第37話 呪いのエルフ、共闘する
「ルカ――っ」
霞んでいた意識と視界が、一気に覚醒する。血飛沫が飛び散り、目の前で崩れた小さな体からは栓を解いたように血が溢れて止まらない。目の前に広がる惨状を、けれど私はただ眺めることしかできないでいた。
「……だ、大丈夫だよ」
ニドゥカの攻撃から身を呈して庇ってくれたルカは、血を吐き出しながら、よろよろと立ち上がる。気がつけば、その体は黄金の炎に包まれていて、傷口も塞がっていた。周囲に飛び散った血も、黄金の火を灯し、今なお空気を焦がしている。
「どうして……」
「……別に、ただのきまぐれだよ」
そんなはずはないのに。彼が助けてくれたのには、何か理由があるはずなのに。想いの中身を溢さない。
ぶっきらぼうに吐き出したルカに、私はそれ以上何も言わないことにした。
「ありがとうね、ルカ」
《俺たちはルカきゅんのことを信じてたぜ!》
《素直じゃねえんだから》
《そのツンで全俺が救われたわ》
コメントたちもルカが戻ってきてくれて嬉しそうだ。当然、ルカはそのことを知らないだろうけど、ふんと鼻を鳴らして私を見る。
「ただボクは自分がしたいことをしただけだ。ここで戦わないと、きっと後悔するから」
「でも、それだとルカ、大丈夫なの? 未来の私に裏切者だって言われない?」
「お前が来なけりゃこんなことにならなかったんだけどな」
「う……、それは……、ごめんね?」
そのことを責められると返す言葉も見つからない。ルカの日常を奪ってしまった自覚はある。それでも私にだって背負う使命があるわけで、どちらを尊重するべきか迷った私は、逃げるような謝罪の言葉を吐くことしかできなかった。
「ぷっ、冗談だよそんなに気にするなよ。それに、こっちのギルハの下に向かった方がいいって言ったのは、他でもないギルハだしな」
「え? 未来の私が……?」
どうして、とそんな疑問が浮かぶことはなかった。私のことなら、納得できる。ルカにどう生きてほしいか。ルカのことを思って、きっと言葉を並べるはずだ。
「……ボクのことはもういいだろ。そんなことより、ギルハの方が大丈夫じゃないだろ」
そうして向けられた視線は、どよりと澱んだ不安と喪失。見ていられないといった様子で、ルカは私の傷口を痛々しそうに見つめている。
「ううん、大丈夫だよ。これぐらい、へっちゃらなんだから」
「いや、嘘下手すぎるだろ……。ボクは死なないからさ、ギルハは後ろで休んでなよ」
《そうだよ》
《ルカきゅんが正しい》
《ギルハちゃんが倒れるわけにはいかないだろ?》
周りの優しさを肌で感じ取る。ああ、私は幸せだな。これだけ大切にしてくれている人たちがいるのだから。
でも、だからこそ私ばかり休んでいるわけにはいかない。
私にしかできないこと、皆と一緒だからできることがあるはずだから。
「じゃあさ、一緒に戦おうよ」
「え?」
「ルカがいれば、百人力だもんね!」
「――っ」
そう言って、辛うじて動く左手をルカに差し出した。それだけでも体が悲鳴を上げるけど、私はどうにか笑顔を保たせようと努める。
「やっぱり――」
「……ルカ? どうかした?」
「い、いや、何でもない!」
そう言うとルカは丸くしていた目をすぐに逸らして、そっぽを向いてしまった。上手く笑えてなかったかな。余計に、心配させてしまったかもしれない。
「ルカ――」
「わかったよ。一緒に戦う。でも、前線はボクが出る。ギルハは後ろで待機しててくれ」
「待機って、私も手伝うよ!」
「闇雲に力を使うんじゃ、多分勝てない。ボクが隙を作るから、それを見てギルハが動いてくれたら助かるかな」
「でも――」
でもそれだとルカが、と。言いかけて、瓦礫が割れる音に阻まれた。視線の先には、斧を軽々と構えるニドゥカの姿が映る。
「これ以上は、もうゆっくり話せなさそうだな」
一歩、ニドゥカが歩むと、ルカも足を前進させる。遠ざかる小さい背中を、私は胸を締め付けられる思いで見つめることしかできない。
もっと私に戦う力があれば。
そう後悔するけど、何もかもが間に合わない。
私の苦い感情を嘲笑うかのように、ニドゥカとルカの武器を打ち合わせる音が、空虚に響いて。
恐らくこれで最後になる、力のぶつかり合いが幕を開けた。
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