第35話 呪いのエルフ、絶体絶命に陥る
「わ、わざと近づかせるって、どうして!?」
あのニドゥカに近寄られれば、すぐに攻撃を躱せない私は一瞬で殺されてしまう。まさかもう諦めちゃったの?
《落ち着け。オマエにはゼノリークがいるだろ? それで、あの宝槍と宝斧をぶっ壊す=10000円》
「やりたいことはわかるけど……」
それができれば苦労はしていない。そんな隙もないし、それ以前に、多分あのニドゥカに近づかれる前にゼノリークで攻撃できるとも思えない。
《いま、ヤツは不思議に思ってるはずだ。どうして攻撃をあれだけ躱せるのか。遠距離戦では埒が明かないってな=10000円》
「でも、それで近づいてくれるの?」
《だから、近寄らないとダメな状況にしたんだよ》
「え?」
《考えてもみろ。ヤツの敗北条件はなんだ?》
「え、えーっと、私があのニドゥカを倒すことじゃないの?」
《それもあるが、それだけじゃねえ。そっちの世界の未来のギルハがアトラを封じたのは、元の世界に戻られるのがイヤだったからだろ。そのために、速攻でオマエを殺せるオレを出した。ここから逃がさないためにな》
「そっか。元の世界に逃げられれば対策を立てられて、また増援が来るかもしれないから、私に逃げられるわけにはいかないんだ」
《多分オマエじゃねえとエリアマスターの下までいけねえから、偽物のオレを食い止められる要員が増えるだけでも厄介だってことだと思う》
彼女が放つ毒に耐性のある人間は多分そう多くないけど、例えば私に加えてニドゥカが未来に来られるなら、きっとそれだけで私たちの勝率は上がる。
そうなることを、怖れているのだろう。
《なるほどな。わかりやすい》
《じゃあこのまま逃げるのか?》
コメントたちがざわついているけど、それに対してニドゥカはコメントを飛ばす。
《いや、逃げると思わせるだけだ。というか、そうさせるぞって思わせるだけで、相手は勝負を急ぐことになる=10000円》
「逃げ回ってたのもそれが理由なの?」
《ああ、相手に心理的に焦らせる。それと、このフロアをボロボロにするのも、目的の一つだな》
言われて辺りを見ると、確かに初めに降りたよりも、随分と床や天井、壁がヒビだらけになっている。正直、いつ崩れてもおかしくないほどに心許なく、私にも精神的な負荷が掛かってしまう。
《ギルハが階下に降りて行って、アトラの転送ができる場所まで逃げられるのもアイツらからすれば嫌なんだよ。だからわざとそう誘導した。オマエも、開いた穴に視線を向けとけ。いつでも飛び降りて逃げるぞって意思を見せるのが大事だからな=10000円》
「うん、わかったよ」
ちらりと、視線を近くにあった穴へと向かわせる。それにニドゥカも反応したのか、僅かにその体を動かしたのが見えた。
《来るぞ!》
「――っ!?」
ニドゥカの体は既に眼前に迫っていた。その手には槍と斧。確実に私の体を破壊するべく、斬り払うように斧を振るった。
「ゼノリーク!!」
呼ぶまでもなく、触手が斧へと向かう。そのまま振れば触手に触れて、ゼノリークの呪いによって斧はその形を保てなくなるだろう。
でも、そう簡単にはいかない。ニドゥカは触手に触れる直前で、ピタリと手を止め、今度はもう片方の手で握る槍での攻撃に切り替えていた。
目にも留まらない速さでの、刺突が放たれる。
《ギルハ!》
「――っ!!」
意識が吹き飛ぶほどの衝撃と、痛みが全身を駆け巡る。私の体は弱弱しくも吹き飛んで、ボロボロの壁に叩きつけられた。
「が、あ――」
肺から空気が強制的に絞り出される。呆然とする意識で、右肩を見るとニドゥカの放った槍が突き刺さっていた。
槍は深く私の身を裂いて、血が滴っている。
《ギルハ! 大丈夫か!?》
「……うん、だいじょう、ぶ」
うそだ。全然大丈夫じゃない。焼けるような痛みは、私を焦がして、今にも叫びたくなるのを一生懸命に我慢している。
大丈夫。大丈夫だって、そう自分に言い聞かせる。そうすることでしか、私は今立っていられない。
「これで、槍は壊れた、ね」
触手が槍に触れると、それはボロボロと崩れていく。するとまた血が噴き出してしまうけど、そんなことを気にしている場合じゃない。
ニドゥカがこちらに向かっている。今度は彼女が持っているその斧を破壊しなければならない。
それはわかっている。わかっているけど。
体が、動いてくれない。
私の体、どうか動いて。私がやらないといけない。任されたから。私にしかできないって、そう言ってくれたから。
こんなところで、死ぬわけにはいかない。まだやることはたくさんある。
のに。
「どうして……、動いてくれないの……?」
ボロボロの体から絞り出されるのは、そんな呪詛にも似た悔恨。
呪いを掛けられてからずっと独りぼっちだった。動きたくても動けなかった。そんな世界から連れ出してくれたのはたった一人の英雄で、今でもその英雄が見守ってくれている。
そんな英雄が、私の目の前に立ちはだかっている。
あの時から、何も成長できていない。
《ギルハ!!》
最早掠れた視界の中で、そんなコメントが流れていく。たくさん、たくさんの数のコメントが流れていくけど、私はただ気を失わないようにするのが精いっぱいだった。
ニドゥカの気配。そして、彼女が斧を振り上げたのが、なんとなくわかった。
ああ、ここで終わるのか。
そう感傷に浸る暇もなく。
そして、勢いよく、斧が振り下ろされた。
結局私は――
一人では何もできないんだ。
「ギルハ――っ!!」
「――――」
聞き覚えのある、少年の声がこだました。この未来で、初めて出会った優しい彼。その声に顔上げる私の視界には、赤い雫を撒き散らしながら、庇うルカの姿が、映った。
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