第21話 呪いのエルフ、トラウマに立ち向かう
空には砂塵が舞い散って、太陽の光を阻害する。風も吹かずただ蒸し暑さだけが籠る地表で、白い外套を羽織った一団が私の前に立ちはだかっていた。
「おー、本当だ。っていうか近づいても大丈夫なのか?」
「加護の力はこの世界の空気は浄化できるらしいけど、ギルハの毒まで防げるかは未知数じゃないかい?」
「早く離れた方がいい?」
勇者以外の三人は一瞥すると、すぐに興味を失ったようにアスカへと視線を向ける。
一瞬だったけど、わかってしまった。
その視線が害を為すモノを見る視線であることに。侮蔑とか、忌避感とか、嫌悪が混じり合ったような、腐敗した汚物を見るようなそれ。
言葉であれこれ言われたわけじゃない。ただ見られただけ。
でも、その一瞥が、私の記憶に、脳に、心に忍び込んで、踏み荒らされる。
息遣いも荒くなって、彼らが喋っている内容も、ろくに聞き取れないほどぼんやりと滲んでいく。
「皆、落ち着いて。ほら、この距離でも僕たちの体に異変はない。この神の加護が付与された外套のおかげだろうさ」
「なんだ。ビビらせやがって」
吐き捨てるようにパリサンデロスが言うけど、既に私は彼らに視線を合わせることができない。会話もままならない。俯いたまま、ずっと息を殺して、彼らから逃げようとする。
《なに? こいつら》
《おもんな集団やん》
《こんなやつらが勇者とかよもまつだね……》
《イキり散らかしてるだけじゃないの?》
「……」
そう、だよね。コメントの人たちはわからないよね。ちゃんと、説明しないと……。そんな思考が過るけど、体が上手く動かない。勇者の名前を聞いた時はここまでとは思っていなかったけど、実際に会ってみるとやっぱり印象が違う。
その眼、その雰囲気、その言葉、その態度。全部が、私に対しての敵意で、全てが致命傷だった。
「いやあ、キミたちのおかげで良い思いをさせてもらったよ。ここで出会えたのも奇跡だろう。お礼を言わせてほしい」
「……へ?」
お礼を言われるようなことなんて、何もしていない。私たちはそんな間柄じゃない。
唐突に発せられた言葉に思考がさらに乱されて、思わず顔を向ける。
そこにあったのは、にたりと、嫌な笑いを浮かべる勇者アスカの姿。
「追放に同意してくれたおかげで冒険の行程のほとんどを飛ばして魔王を討伐できた。ありがとう。怒るニドゥカを抑えてくれて、冒険を諦めてくれて、復讐もしないでくれて。キミの意気地がなくて、本当に助かった」
「――っ!!」
立っていられなかった。全部が全部、彼の言う通りで、言葉も返せない。
地面が、揺れている? 世界がぐるりと回転したように、あべこべで、バランスを崩して私は割れた地面に膝をつく。呼吸が上手くできなくて、浅く何度も、息継ぎを繰り返す。
あの日から、考えなかったわけじゃない。
酒場でパーティからの追放を告げられた時、ニドゥカを止めなければ私たちの旅はまだ続いていて、きっと魔王討伐だって成し遂げられていたかもしれないって。
でも同時に、それをきっと私は望まない。
だから彼女のことを止めたし、それが間違いだなんて、思わない。
それでも、やっぱり――
元はと言えば、私のせいだから――
《あー、流行りの追放する側の方ね?》
《言わせておけば調子に乗りやがって》
《普通にムカつく》
《こいつの仲間じゃなくて正解だよ》
《うん、抜けて正解》
《今のギルハちゃんが好きだ》
「……みんな――」
ありがとう、と。そう言葉には出せなかったけど。
そのコメントが、温かい気持ちが、応援となって私の心に流れ込んでくる。折れかけていた心が、なんとか踏み止まることができた。
私一人じゃない。皆が同じ想いでいてくれている。それがわかるだけで、なんて心強いのだろう。
「ギルハもどうせ未来を救いに来たんだろう? 悲しいね。キミみたいな人材しかいないだなんて。ニドゥカはどうしたんだい?」
「おい、これ以上は時間の無駄だぜ? 負け犬に絡むと、俺たちの格も下がっちまうだろ」
急かす言葉に、アスカはしばらく黙る。視線を感じる。きっと私のことを見ているんだろう。憐れんでいるのか、苛立っているのか。やがて、降り注いでいた圧が消え失せた。
「……そうだね。こんなのに構っている時間はない。早くエリアマスターとやらを討伐しないといけないからね」
私の傍を通り過ぎて、彼らは歩み始めた。これで、彼らからの視線を受けることはなくなる。そのことにほっと息を吐くと同時に、ある疑問が芽生えた。
本当に、それでいいのかな?
このまま言われたい放題で、ただ現実から目を背けるだけで、立ち向かうことをしなくて。
それで満足?
「……ニドゥカは、来ないよ」
気がつけば、私は立ち上がって言葉を発していた。少しよろめいたけど、そんなことよりも今は、この気持ちを吐き出すことの方が、大事だ!
「任されたから。私にしかできないことだって。この未来を、変えるのは私の役目なの。勇者でも、そのパーティメンバーでもない。ニドゥカの力を借りずに、一人で立ち向かって、私が成し遂げないといけないんだ」
定まっていなかった視点が、ただ一つに絞られる。背を向けて、立ち止まった勇者アスカは振り返り、なおも可哀想なモノを見る視線で私を眺めていた。
「私は、弱いよ。コミュニケーションだってまともに取れないし、自分の力一つも制御できない。生活能力も低くて、ニドゥカがいなかったら、こうして出歩けもしなかった。……でも、変わりたい」
傷つけたくない世界がある。変えたくない世界がある。そのために、私が変わらないと、何も守れない。
これは、そのための、第一歩だ。
「それに、あなたたちよりは、私は強いよ」
「――んだと?」
パリサンデロスが、瞳をさらに鋭くさせて、私へと一歩詰め寄る。怖くない。背けない。私は怯むことなく、彼に視線をぶつける。
「落ち着きなよパリサンデロス。これ以上構う必要はない。キミが言った言葉だ。安い挑発さ。どうせ彼女には何もできない」
「……ちっ」
苛立ちを隠すこともせず、背を向けた。代わりに向けられたのは勇者アスカからの、憐憫を含んだ視線。
「そこまで言うのなら、僕と勝負をしよう。どちらが先にこの未来を救えるのか。エリアマスターを討伐した方が、勝ちだ。……もっとも、勝敗はわかりきってるけどね」
行くよ、と。そう呼び掛けて全員を連れ立って歩き出す。
と、少し離れたところにいたルカの存在に気がついたのか、またも立ち止まりフード姿の彼を眺める。
「キミは――」
「……」
会話はそれ以上ない。ルカはそのまま黙って私の方へと近寄ってきて、勇者アスカを睨むように間に立った。
「……まあ、いいか。くれぐれも、僕たちの邪魔をしないようにね」
そう言って、彼らの姿は小さくなっていく。やがて、その背中は見えなくなったところで、私は全身から力が抜けたように、その場に座り込んでしまうのだった。
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