第8話 呪いのエルフ、少年と出会う
「ちょ、ちょっと待って――」
近づいてくる私に気がついたのか。そのフードを被った何者かは、脱兎の如く逃げ出した。
どうにかその正体を突き止めようとして追い掛けるけど、残念だけど差は縮まらない。どころか、どんどんと遠ざかってしまっている。
《自信満々に走り出したところまではカッコよかったのに》
《ギルハって運動苦手なん?》
《まああんまり得意な感じはないな》
《そんなギルハも好きだよ》
「いや、あの。別に苦手なわけじゃ……。これまでずっと引きこもってたから、体力落ちただけだから!」
《言い訳かわいい》
《別に何も言ってないが》
《今のギルハも好きだよ》
私の苦労を、コメントたちが楽しそうに見守ってくれている。それは別にいいんだけど、目的は逃げ回るローブ姿を捕らえること。別に獲って食べようってわけじゃない。ただこの世界について知りたいだけだ。それをどうにかして伝えたいのだけど、残念ながらぐんぐん距離は離される。
「……どんどん離されちゃうなあ」
《諦めてて草》
《がんばえ~》
ローブ姿は気がつけば穴だらけの巨岩に乗って、その影を小さくしていく。今から自分がその岩を登っても、どうせ辿り着けないだろう。
あ、それなら。
「壊せばいいよね!」
《!?》
《え?》
《え?》
《どうしてそうなった》
《すぐ横着するじゃん》
「横着じゃないよ!」
私は再びゼノリークを生み出すと、大量の触手をその巨岩に放った。巨岩は触手が触れた地点からヒビ入り、無数の亀裂が勢いよく走り出す。
やがて巨岩は音を立てて、崩落を始めた。それを登るフード姿は足場を失い、そしてその崩落に巻き込まれていく。
「あ――」
《あーあ》
《やっちまったなあ》
《ゲームオーバーやん》
巨岩が崩れ、砂煙が舞い上がる。いや、まさか崩落と一緒に落ちていくとは思ってなかった。てっきりジャンプして逃げてくれると思っていた。それを私が地上で先回りして捕まえる算段だったんだけど。
強い風が吹いて、砂煙が晴れると、そこにあったのは大量の瓦礫の山。そこに先ほどのローブ姿はない。
「……え、と――」
まさか殺してしまったのか。嫌な汗が背中を伝う。いや、まだ間に合うはずだ。急いで掘り返さないと!
そう思って、瓦礫に手を伸ばそうとした刹那。
「痛ってえなあ!! 何すんだよ! 死ぬとこだっただろ!?」
全く違う場所から、瓦礫を飛ばしながら元気よくそれは現れた。
目深に被ったフードはめくれて、その相貌が白日に曝される。
背は私よりも低くて、まだ声変わりもしていないような年頃。柔肌に描かれた幾つかの紋様。吸い込まれそうなほどに綺麗な、まるでアメジストを思わせる瞳。
そして、赤錆を思わせる、重くどんよりとしたボサボサの長髪。
彼はじっと、私のことを見つめたまま動かず、私もそれにどう答えればいいかわからない。そんないつまで経っても反応を返さない私に、彼は瓦礫の山から抜け出して眼前に迫ろうとした。
「ちょっ――」
それに対して、私は反射的にすぐに一定の距離を保つ。勢いよく瓦礫の影に身を隠し、顔だけを覗かせて様子を窺う。
「……なんで逃げるんだよ? ボクも逃げたけど、ちょっと傷つくぞ?」
「あ、ゴメンね。ちょっと、私にはあんまり近づいちゃダメで……」
「なのにあんなに必死に追い掛けて来てたのかよ」
「あは……、いや、まさかこんな至近距離になるとは思わなくて……。えっと、体調は大丈夫?」
「落下の心配はしなくてもいいよ。生憎、体は丈夫だから」
落ちたことよりも私を取り巻く毒の影響を心配したんだけど、確かに目に見えて体調への変化はなさそうだ。
そんな私と彼とのやり取りの間でも、コメントたちは楽しそうにしている。
《ショタきたああああああああ》
《元気で生意気なショタが一番いいんだから》
《かわいい♡推させろ♡》
《なんで逃げてたんだろ?》
そうだ。どうして私を見て逃げてたんだろう。それに、こんな場所で何をしてたのかも気になる。
色々と訊きたいことはあったけど、まずは互いの距離を縮めよう。
「えっと、私ギルハ。よろしくね」
「……ツヴァルカイン」
「ツヴァルカイン……」
何やら気まずそうにする少年を傍目に、多分彼の名前であろうそれを呟いて口の中で転がしてみる。マズい。自己紹介の後って何を話せばいいのか勝手がわからない。これまでコミュニケーションというコミュニケーションをニドゥカに任せていた弊害がここに来て出てしまっている。
とりあえずお互いに心の距離を詰めよう。その為には友好的であることを示さないと。
えっと、名前は聞いたからそこから話題を展開するためには……。
「どうしたんだよ。急に黙って」
「ううん。ちょっと考え事してたの。これからよろしくね! ルカ!」
「……ルカ、ルカね」
せっかくお話できるんだし、もっと仲良くしないと。そう思って愛称で呼んでみたけど、彼の反応は落ち着いていて、何かを考えているよう。
「そう! ツヴァルカインだから、ルカ! ……イヤだった?」
我ながらいいアイデアだったと思ったんだけど。
《距離の詰め方エグ》
《ルカ、いいね》
《俺もギルハちゃんにあだ名付けられてえよなあ》
《ツヴァルカインも相当カッコイイ寄りではある》
コメントたちからの印象も悪くはなさそう。ちょっといきなりすぎたかもだけど。
でもルカが受け入れてくれたら万事解決だよね。
ちらりと、彼の方を見ると呆然と私を見ていた。けど、それも一瞬のことで、すぐに私から目を逸らす。
「……勝手に呼べよ。ボクはお前のこと普通に名前で呼ぶから」
ぷいと、ついに背を向けてしまう。嫌だったかな。不安に駆られてコメントたちを見てみる。
《ツンデレか?》
《満更でもなさそう》
《ショタのツンデレはいずれ癌に効く。古事記にもそう書いてる》
《これはあだ名で呼んでも良さそうやね》
「そ、そうなのかな?」
ツンデレって何かとか、どうしてその判断に至ったのか甚だ謎だけど、コメントたちの言葉をひとまず信じることにする。
そうこうしている内に、彼はフードを被り直して、歩き出してしまう。
「あ、えっと……」
「……? なに? 来ないのか?」
「へ?」
話についていけない私に、立ち止まり振り返るルカは不思議そうに首を傾げた。
「知りたいんじゃないのか? この世界のこと。だから追いかけてきたんだろ? ついてきたら、教えてやるよ」
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