王宮風メニュー
母の日の夕食、メニューは?
「さ、メニューは決まったわ」
とテレーザ。
葵の机を借りて、何やら書き込んでいた。
しばらくすると出来上がったのか、それを見せるテレーザ。
綺麗な飾り文字で書かれている、メニュー表だ。
「こんな字を書けるのね。こんな飾り文字、本でしか見たことがない」
と葵。
「家庭教師から習ったのよ。王女のたしなみなんだってさ」
とテレーザが言う。
そのメニュー表をみた葵、
「うわぁ、王族って毎晩こんなの食べてるの?
まあ、王様なんだから、当たり前っていえばそうなんだけど、毎晩こんな夕飯食べてて疲れないのかなあ、胃腸としても」
そこに書かれていたのは、倭の国では、特別な高級レストランにでも行かない限り、
食することなど出来そうにない、フルコースメニューだった。
「毎晩こんなのかどうかは知らないけど、家族が揃う日はこんな感じだったかな。
私たちのは、量を少なめにしてもらってたけどね。だって残しちゃいけないし、結構試練だったんだよ」
とテレーザ。
「そっか、嫌いな物とか出たらどうしてたの?」
と葵が聞くと、
「もう、必死で食べるのよ。弟はよく、私の皿に勝手に乗せてたけどね、お姉さま、これ差し上げます、とか言いながら、自分が嫌いな物は全部よ」
そう言えば、弟のジャン・ルドルフは好き嫌いが多かった。
自分は嫌いな食べ物でも、「美味しそうに」食べることをたたき込まれたのに、
弟はそうではなかったらしい。
嫌いな物は、基本姉たちが代りに食べてやっていた。
「そんなことするんだ、なんか親近感湧くなあ」
と葵。
葵の弟、駆も小さい頃は、嫌いな食材をよく葵の皿に乗っけていたのだそうだ。
「姉ちゃん、これやるよ、好きだろ」
とか言いながら。
「そのお食事ってどれくらい時間かけて食べてたの?」
と葵が聞いた。
「それだけのメニューだったら、随分かかるでしょ?夕食食べ終わるのに」
と。
「そうね、3、4時間くらいかしら」
そうサラリと言うテレーザ。
「わあ、そんなに。飽きちゃいそう」
「そうなのよ、もうさ、退屈で。
弟は席を離れたがるし、姉たちはどんどん不機嫌になっていくし、とんだ夕食会だったわ」
そう話すテレーザはなんだか少し表情が豊かだ、時に楽しそうで、そして寂しげで。
家族を思い出しているのだろうか、
葵はテレーザを見ながら思った。
ここ倭の国はファンタジーワールド中央といわれる、5大王国からははるか彼方の遠方だ。
そんな遠いところで一人きりのテレーザ。
一般家庭とは違うとはいえ、両親や姉弟と離れての生活は不安だろう。
テレーザが美の国でのことを話す事は、めずらしくはない、避けている様子はないようだ。
しかし、いつもあまり感情もなく、ただの報告のように話す。
それが、今は。
何かを懐かしむような眼で遠くを見る。
その愁いを帯びた目の奥は、少し寂し気だ。
「ねえ、家族に会いたい?美の国に帰りたい?」
思い切って聞いてみる葵。
しばらく考えるテレーザ。
そして、
「帰りたい?そんなわけないじゃん。あいつらさ、私の事、闇に葬ったんだよ」
とテレーザ。
その顔には先ほどまでの寂しげな気配はなかった。
語気を強めて言ったテレーザだったが顔は無表情でどこか他人事のような、いつもの話し方にもどっていた。
「この食材を買うのか、どうだろう、近くの店じゃ売ってないだろうな」
テレーザの書きだした買い物リストを見て尊が言った。
「特に、ゴールデンコーン、深海フカヒレ、ほろほろの実、それにエモーシュオイルか、これは中々売ってないぞ」
そう言われてテレーザの表情が曇る。
「売っていない食材」がある、
そんな事を考えたことがなかった。
美の国は彩の国と場違い、作物が豊富なわけではない。
それなのに、毎度の夕食にあれだけの食材を集めるのは楽な事ではなかったのかも。
この国も同じなのだろうか、
「この国の皆さんは、どこで食材をそろえるのですか?」
そう聞くテレーザ。
「手に入らない食材はね、他の物で代用したりするのよ」
と葵が言う。
「エモーシュオイルなんて、幻の調味油じゃない、家庭用のオリーブオイルでいいじゃない?」
と葵が続けると、
「でもエモーシュオイルの風味は格別だって、王宮の料理人が言っていたもの。
だから今回のお料理には欠かせないわよ。
私もエモーシュオイルを使ったお料理以外、いただけないし」
とテレーザ。
王女の威厳とばかり、少しツンとしながら言った。
「うちのごはん、うめえうめえって食ってんじゃん。あれはお徳用調味油つかってんだぞ、
お前、ほんとに味わかんのか?」
と駆。
と、その時、
「スーパーマーケットロイヤルなら、食材が揃いそうだ」
色々と調べていた尊が言った。
スーパーマーケットロイヤル、倭の国の大きな街に数店舗がある、
この国のハイクラスなスーパーマーケットだ。
お値段もかなりお高い、と有名だ。
「ありがとうございます、そのスーパーに連れて行ってください」
とテレーザが言うと、
「大丈夫?スーパーマーケットロイヤルって高いんだよ、ここのお金持ち御用達なんだから」
と葵、
「任せてください!お金なら大丈夫です」
と胸を張るテレーザ。
旅行者は基本的に滞在に必要な資金を持っている、それは尊も葵も知っていた。
テレーザが無一文ではないとはわかっていたが、なんせあの高級スーパーだ。
「ここにお世話になっているおかげで、普段はほとんどお金を使いません。
だからせめて、母の日には奮発したいんです」
そういうテレーザに、
「じゃあ、任せるよ。でもあんまり高いようだったら、他のお店とか食材にしよ」
と葵だ言った。
その言葉に頷くテレーザ。
しかし、内心、メニューも素材も変えるつもりは全くなかった。
「それをみんなで食べれば、おいしいはず。あの夕食」
とテレーザは信じて疑わないのだ。
「でもさ、思い出したんだけどスーパーマーケットロイヤルって、入店規制があるわよね、私たちで入れるの?」
と葵が言う。
この国随一のハイクラスなスーパーマーケット。
そこで買い物ができるのはいわゆる「上流階級」に限られている。
一般庶民が入店するには、しかるべき筋からの紹介状や、入場許可証が必要なのだ。
「ああ、それなら、オヤジのIDカード、借りればいいよ。
ま、政府の役人、しかも部長クラス、入店資格ありだ。
たまには役に立つな、あのオヤジでも」
と尊が言った。
そこに、
「だれが、たまには役に立つんだ?」
と声がした。
皆が振り返ると、そこには孝太郎がいかめしい顔をしながら立っていた。
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