第22話 呪いのエルフ、過去を振り返る
「え、と。ごめんね、ルカ。変なのに巻き込んじゃって」
情けなく腰を抜かした私を起き上がらせてくれるルカに、申し訳なくなってそう謝った。
勇者がこの世界に来ることは聞いていたけど、まさかこんな形で出会うとは思わなかった。心の準備もできていなかったなんて、言い訳にもならない。結局私は口だけで、まだ心は弱いままだ。
《ギルハは悪くないよ》
《よく言ってくれた》
《マジむかつくよな》
《あいつらに勝とうぜ!》
《拙者、ギルハ殿の成長に感動=10000円》
「……ギルハは、カッコよかったよ」
彼は、そのアメジストの瞳を柔らかく輝かせて、ニコリと微笑んでくれる。
「ルカも、みんなも優しいね」
「優しいとかじゃない。本心から、そう思ったんだよ」
人の本心なんてわからない。コミュニケーション能力が壊滅的な私からすれば、特に。だから言葉の上澄みを掬って、なぞることしかできない。
でも、私はそれで満足だった。裏でどう思われているかって考えると怖いけど、知る方法もないから。
「さ、気を取り直して行こうぜ」
「……そうだね!」
こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。私とルカは、立ち去った勇者たちの後を追うように、歩き出す。
「そう言えば、ルカ。あの、さっきのアスカたちと会ったことあるの?」
「……どうして?」
彼が歩きながら振り返って、こちらを見る。そこには純粋さだけが映されていて、寧ろこっちから出す予定だった言葉が喉に引っかかってしまう。
「えと、深い意味はないんだけどね。何か、知ってる感じだったなあ、って思っただけだから」
アスカがルカを見た時の反応は、初めて見たようなモノじゃなかった。何か知っているのかもしれない、と。そう思っての問いかけだ。
それに彼は少し考える素振りをした後、思い出したように応える。
「もしかしたら、以前までここに来てたやつらの仲間だったのかもな。何人かは、元の世界に戻れたっぽいから」
「そうだったんだ……」
こっちの世界への偵察をしていたのかもしれない。考えなくても当然か。未知の世界に大事な戦力を継ぎ込むわけだから、状況は知っておかないといけない。私は納得して、落とした歩みのペースを元に戻す。
「……なあ」
向かう先は瓦礫が散乱していて、壁のように進路を阻んでいる。闇雲に壊してもいいんだろうけど、そうすると地面が崩れたり他の場所にも影響が出るかもしれないから、私はルカが歩くその後ろをついて歩いていた。
その道すがら、ふとルカから声が上がった。
「あの、アスカってやつらとギルハは、どういう関係なんだ?」
「……あ、そうだよね。何の説明もしてないから、意味わかんないよね」
「……いや。言いたくないなら、言わなくてもいいからな」
歩きながら、彼は瓦礫を飛び越えていく。それからルカが差し出した手を掴んで、私もその瓦礫を乗り越える。
「――ううん」
それから私は、首をゆるやかに振った。言いたくないわけじゃない。もちろんあの日のことは思い出したくもないほどに陰鬱で、苦い記憶だけど。
きっとこれから先、向き合わなきゃいけないことだから。逃げてばかりじゃ、いけない。
それに、コメントたちにも話しておきたいし!
《ギルハちゃんの過去編きた》
《気になりすぎる》
「そんなに大したことじゃないよ。ただ、全部私が悪いだけだから」
深呼吸をして、それから私はあの日のことを話し始める。私が生まれたエルフの里について。それから呪いを受けたこと、ずっとエルフの里の地下に幽閉されていたこと。勇者ニドゥカが助けてくれたこと。そこから冒険を一緒にしていたけど、ある時仲間から追放されたこと。
そして今、そのニドゥカの家で暮らしていること。
包み隠さずに、全部を話した。話すことが、できていた。
本当は自分の呪いのこととか、過去のこととか。あんまり話したくなかったんだけど。
でも、このコメントのみんなとルカには話しておきたいって、そう思えた。
《泣いた》
《ギルハちゃんっていい子だよね》
《自分を責めなくていいと思うよ》
《あの勇者一行に一泡吹かせてやろうぜ》
コメントの皆に知って貰えて、嬉しい。それに、ずっと味方でいてくれている。話して良かったって、そう思えた。
「――ギルハ」
「……? どうしたの、ルカ」
ちょうど岩塊が影を作る、その場所で立ち止まった彼に、首を傾げる。やっぱり引かれちゃったかな。私はわがままだって、そう思う。里から連れ出してもらえただけでも、幸せなのに、それ以上を望んでしまっているんだから。
こんな私のわがままに、付き合ってくれるほど、ルカも暇じゃないだろうし。うん、それが普通なんだ。
覚悟はできている。ちょっと寂しいけど、これ以上私の都合に付き合わせるわけにはいかないから。
「ちょっとここから先がどうなってるのか、偵察してくるよ」
「え? あ、うん」
てっきり私の話に対しての反応が返ってくるものだと思っていたから、拍子抜けというか、間の抜けた返事をしてしまった。
というか自意識過剰みたいで恥ずかしい。
《ルカくんも良い子やね》
《頼んだぞルカ》
《行ってら》
「私も、行くよ?」
「地面が脆くなってて危ないかもしれないからさ、ここで待っててよ」
念を押すように紡がれた彼の言葉に、違和感を覚えながら、内心で納得する。
確かに。さっき地下道であったみたいに、私がドジで迷惑をかけるかも。それなら慣れたルカ一人で行った方がいいのかな。心配だけど、迷惑もかけたくないし、私はその提案に従うことにした。
「ルカ、気を付けてね」
「大丈夫だって。ボクの方が動けるんだから」
そう笑う彼に、どうしてだろう。嫌な予感が立ち込める。別に私は彼のことを詳しく知っているわけじゃないし、特別親しいというわけでもない。でも、その笑顔を最後に、もう彼と会えなくなるんじゃないかって、何となくだけどそう思えてしまった。
呼び止めようか、と。一瞬そんな考えが過ったけど、それよりも先に彼の動きが止まった。背を向けたまま、動こうとしないルカに私も動けないでいると、ふと彼の声が紡がれる。
「……ボクはギルハが正しいと思うよ。ギルハは悪くない。悪いのは、世界の方なんだ」
「ルカ?」
わざと明るくしたような、そんな声の調子が逆に不安を誘って、私は声を漏らした。
ルカの顔が見えない。背中を向けているから当然なんだけど、それがさらに私の中の不安を増幅させる。
《ルカきゅん?》
《どうしたのかな》
《これなんか知ってるやつじゃない?》
《まさか黒幕なのか?》
コメントたちもざわついている。こんなに優しいのに、黒幕なわけはないんだけど、それでも彼が何を考えているのか知りたいって、思えてしまう。
結局、私はルカが立ち去るその時まで、何も言えずにただ眺めることしかできなかった。
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