第26話 呪いのエルフ、再び元の世界に戻る
彼女が消え去って、ボクは体を地面に崩す。
「はあ……」
それまで張り詰めていた力が、自然と抜けていくのを感じる。ずっと心の中にあった蟠りが解消されたような、スカッとした感情が流れて来て、疲れと共に安心感が、確かにあった。
ボクは斃れて動かなくなったその勇者を一瞥して、それから視線を外す。
最早それはボクの興味の対象ではなくなっている。今するべきことは、これまでのことを報告することだ。
「もう、会えないかもな」
でも、それでいいと思う。彼女とは、できれば戦いたくなんてないから。
自らの手に炎を灯すと、ボクは湖へと歩き出す。湖は火を怖がるようにボクを避け、溺れることなく湖の底へと足を着け、その先を目指す。
池袋サンシャインシティ。過去、そう呼ばれていた建物の中に入ると、崩れ果てたそれを登っていく。多少歩き辛いけど、頂上に辿り着くのは困難じゃない。
辿り着いたその先、一本の巨木が天へと伸びている。
「戻ったよ」
声を掛けるものの、反応はない。眠っているのだろうか。良い夢を見ていることを願うばかりだ。
報告は急がない。ボクは静かにその木の根元まで近づくと、座り込み背中を預ける。
それは、暖かかった。温もりがあって、何より落ち着く。
僕は目を瞑って、静かに流れるその空間へと、身を委ねる。
考えていること。感じたこと。さっきまで起きていたこと。
話したいことはたくさんある。
けど今はただ黙って、背中に感じる命の脈動を、感じていたかった。
これで、終わってしまうかもしれないから。
◆
「ごめんね! 今日はこれでお終い! 皆、また明日ね!」
配信を滞りなく終えた私は、すぐにニドゥカを探す。多分、同じ部屋にいるかと思ったんだけど、今日は近くに待機していないようだった。
片眼鏡を外し、アトラを抱えながらそれまでいた部屋を後にする。
「終わりましたね、ギルハ様」
「あ、アリシュテルトさん」
「どうか親しみを込めてアリスと呼んでください」
扉を開けた先に待っていたのは一人の女性。
名前はアリシュテルトさん。通称アリスさん。
ニドゥカの家で働く使用人たちをまとめている人で、憧れるほどに綺麗な女性。水色と黒を基調としたフリルつきのエプロンドレスを着こなし、小麦色の長髪によく似合っている。その頭頂部で揺れる黒いリボンがウサギの耳のようで可愛らしい。のだけど、彼女の仄暗い表情と瞳がそれを打ち消してしまっていた。口元は微笑んでいるのにどうしてこんなに病的な印象を抱いちゃうんだろう。彼女の水色の眼も綺麗で好きなんだけどなあ。
「前回よりも二十四分三十二秒早いご帰還です。何かトラブルでも?」
「あ、相変わらず細かいね……。えと、またアトラに強制的に帰還させられたんだよ」
懐中時計を閉じて小首を傾げるアリスさんに、私は困ったように笑うことしかできなかった。
「そうだったんですね。ふーん……」
彼女はその病んだような瞳で、訝しげにアトラを眺めているようだったけど、すぐにその背筋を伸ばしてくるりと反転した。
「ともあれ、ご無事で何よりです。どうぞ、あちらの部屋で皆さまお待ちしていますよ」
「皆さまって?」
「ニドゥカ様と、それからこの国の王カイネ様です」
「カイネ王も?」
どういうことだろうか。私はアリスさんに連れられるがまま、客間へと通された。
「お疲れさん、ギルハ」
「待っていたぞ、ギルハ殿。大変だったな」
その部屋に着くとニドゥカとカイネ王、それからベルペオルさんが私のことを出迎えてくれた。
「えと、どうしてカイネ王がここに?」
「まあまあ、まずは配信の疲れを取ることだ。拙者のことなど、些末事。ギルハ殿の体調の方が心配だ」
「いや私は大丈夫なんだけど……」
そうは言うけど、ベルペオルさんが手際よく椅子を引いたりティーカップに紅茶を注いでくれたりするから、その好意を無碍にするわけにもいかなくて。
流されるがまま私は椅子に座って紅茶で喉を潤していた。
「災難だったな。まさかあの勇者と遭うなんてさ」
「え、ニドゥカ観てたの?」
「ああ、カイネ王が見せてくれたんだよ。というか、そのためにオレが呼んだんだけどな」
「そうだったんだ……」
今更だけど、知り合いに見られていると思うとちょっとだけ恥ずかしい。カイネ王には別にそんなこと感じないのは、ほとんど他人だからかな?
「……本当に、体調は大丈夫か?」
「え……」
ニドゥカが心配そうな、労わるような、そんな不安そうな瞳を向けてくる。ニドゥカだけじゃない、カイネ王も、ベルペオルさんも同じように私のことを気に掛けているようだった。
「だい、じょうぶだよ。多分……」
正直に言えば、まだ気持ちの整理がついていない。
勇者のことを思い出すと気分が滅入ってくるし、本当にいなくなったんだって、そんな感覚は一切ない。どうしても、彼の言葉や存在が、チラついてしまっている。
それに、ルカのこともある。優しくしてくれた彼は、ずっとそこにいるはずなのに、彼は勇者であるアスカを殺した。そのことがショックだったのだろうか。自分でも、よくわからなかった。
結局どれもこれも、現実味がないことばかり。私は自然と、胸に手を寄せていた。
「私……、人を傷つけたくなくてね。この呪いで苦しんできた人たちを見てきたから、余計にそう感じるんだ。もちろん、傷ついてる人も、見たくない」
「……そうだな」
「うん。でも、ルカが勇者に斬られそうになった時、私は咄嗟に彼を守った。私は、ルカが傷つくのを見たくなくて、勇者の攻撃を防いだの。結果は、勇者が今度は殺された」
ポツリ、ポツリと、迷いの雨が言葉として降り始める。口では誰も傷つけたくないと思いながら、心の中では守るためだと納得させて。
結局、もう片方の命を奪う助けをしている。自分の手が汚れていないなんて、言えるわけなかった。
「私は……、イヤなやつだよね」
「どうしてだ?」
「だって。誰も傷つけたくないって言いながら、どっちかに肩入れしてるんだよ? 最低じゃん……」
吐き出す度に心の暗雲が広がっていく気がした。駄目だ。こんな考えじゃ。ニドゥカにもカイネ王にも、ベルペオルさんにも心配を掛けてしまう。私は無理やり心を切り替えようと、顔を上げる。
「え――」
目の前には、ニドゥカの整った顔があった。彼女はジトリとした視線で私を眺め、目と目が交錯する。
「オマエ、頭でも打ったのか?」
「へ?」
「わざわざギルハが言わなくても、オマエが駄目なヤツだってことは知ってるってことだよ」
「え、ええ? 慰めてくれるんじゃないの?」
てっきりそうだと思ったから、思わず気の抜けた声で返してしまう。
「いや? なんでオレがオマエを慰めるんだよ。同調でもしてほしかったか? そんなことないよって、否定してほしかったか? 生憎だけどな、そんな言葉だけで取り繕うような関係じゃねえだろ、オレたち」
「そんな、私だって――」
……あれ。私はどうしてほしかったのだろう。話を聞いて欲しかった? 意見が聞きたかっただけ?
ううん、多分そうじゃない。
「オマエの悪い癖だな。起きた結果が自分のせいだって、そう思い込む。誰かを傷つけたくねえことも、優しいことも、自分に甘いことも、社会性がねえことも知ってる。最低なのは今に始まったことじゃねえだろ」
「ねえ、言い過ぎかも」
「全部知ってるんだよ。オマエがどういうヤツで、何を思ってくれてるかって。オレにだってわかる。もう答えは出てるだろ。オマエの中でさ」
「……答え――」
呟いて、噛み締める。
そもそも私は迷ってなんかない。これまでの全部が、自分の意思でやったこと。そしてこれからも、自分の意志で行動すると思う。
私の想いは徹頭徹尾、変わらないから。
「……私は、この世界を救いたい。ニドゥカや、優しくしてくれる人がいる、この世界を、なくしたくないから」
「……知ってるさ。頼んだぞ、未来を変える救世主」
その瞳は、優しくて、暖かかった。満足したように笑う彼女に、私も笑っていると、鼻をすする音が響いた。
「うう……。美少女同士の可憐な友愛……。なんと尊い……。これも、拙者の望む世界の一つだ」
「はは、泣くとこなんてあったかよ?」
「いやあ、失敬。思わず感情が昂ってしまってな」
からかうニドゥカにイヤな顔も見せず、ベルペオルさんから差し出されたちり紙で思い切り鼻をかむカイネ王。
ひと心地着いたのか、彼はまだ僅かに鼻声を維持したまま、私へと向き直った。
「さて、気持ちにひと段落つけられたところで、本題に入ろうか。この未来跳躍も大詰めとなるだろう。色々とわかったこともある。拙者が来た理由もそれを伝えるためだからな」
お読みいただきありがとうございました!
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




