第41話 呪いのエルフ、未来を描く
「それじゃあ、今日の配信はここまで! 皆、観てくれてありがとう! おつギルハ~」
そう言って、私はアトラに配信の停止を命令する。目の前からはコメントたちが消えて、配信が終了したことを告げていた。
「ギルハ、お疲れさん」
「ニドゥカ、ありがとう」
グラスに注がれた水を受け取って、私は乾いた喉を潤した。今日の配信は雑談。私のことを話したり、コメントたちのことを聞いたりして、楽しい時間だった。
「そうだ。カイネ王からまた城に来てほしいってさ。今度はギルハの配信のブランディングについて打ち合わせしたいらしい」
「え~、打ち合わせとか、そういうの苦手だよ~……」
「まあ、オレも行くし、それにギルハももっと観てくれてる人に楽しんでもらいたいって言ってただろ」
「ま、まあ言ったかもだけど……」
「今時ただ配信してるだけじゃダメだってさ。宣伝、話題作り、メディア露出。そういうのがないと、厳しいらしい。よくわかんねえけど、カイネ王が言うんだから間違いないんだろ」
ニドゥカが呆れた様子でそう言った。私もそれに溜息を吐く。別に、有名になりたいというわけじゃないんだけど、この配信というのはそこまで甘いモノじゃないらしい。つくづく、働くというのは難しいなって、そう思う。
きっかけは、もちろんお金のためだった。でも今ではそうじゃない。コメントたちと話すのは楽しくて、それに思いのほか数多くの人たちと関われる。直接不特定多数の人と関われない私からすれば、この配信は天職とも呼べる内容だった。
だから、未来を崩壊させた後も、なんだかんだ今でも配信を続けている。
それに観てくれている人たちを裏切りたくないなって、気持ちもあるから。
「そう言えば、このアトラをくれた神様って、何か言ってた?」
「いや、そもそもこっちから交信する手段もねえからさ、ずっと待ってるんだけど何もねえ。まさかこのまま逃げるんじゃねえんだろうな」
「そっか……」
未来を崩壊させてから半月。傷の回復に努めながら、配信をしたりニドゥカやカイネ王から労われたり。そうしている間にも、例の神様とやらは現れていない。
正直、私が成し遂げたそれで、何かが変わったという実感はない。未来の話なんだから当たり前なのはそうなんだけど、でも達成感がないからこれまでの生活をぼんやりとずっと続けている。
「カイネ王も今日の配信観てただろうし、これから城に行くか?」
「あ、そうだね」
打ち合わせとか、そういう予定があると思いながら日々を生きたくない。私はニドゥカのその提案に頷いて、ニドゥカもニドゥカで笑って返す。
「よし、そんじゃ準備して――」
「やあああああああっと、来れたっす!!」
と、唐突に部屋に男性の声が響いた。
「え――?」
この部屋には、ニドゥカと私しかいない。部屋の扉が開いた形跡もない。誰かが入れば気がつくはずだけど。
しかしそれはいた。
「どうもお、そちらアトラを世界に託した神様です。ギルハさんとは初めましてでしたねえ。以後、お見知りおきを」
ぼさついた金髪に、はだけたシャツ。下は丈の短いズボンで、耳や腕、指に多くの装飾品を身に着ける男は、深々と腰を折り、頭を下げた。
「え、あ、は、初めまして。ギルハ、です」
「うんうん。警戒するのは良いことっすねえ」
なんなんだろう、この人……、胡散臭い。神様って言ってたけど、本物?
不安と不審に駆られて、ニドゥカの傍に退避する私を、男は嬉しそうな笑みを浮かべながら、その眼鏡の奥で光る瞳で見つめてくる。
どうしようもない雰囲気を壊してくれたのは、避難所になったニドゥカだった。
「はあ、オマエ。自己紹介が雑過ぎんだろ。あと、いつもいきなり現れるのどうにかなんねえのか?」
「いやあ、そうしたいのもやまやまなんっすけど、これでも神様やらせてもらってるんで、多忙な身でしてねえ。今日も空いた時間で偶然立ち寄らせてもらった次第なんです」
「……それで、今日来たのはどういう了見だ?」
胡散臭い自称神様に、ニドゥカはこれ以上の問答は無駄だと悟ったのか、すぐに本題へと移行する。男も男でヘラりと笑って、視線をニドゥカから私に向けた。
「わかってるでしょう? 契約の履行をしに来たんですよ」
「契約……?」
こんな胡散臭い人と何かを契約した覚えなんてないけど。困惑する私に、構わず自称神様はにこやか笑う。
「未来でエリアマスターを倒した者に、ワタシが叶えられる範疇で願いを叶える。そういう契約の下、アトラをお渡ししましたからねえ。未来を壊してくれたおかげで、一つの可能性が潰えました。それは、あなたが毒で世界に蓋をする未来。対処する人間が限られるその事態を潰せたこと、感謝しています」
「あ、えっと、未来って、どうなったの……?」
「未来は無数に分岐してるんですよお。あなたが行ったのはあくまでも一つの未来を潰したということ。これで良い未来の方へと転がってくれると嬉しいんですけどねえ」
疲れた様子でそう言う自称神様。わざわざそんなことを言うってことは、また崩壊する可能性があるってことなのかな。でも、まだそれもわからないのかも。
「と、とりあえずは救われたって、こと……?」
「まあ、そういうことにしておきましょう。まだまだやるべきことはありますが、それはワタシの仕事ですからねえ」
ニドゥカへと視線を向けてみると、彼女も実情をあまり知らないようで、肩を竦めてみせた。
「だから、先んじて必要なことは功績の授与。一番の功労者に、褒賞を与えるため、今日はやってきたんです。ささ、願いを言ってごらんなさい」
「え? あ~……」
突然そんなことを言われても困る。願い事の準備なんてしてこなかったし、どこまで叶えてくれるのかもよく知らない。
「え、っと、この私の呪いを解除とかは……」
「それは無理っすね!」
元気よく拒否されてしまった。いや、なんとなくわかってた。そういう都合の良い展開にはならないことぐらい。
それを聞いて、ニドゥカが溜息と同時に、問いかけた。
「願いって、何ならいけるんだよ」
「人の復活とか、魂の洗浄、この場合は呪いとかの解除っすねえ、あとは漠然としたこと、例えば平和を願うとか、そういうのは無理っすね」
「願いで浮かぶこと大体無理じゃねえか」
「すみませんねえ」
悪びれもなくそう謝る自称神様。そこでふと、私の中である疑問が浮かぶ。
「じゃあ、未来の結末を変えるとか、そういうのはできないってことだよね? た、例えば、私が壊した未来のその前に、出会ってたルカが独りぼっちにならずに済むとか」
「ええ、未来のことを視ることはできても、あんまり干渉できないんですよねえ。……ああ、ただ――」
何かを思いつく仕草を取った自称神様が、言葉を続ける。
「ルカ……、ツヴァルカインさんは既に生まれ、この世界で生きていますよ」
「え!?」
聞き間違いとも思ったけど、彼の笑顔からは何も読み取れない。
そっか、ルカはもうこの世界にいるんだ。
なら、私の願いは決まっている。
たった、今、決まった。
「ねえ、ニドゥカ」
「なんだ?」
「ちょっと出掛けたいところがあるんだけど、着いてきてくれる?」
私の提案に、彼女はいつものように落ち着いた笑みを浮かべて、応えてくれる。
「当然だろ」
その言葉に頷いて、私は改めてその自称神様へと向き直った。
「ねえ、神様。それじゃあ、願い事、言うね? ……私の願いは――」
◆
霧深い森の奥の奥。誰も寄り付かないようなその場所に、大きな洋館はあった。
そこには古くから吸血鬼の一族が住むと言われていて、様々な噂が囁かれている。
だから人は誰も来ない。ここに来たら血を抜かれるとか、魂を破壊されるとか、そんな根も葉もない話が独り歩きをしているから。
今日も窓から一人の少年は外を見る。つまらなさそうに、曇天を見上げ、カラスが飛び立つのを見た。
広い館で独りぼっち。祖父も父も用事で出かけることが多い。母も父に付き添っている。外に出歩くことも禁じられているせいで、こうして洋館の中から外を眺めることしか楽しめるものはなかった。
だから、館にある大量の本と、外界を見せる景色だけが少年にとっての友達だった。
「……なんだ、あれ?」
退屈な日々だ。そう思っていた矢先、ある光景を目にする。
窓に映る景色に浮かぶ人影。
一人は黄金色の髪が綺麗な女性。
そしてもう一人。
短い銀髪を携えた小さなエルフが、楽しそうにこの洋館への門を叩いた。
お読みいただきありがとうございました!
こちらの物語はいったん完結となります!
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