第40話 呪いのエルフは未来と共に
静寂が、訪れていた。
さっきまでの戦いが嘘のように、その場は静まり返っていて、夢でも見ていたのかもしれないと、そう思わせるほどだ。
「……っ」
でも、夢じゃない。夢であって欲しかったけど、目の前で固まる少年は苦笑いで石化している。
胸が苦しい。体が痛い。呼吸が上手くできているのか、自分でもわからなかった。
《ギルハ、行くぞ》
ニドゥカのコメントが、滲む視界の端を流れていった。コメントたちも、これまでみたいに元気のあるものじゃなくて、ルカや私のことを心配するコメントばかりだ。
「うん、……わかってる」
吐き出したい気持ちはたくさんある。ぶつけたい想いは喉まで出かかっている。
でもそれも全部、無理やり飲み干して、心で蓋をする。
《ルカが作ってくれた勝利だ。無駄にするな》
「わかってるよ」
本当は、ルカの元に向かいたかったけど、それをきっとルカは喜ばない。私は、私の思いに逆らって、その場を後にする。
「……っ」
《がんばれギルハちゃん!》
《あとちょっと!》
ボロボロになった通路へ出て、屋上へと続く階段へと戻る。今にも意識が飛びそうな中、それでも堪えられていたのは、他でもないコメントたちのおかげだ。
私一人だったら、きっと諦めてしまっていたかもしれない。痛む傷を抑えながら、足を引きずり、階段を昇る。呼吸をするのも辛い。いっそ倒れ込んでしまいたい。そんな最悪な考えを捨てて、歩みを進め続ける。
「……おかえり、私」
ボロボロの私を出迎えてくれたのは、撫でるように吹く風と、穏やかな表情を浮かべる未来の私。
どうしてそんなに落ち着いていられるのか。ルカも、創ったニドゥカも、彼女を守るものは何もなくなったというのに。
彼女の顔は、晴れやかに見えた。
「勝負は、私の負けだね」
歩くので精一杯で、近づく私に彼女はそう言って微笑んだ。
「どうして――」
「……うん。約束だから教えるね。この世界のこと」
目の前で立ち止まった私から、彼女は視線を外して空を見た。私も追い掛けるようにその先を見る。近い空は太陽の陽射しを薄く閉ざし、息苦しさを与えてくる。
「あなたの生きる世界で、近い内に戦争が起きるの。多くの国と人たちを巻き込んだ、争いがね」
「それで、未来がここまでなるの?」
「ならないよ。それはあくまでもきっかけ。本当にこうなった原因は、その後起こる大改編のせい」
《大改編?》
《どういうこと?》
「なに、それ?」
知らない言葉を吐く彼女に、素直な疑問をぶつけた。それまで空を見上げていた彼女は、少しだけ目を瞑って、それから私へと視線を向ける。
「あなたが来た世界で生きる人たちが起こした、世界の改竄。事実を捻じ曲げたり、別の時空から人を呼んだり、異世界と統合を目論んだ人もいたかな。その全部を、大改編と呼んでるの。それで、その改竄を、私も手伝った」
「……どうして、そんなこと――」
私は、注がれる視線から目を逸らすことなく、尋ねる。彼女の瞳は、少しだけ潤んでいるように見えて、けれどどこか空虚に見えた。
「ニドゥカが、死んだから」
「……え?」
寂しい、声だった。彼女が発したとは到底思えないぐらいに、暗く、沈んだ、そんな声。告げられた事実よりも、私はそっちの方に気を取られていた。
「そんなことで、って思う? 思わないよね、ニドゥカのために目の前にいる私も頑張ってるんだもん」
「それは……」
言い返せない。彼女の語る言葉で訂正する部分なんてないし、何よりも彼女は私だ。きっと、今の私も、ああなるんだろう。
《でも、オレは生きてるぞ? ああ、いや戦争で死ぬのか?》
「あ、そうだよ。ニドゥカが死ぬなんてこと……」
「さっき戦争が起こるって言ったよね? それで、ニドゥカが犠牲になったの」
やはり、元の世界にいるニドゥカの推測通りの答えが返ってくる。それでも彼女が敗北するとは思えない。スライムの姿でさえあれだけ強かったのだから、実力を出せる状態なら死ぬことなんてない、ってそう思えてしまう。
「死なないって、思ってるよね。日常は変わらず続いていくって、勘違いするよね。わかるよ。私もそうだったから。でも、現実はそうじゃなかった。ニドゥカは、他の皆も死んで、私がいた日常は壊された」
「……だから、大改編っていうのを起こしたの?」
「そうだよ。私は、私がいた日常を取り戻したかったの。戦争で失われた自分の世界をもう一度って。そんな考えの人があと数人。その人たちで起こしたのが、大改編」
悲嘆に溺れる様子もなく、彼女は淡々としているようだった。そのまま、彼女はつまらなさそうな声音で言葉を紡いでいく。
「願いが叶うって、そんな話に騙されてね。私たちは多大な犠牲を払ってそれを成した。そこでの私の役割は、混沌の軸となること」
「混沌の、軸……?」
「そう。私たちの住む世界と異なる世界。それから過去と未来。時間と空間を無理やり統合させたから、世界が崩れかけたの。この世界を支える柱が、消えたとかでね。だから私がその役割を担ってる。今もね」
「もしかして、この樹も……」
「そうだよ。これが呪いの最終形。寧ろこのために、私の呪いがあったんじゃないかなって、そう感じるの」
理屈や条件は理解できないけど、彼女が言いたいことは何となくわかる。この世界が不安定なことも、彼女のおかげで成り立っているということも。彼女が取り込まれている樹を中心に、今この世界は保たれているのだと、それだけの力をこの樹からは感じ取れる。
「私が撒く呪いと魔力が、辛うじて今を続けてる。だから、元の世界の認識通り、私を倒せばこの樹は消えるし、荒廃した未来は消滅するよ」
「ねえ……、本当に――」
軽々しくそう話す彼女に、少しだけ躊躇ってしまう。私を消すことに、抵抗はない。寧ろ私だからこそ迷うことなく手を下せるだろう。でも、彼女の気持ちを想うと、少し気が引けた。彼女が選んだ選択肢を破壊する権利を、私が持っているのか。未来の私の決意と意志を、私が奪う資格があるのか。
そう思って、きっと顔に出てしまっていた。
「ふふ、やっぱり私は、甘いよね。できれば、そのままの私であることを願ってるけど」
朗らかに、そう笑っている。そして、続けて口を開いた。
「でも、私はいつまでも変わらないね。いざという時に、決断ができる。私は、そういう性格なんだね」
「……私は――」
「世界を変えるために、あなたも私も頑張った。こうして敵対することになっちゃったけど、私はやっぱり私だね」
温かい感情に、包まれる。そこに、これから消えるという雰囲気は一切なく、ずっと一緒に育ってきた家族と過ごしているかのような、そんな落ち着いた空気に満ちていた。
「だから、躊躇わないで。私を消して、あなたの世界を、日常を取り戻して」
私は。
私だから、わかる。
彼女が選んだこの世界を、彼女は後悔している。ずっと鎖に繋がれて、多くの犠牲の手に捕まれながら、それでも前へと進み続けた彼女の心が。
叫んでいる。
終わらせていいよ、って。
「……うん」
だから、手を翳す。彼女の想いに応えるために。彼女が望んだ日常を、今度は私が保たせる。
その頬に、触れる。
彼女はまるで樹皮のように固く、ざらざらとしていた。これも、呪いの影響だと、そう思えた。
でも、確かに彼女は生きている。手に伝わる温もりを感じ取った、その直後。
彼女の頬にヒビが入った。
「――あ……」
それはすぐに彼女の体を蝕み、頭上に広がる樹にまで到達する。既に、上空からは割れた破片が降り始めていた。
「ねえ、私」
「……なに?」
口を動かすと彼女もまた崩れていく。話すことを止めろだなんて、言わない。そうしたのは私だから。
「どうか、私の呪いを、解いて」
砕け落ちる彼女は、やがて微笑みと共に崩れ落ちた。
彼女と共にあった樹も、この場を支えていた塔も。何もかもが、崩れていく。
そして、多くの結末を残しながら。
未来が、崩壊した。
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この物語も間もなく完結します!
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