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第23話 魔滅の勇者は刃を振るう

 どこまで行っても荒廃した道が続いている。見たこともない物体が散乱しているし、生物の息吹きもない。これほどまでに輝かしくない未来ならば、確かに救ってやった方がいいだろうと、そう思えた。


「事前調査通りだね。まだ、ここが未来だっていう実感はないけどさ」


 朽ち果てている建造物らしきモノを見ながら、そう呟く。それに僕の後ろに続く、目つきの悪い男、パリサンデロスが苛立たしそうに舌打ちをした。


「とっとと終わらせて帰ろうぜ。こんな空気の悪いところにいたら、気分が参っちまうよ」


「アタイも賛成だね。ここは長時間いていい環境じゃない」


 斧を背に背負うヘクタールの同調に、カサンドラも無言で頷いた。

 確かに、と。僕も首肯する。生命が生きられない空気が蔓延している、と。神がそう言っていたから、アトラの加護に環境適応を追加してもらった。

 しかし、それを以てしてもなおここの環境は馴染まない。街が滅んでいるからとか、風も吹かずに、陽もまともに差さないからとか、そういう部分ではもちろんなくて。

 拒絶の空気が、ここには漂っていると、そう感じる。


「そうだね。でも、警戒は怠らないようにしよう。怪物、僕たちの世界で言う魔獣が出たという報告もあるから」


「俺たちの世界だと友好的なやつらが多いけどな。というか。そんなやつら、警戒するまでもねえだろ」


「確かに僕たちならどんな相手でも敵じゃない。ただ慢心はよくないって話だよ」


「へいへい」


 相変わらず、聞いているのかどうかわからない返事をする。まあ、この任務が無事に終われば、また彼と会う機会は当分ないはずだろうから、どうだっていい。

 まったく、どうして僕がこんな子守りみたいなことをしなくちゃならないんだろう。もっと待遇をよくして貰わないと割に合わないな。今度国王に物申そう。

 そうしているとやがて、開けた場所に辿り着いた。開けた、と言っても視界に全くモノがないわけじゃない。相変わらずモノは散乱しているし、周囲にはボロボロの建物が立ち並んでいる。

 それでもそんな感想を抱いたのは、それまでとは様子が違っていたからに他ならない。

 そこには大きな塔があった。朽ち果てて、穴だらけで、植物が巻き付いている、今にも崩れてしまいそうな古い、そんな塔。

 そしてその塔の天辺から空に向かって伸びる、一本の大木。それからその塔を取り囲むように湖が形成されていた。

 それ以外に、他には何もない。そこだけが異様に神秘的で、破壊の跡が生々しく残るのに、妙に幻想的だった。


「ここが、報告にあった場所だね」


 懐から幾枚かの紙を取り出し、内容を改めて確認する。前回の調査はこの辺りで終わったらしく、どうやらエリアマスターは目の前の塔にいるらしい。周辺の地図のようなものも添付されており、それとこの場所を見比べると、まず間違いなく僕たちが立っているこここそが、報告にあった場所のようだった。


「気を付けなよ。報告ではここで怪物が出たって話だ」


「はん。どっからでも掛かって来いよ」


 パリサンデロスには何を言っても無駄だな。どれだけ傲慢なんだか。僕は呆れてそれ以上何も言わずに、報告書に目を通す。どうやらこの湖を渡らないとあの塔へ辿り着けないらしい。

 けど、この水は確か――


「――その水には触らない方がいいよ」


 屈みこんで、その湖の水に手を触れようとした時、背後からそんな声がした。若く、まだ少年らしいその声に、僕たちは振り返る。


「その水は生きてるからな。刺激を与えちゃダメだ。下手に触ると、取り込まれる」


「キミは……、ギルハと共にいた赤髪の少年だね」


 長くぼさついた髪は赤錆のように軋んでいて、吸い込まれそうなほど綺麗なアメジストの瞳が印象的。体躯は少年らしく小さく、しかし決して弱そうには見えないのは、彼が堂々としているからだろうか。

 どちらにせよ、警戒するべき相手だ。何故ならその少年は――


「おいおい。今度は俺たちを嵌めようって腹かよ? ツヴァルカインさんよ」


 パリサンデロスもまた、睨むように彼を見据えている。少年は、動じた様子も見せず、肩を竦めるだけだ。


「知ってるぜ? テメーはよくわかんねえけど俺たちの事前調査を邪魔してたやつだ。報告書にもそう書いてあったからなあ。ご丁寧に自己紹介までして近づいて、いざとなったら怪物をけしかける。そうやってライバルを減らすわけだ。大方、俺たちの世界から来た、別の国のやつなんだろ? だから邪魔してる」


「ご想像に任せるよ。ただボクにも、守りたいモノがあるからな。理由はそれだけだ」


 何物にも染まっていない、邪気のない瞳だ。こういう手合いが一番対処に困る。ギルハみたいなやつの方がまだ御しやすい。


「それで、僕たちに何の用かな? 生憎、キミと争っている暇はないんだけど」


「お前たちに理由はなくても、ボクにはあるんだよ」


「……ギルハはどうしたんだい? 先に取り入ろうとしてたんだろう?」


「彼女は……、いや、そう。彼女は後回しにすることにした。今は、お前たちを優先する」


 僅かに言い淀んだようだったが、その意思に揺るぎはないようだ。これ以上の問答は時間の無駄だろう。


「――みんな、戦闘だ」


 その言葉を合図にして、パリサンデロスとヘクタール、それとカサンドラがそれぞれ自分の武器を構える。


「虐めみたいで気が引けるけど、恨まないでくれよ」


「……虐め? お前たちにそんな人間的な感覚があったなんて、思わなかったよ」


「減らず口だな」


 どれだけ強がっても所詮は四対一。今までどんな裏を搔いたかは知らないけど、僕たちの敵じゃない。


「テメーに恨みはねえけどよ。こっちも早く終わらせてえんだよ。悪いな」


 弓をつがえるパリサンデロス。彼が僅かに僕へと視線を向けて、それに対して小さく頷いた。


「残念だけど――」


 そして、少年が何かを言おうとしたその瞬間、彼の弓から矢が放たれた。空気を裂く音と共に、矢はまっすぐに彼の元へと飛翔し、そして鮮血が飛び散った。


「ちっ、防がれたか」


 苛立たしげにパリサンデロスが吐き捨てる。矢は確かにツヴァルカインに命中した。だがそれは致命にはならない。彼は飛翔するその矢を、手のひらを翳すことで受け止めていた。


「……残念だけど、戦う相手はボクじゃない」


「あ?」


 痛みが顔に滲む様子も、苦悶に歪むこともなく、淡々と言葉を放つツヴァルカインに眉を顰めた。

 その時。


「――!?」


 彼の手のひらに突き刺さっていた矢が発火した。突然の出来事に身構える僕たちを無視するかのように、彼は燃える矢を手のひらから抜き、そしてそれを放り投げる。

 投擲の先は、僕たちの遥か後方。

 湖へと、それは落ちていった。


「何を――」


「言っただろ。刺激を与えちゃダメだって」


 瞬間、湖が震えた。

 比喩的表現でもなんでもない、間違いなくそれは胎動し、そして――

 湖が爆発したかのように、柱を上げた。


「まさか……っ」


「この湖全部が、スライムの群体なんだ。気を付けなよ。触れれば、取り込まれるよ」


 スライムの大噴火はまるで雨のように周囲へ水滴を撒き散らす。それら全てを回避することなんてできるはずもない。


「――っ!?」


「たすけ――」


「……っ」


 あっという間に、僕を除く三人はスライムに飲み込まれていた。呼吸もできず、藻掻いても意味をなさない。


「あーあ。だから油断するなって言ってたのにさ」


「お前は飲み込まれなかったんだな」


「当然だろう? 僕は勇者だからさ。少なからず魔の者に対しての耐性はあるんだよ。【魔滅】の力がね。……キミも、よく飲み込まれなかったね。逃げ場なんてなかったと思うけど」


「スライムは火が苦手なんだ。ボクは火をある程度自由に生み出せるからさ。わけないよ」


 相変わらず悠長な態度で佇む彼の手には、いつの間にかナイフが握られていた。あれが彼の武器なのだろう。


「というか、いいの? 他の三人、助けなくてさ」


「良いんだよ。どうせもう助からない。これで報酬の分け前が増えるし、丁度良かった」


 まあ頑張って助ける道理も義理もない。元々彼らに愛着なんてなかったしね。

 僕の言葉に、そこで初めて彼の感情が動く。

 まるで、苦虫を嚙み潰したかのような、不快を露わにしたそんな表情を、ツヴァルカインは見せていた。


「というか、僕たちの心配をしている場合かい? 僕が生き残ったのって、計算外なんじゃないか?」


「……どうだろうね」


 僕は剣を引き抜いて、構える。早くしないと周りのスライムが襲い掛かってこないとも限らない。幾ら耐性があると言っても、むざむざ食らうわけにはいかないからね。


「キミに恨みはないけど、僕が英雄になるために、死んでくれ」


 その言葉と共に、僕は赤錆の少年へと斬り掛かった。

 子どもを手に掛けるのに、心は痛まない。

 その精神こそが、英雄にとって大切なことだから。

 鮮血が、周囲に飛び散った。少年の首が宙に飛び、地に落ちる。それが確かに彼の命を終わらせたことを告げていた。

 終わった。僕は剣に付着した血を勢いよく祓って、それを鞘に納める。

 終わった、はずだった。


「――お前は、英雄なんかじゃないよ」


 幻聴だろうか。確かに斬った頭部から、そんな声が、聞こえた気がした。

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