第25話 呪いのエルフ、悪夢と対峙する
見慣れない土地に、歩き慣れない環境。道とも言えないような瓦礫の段差を乗り越えたり、地面に開いた穴を迂回したりしてようやく、私はその場所に辿り着いていた。
《さっきの感じ悪い勇者じゃん》
《え? あの半分スライムみたいになってるの勇者なん?》
《ルカきゅんもいるね》
コメントたちの言及するように、二人は向かい合っている。どういう状況だろう。勇者アスカの見た目も変わっているし、ルカは体から黄金の炎を迸らせている。
全てが異常。この異様な光景を前にして落ちた私の声は、自分でもわかるぐらいに脅えているようだった。
「なに? なにって、この少年が僕たちを陥れようとしてきたからさ。痛い目を見てもらおうと思ってたところだよ」
「……」
くぐもった、まるで水中にいるかのように響くアスカの声。ルカは何も喋らない。
《陥れる? どゆこと?》
《ルカ、俺たちを裏切ったのか……?》
「ルカ……」
嫌な予感はしていた。ルカとアスカが対立しているのを見ても、まだ半信半疑でいられた。
でも、ルカがそこで黙っちゃったら、アスカの言葉が本当だって、認めてるってことになっちゃうよ。
「……ルカにも何か事情があったんじゃないかな。だって、ルカ、あんなに優しくしてくれたのに」
ここに来るまでに道案内だってしてくれたし、落ちる私を助けてくれた。だから、彼がアスカを狙うのには、別の何か要因があるんじゃないかって、そう思う。
でも、それを嘲笑うかのように、アスカは笑う。
「そうやってつけ入るんだよ。キミも騙されていたのさ、ギルハ! 彼は未来を修正しにくる僕たちを罠に嵌めて、それを阻止しているんだよ! もう答えは明白だ。彼がこの元凶、エリアマスターさ」
「違う!」
それ以上の言葉を遮るように、ルカが叫んだ。しん、と。静まり返る空間に、ルカの荒い息遣いだけがこだまする。
「ルカ……?」
「何が違うって言うんだい。僕たちを罠に嵌めていたことかい? それともエリアマスタ―だということかい? どちらにせよ、僕たちの敵であることに変わりはないけど」
そう言って、アスカが剣を構える。彼が貫く視線は、ルカへと注がれていた。
「首を斬っても死なないのなら、もっと細かく斬ればいい。蘇るのなら死ぬまで続ければいい。復活するのなら嫌になるまで苦痛を与えるだけ。状況は俄然、僕に有利に動いている」
アスカはルカが死なないことを知っているようだ。その上で、障害を排除するべく剣を向けている。
「もしくは、スライムで取り込めばいいのかな?」
「――っ!?」
刹那、アスカが纏うスライムがうねり、触手のようにルカへと襲い掛かる。膝をつく彼が回避する暇は、ない。
けど――
「……っ、なんだ? スライムが――」
「これって……」
ルカに迫っていた触手は、直前で硬直。動きを止めたそれは固まり、それ以上彼へと向かうことはない。
「――ありがとうね、ナインバイタン」
アスカとルカの間にのたうつのは、白く透明な大蛇。それは鎌首をもたげて、赤い瞳で勇者を睨む。
《ナイス》
《ナインバイタンさんきた》
《やっちゃえナインバイタン!》
《ギルハちゃんなら、ルカを助けるって思ってたよ》
「な、なんでだ!?」
硬直が伝わる前に、触手を体から分離させたアスカが声を上げた。動揺したように、顔を引きつらせて、困惑を露わにしている。
「そいつはエリアマスター、仮にそうじゃなくても僕たちの敵だ! そいつを守る理由なんて、ないだろ!?」
「理由なんて、ないよ」
「は?」
「私は、理屈とかそういうんじゃなくて、ルカが悪い子に見えないから、助けたの。確かに、私たちの邪魔をするかもしれないし、裏切られるかもしれないってそう思う。でも、それでも話し合えば、きっとわかるから」
「……っ、この能天気エルフめ」
苛立たしげに奥歯を噛み締めるアスカを、私はただ見据える。こうして敵対することは、わかっていた。だから毅然と、力強くその勇者へと視線をぶつける。
《ギルハちゃんかっけえよ》
《そういうのって理屈じゃないよな》
《そんな勇者やっつけちゃいなよ!》
「いや、やっつけるとかするつもりはないけど……」
ルカを守るためにナインバイタンを出したけど、アスカの命を奪うまでするつもりはない。元々、話し合いで解決できるのならそれに越したことはないと、そう思っていたから。
「平和主義が行き過ぎると害悪にしかならないようだね! キミに戦う意志がなくても、障害は排除しないといけないんだよ。勇者としてね!」
言うが早いか、アスカが放ったスライムが今度は私へと襲い来る。
「ナインバイタン!」
言葉に呼応するように、白蛇が触手の前に躍り出ると、水分が凝固しその動きを止めた。
「ちっ、相変わらず僕の力が及ばない、厄介な呪いだね!」
伝わっていく凝固が体にまで至らないように、アスカがまたも触手を切り離す。
私の知る限り、アスカの能力は悪意のある魔力を打ち消す力。自然発生している呪いから放たれる私の力を、彼のそれでは防げないようだった。
でも、あの纏うスライムの力は知らない。私の知らない、勇者としての力があるのかもしれない。
「……悪意に反応する力に、ギルハの呪いは反応しないんだな」
《ルカの言葉聞いてもよくわからんな》
《そういうこと?》
《なるほどわからん》
《よくわからんが勝ってるならよし!》
「そうだよね。わかんないよね」
でも一から十まで説明する時間あるかな? 私がよそ見をしている間にも、アスカは臨戦態勢を崩すことなく、その剣に手を掛けた。
「なら、やはりこっちだね」
《斬撃はどうなん?》
《毒で防げるとも思えないけど》
《ギルハちゃんならいける!》
「……えっと、さすがに衝撃とかは防げない、かな」
《やばいやん》
「物理的ものとか、魔力が絡めば防げるんだけど……」
あれは、無理だ。
勇者が振るうあの剣は、宝剣アストライア。かつての勇者の一人が使用した一振りの剣で、使用者はそのかつての勇者と同等の剣技を振るえるようになると聞く。
どんなに剣の才能がない人、例えば私があれを握れば、達人を超える剣の才能を授かれる。
彼の攻撃手段は見たことないけど、斬撃を飛ばすなんてきっと訳ないはずだ。
「純粋な物理攻撃は、厳しいかな……」
「それじゃあね、呪毒のギルハ。良かったじゃないか、キミの呪いもここで終わりだ!」
「――っ!!」
彼が剣を振るうと同時。空気を切り裂く斬撃が生じ、私へと襲い掛かる。
《ギルハちゃん!》
その斬撃から目を離せず、かと言って避けることもできない。瞬時に躱すことなんてできない私は、咄嗟に魔力を足元へと籠める。
私にそれを避けるほどの瞬発力はなくても、呪いで足場を崩すことで斬撃を躱すことはできる。一瞬の判断で、それを行おうとした、その瞬間。
紅い影が視界を掠めた。
「ルカ――っ!?」
叫びと同時に、斬撃が彼の体を切り裂く。血が飛び散り、それらは黄金の火花となって、辺りに散乱。
目を見開く私に、ルカはどうしてか。
笑って、くれていた。
「やっぱり、ギルハは良い奴だ」
すぐに彼の視線が、アスカへと向かう。斬られたことを歯牙にもかけず、ルカは着地と同時に勇者へと駆け出した。
「ははっ、死なないからって無謀すぎないか! キミが例え不死であろうとも、体の自由が奪われれば何もできないだろ!」
アスカがそう言い放ち、スライムを意のままに操り、迫るルカへと触手を伸ばす。
「ナインバイタン!」
それだけはさせない。私の呼び掛けに、白蛇は彼の半身を飲み込んだ。
飲み込んだ、と言っても咀嚼したわけじゃない。霧が蠢くようにスライムに包まれた半身を覆っただけ。
でも、それは彼のスライムを封じ込めるのには十分で。
彼は鬱陶しそうに凝固していくスライムを分離させた。
「もういいよ! この宝剣さえあればキミに勝てるんだから――」
「ゼノリーク!」
私は瞬時にそれを呼び出すと、宙に漂う虹のクラゲは、無数の触手をアスカ、もとい彼が振るう剣へと伸ばした。
「そんな触手、アストライアの前では――」
そう言って、彼は触手に刃を振るう。でも、その触腕が切断されることはなかった。
さらに言えば――
「――なっ、アストライアが!?」
触腕に触れた宝剣に、ヒビが入っていた。
「ゼノリークは無機物を蝕み、ナインバイタンは液体を凝固させるの」
《ギルハちゃんかっこよす》
《これで勝つる》
《やったか?》
「くっ――」
予想外の結果に、咄嗟にアスカはその身を引こうとした。けど、既に眼前へと迫っていたルカがそのまま彼の体を押し倒す。
その首元に、黒く光るナイフを突きつけて、ルカが馬乗りになっていた。
「ルカ! だ、ダメだよ!」
何も殺すまでのことはしなくてもいい、と。私のその考えはきっと甘いのだろうけど。それでもルカを止めるためにそう叫ぶ。
「そ、そうだ! 話し合えばわかるだろ!? 僕はただ元の世界の王に言われて来ただけなんだよ! 悪いのは僕じゃなくて、元の世界のヤツだ! だから――」
「黙れ」
果たして。
冷たい声が周囲に落ちたかと、そう思った直後。
鮮血が勢いよく、周囲に飛び散った。
「え……?」
血が燃えることもなく、勇者は力なく体を地面に落としている。それが意味する答えがわからない私じゃない。
《ルカきゅん!?》
《命乞いすら聞かないとは……》
《危ないよギルハちゃん》
「ルカ――」
私が何かを言おうとして。
それを遮るようにルカは立ち上がって、それから振り返った。
「ごめん、ギルハ。ボクは、お前の言うような良い奴じゃないんだよ」
消えてしまいそうなほど、弱弱しい声。でも、アスカに手を掛けたことを後悔している様子はなくて、どちらかと言えばそれは――
「ボクはボクの判断でアイツを殺した。でも、ギルハ、お前は殺さない。……殺したくない」
「ルカ、どうしたの?」
「悪いこと言わないからさ、もう来んなよ。これ以上はきっと、ボクもギルハも不幸にしかならないから。これは、忠告だ」
「どういう――」
何もわからない。そのことについて追及しようとしたその時、聞き慣れた無機質な声が周囲に響いた。
「――ピピ、バッテリー残量低下。これより、帰還モードに入ります」
「え――」
そんな。まだ何も聞けてない。まだ聞きたいことがたくさんあるのに。
こんなところで終わるわけにはいかない。
「……また来るからね」
「――ギルハなら、そう言うよな」
私の言葉に、ルカは苦い笑いを溢す。
間もなくして、アトラによって強制的にその世界から戻された。
こうして私の二度目の未来跳躍は、幕を閉じたのだった。
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