば僕も、朝倉さんと一緒になってショーに夢中になっていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、イルカショーが終わった。
「すっごく楽しかったね!」
「うん。また見たいくらいだね」
僕たちが席を立つと、周りの人たちも一斉に出口へ向かい始めた。
通路はあっという間に人でいっぱいになった。
人の流れに押され、朝倉さんとの距離が少しずつ開いていく。
「あっ、白瀬くん……!」
振り返ると、朝倉さんが人混みの向こうにいた。
僕は思わず手を伸ばし、朝倉さんの手を取った。
「こっち」
そのまま手を引いて、人混みを抜けた。
人混みを抜けたところで、僕は朝倉さんの手を離した。
「……ごめん」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
朝倉さんは少し照れくさそうに笑った。
「……白瀬くん、次はどこ行く?」
「あ、そうだね。まだ見てないところに行こうか」
「うん!」
僕たちは再び館内へと歩き始めた。
その後も僕たちは、残りの展示を見て回った。
気づけば、外は夕方になっていた。
「そろそろ帰ろっか!」
「うん、そうだね」
僕たちは水族館を後にした。
朝倉さんと別れ、電車を降りた僕は、一人で家までの道を歩いていた。
僕は、自分の感情に鈍感なわけじゃない。
朝倉さんのことが気になっている。
それくらい、自分でも分かっている。
そして、このまま一緒に過ごす時間が増えれば、きっともっと好きになってしまう。
でも、一つだけおかしなことがあった。
今日一日、僕は朝倉さんの血を一度も意識しなかった。
こんなことは初めてだった。
もしかしたら、朝倉さんとなら……。
そう期待してしまった。




