かつての日常と今の日々
テレーザのいない日々。
以前に日常にもどっただけだ。
少しだけ違うとすれば、孝太郎は以前よりも家の事をやり子供たちとも関わっている、瑛子はパートのおばちゃんから正社員に、そして尊は引きこもりから学生になった。
「パパ、すごい進歩よね」
と葵が言う。
朝食を自分で用意し、使った食器を洗っているところを目の当たりにしたからだ。
そんな葵の言葉に、孝太郎は少しばかり自慢げに笑って見せた。
「テレーザをがっかりさせられないからな」
と。
かつてテレーザは口癖のように、「今だけじゃダメよ」と言っていたのだ。
瑛子のマダムコンテストの出場が決まり、朝の修行を始めたころ家事の分担を決めたころだ。
「テレーザ、本当は家族が欲しかったんじゃないかな。自分を認めて愛してくれる人たちが。美の国の本当の家族が自分を受け入れてくれたんだったら、私たちはもう必要ないのよね」
と葵が寂しそうに言う。
「かもしれない、でもその方が幸せだ。本当の家族に愛されている方が」
と孝太郎。
いまだ公表はされていないとはいえ、フィオナ・クリスティーネは女王に即位しその両腕となるのが、
ユリアナとテレーザだと言う。
これでもう二度と長期にわたり国を離れることはない。
「でも、あの二番目のお姫様はどうするのかしら」
といつの間にか側にいた瑛子が言う。
美の国、王室では第一王女フィオナ・クリスティーネ王女を次期女王に、第二王女と第三王女がその両腕として決まっていた。
幼い頃から、そう養育されていたに違いない。
「一度でも反旗を翻したのだから仕方ないのだろう。あの魔法使いたちの反乱は公にはなっていないが、そんな姫を要職に就けるわけにはいかないんだろうな」
と孝太郎。
「じゃあ、この先カタリナはどうなるのかしら」
と葵が心配そうに言う。
カタリナが自分の身をなげうって、あの反乱兵から姉と妹を守ろうとしていた姿を忘れられないのだ。
「まあ、何処かへ嫁ぐのが無難なんだろうな」
そう言う孝太郎に、
「テレーザにしても、カタリナにしても、好きでもない人と結婚だなんて」
と葵。
「でも、あのホイ君はテレーザの事が好きみたいだけど」
と瑛子が言う。
「両腕就任で、婚約も一旦解消になるようだがな」
と孝太郎。
「またテレーザを振りまわすのね。なんだと思ってるんだろう。ホイも可哀そうよ」
と葵は腹立たし気に言う。
そして、
「一国の王女だから仕方ないのかしら」
とポツリ言う葵。
「そうだな、自分の意思ではどうにもできない事も多いだろうな、ある意味自由のない生活だ。お前、王女じゃなくてよかったな」
と孝太郎。
「テレーザはまさにそんな運命に翻弄されてるっていうのに」
と葵は不満げに孝太郎に言うが、その時には既に孝太郎は出勤のため家を出て行っていた。
「さ、私も会社に行かないと。葵、尊と駆、おこしてから行ってね」
そう言い残すと瑛子も家を出た。
「まったく、兄さんに駆、起きなさいよ」
葵は軽くため息をつくと、そう言いながら足音を立てながら2階へと向かった。
「異動ですか?」
と孝太郎。
その日、職場に着くや否や上司である葛西部長に別室に呼ばれた孝太郎。
そこで、
「お客様サービスセンターへの異動してもらいたい」
と告げられた。
孝太郎のような役所勤めの場合、一定期間ごとの部門異動は珍しいことではない。
しかし、今はその時期ではない。
こんな時に異動がある、「何かをやらかした」者に出される決定だ。
「公にはしないがな、きみの休暇中の行動が問題となっていてな」
と部長の葛西は言いにくそうに話す。
美の国へ行ったこと、外交局に勤めていながら届け出も出していない。
外交局の管理職が国外へ行く場合、事前に申請が必要だ。
「問題、ですか」
と孝太郎は口を濁す。
「おまえ、何をしに行ったんだ、5大王国だぞ」
と葛西。
「バレている」
その言葉に孝太郎は思った。
カミヤマの助力で、極秘で出向いたつもりだったが隠し切れなかったようだ。
「家にいた旅行者の故郷で」
と孝太郎が言う。
「あの子のことか、後見人も解除しているな。何か起きたのか?
美の国は今情勢が不安定だ。倭の国としては関りを持つわけにはいかないんだ」
と言う葛西。
この葛西も都留田家にいたあのテレーザが美の国王女と言う認識はないようだ。
せめてもの救いか。
「わかりました。異動は承知です。いつから動けばいいでしょうか」
と孝太郎が言う。
「今日中に、それからサービスセンターでは役職は付かない。」
と言い残すと葛西はそのまま去って行った。
役職がなくなる。
それは孝太郎のキャリアがここで止まるということだ。
収入も減るだろう。
しかし、孝太郎は管理職だったからこそ使えた、データセンターへの出入りが出来なくなる、
その方が重大問題だった。
「これから、情報を探るにはどうすればいい」
とそのことばかりが頭をよぎる。
今までのデスクを片付け、異動先へと向かう孝太郎。
最後に挨拶をする機会も与えられなかった。
この訳アリ異動に、誰も何も言わない。
どう声をかけてよいのかわからないのだ。
荷物を抱え、長い廊下を進む孝太郎、そこに葛西部長が追いかけてきた。
すると、そっと耳元で、
「異動で済んだだけありがたいと思え」
とつぶやいた。
葛西の眼は真剣そのものだった。
そして、その言葉は自分だけに告げられたものではない、家族全員に伝えられたものだ、
と孝太郎は直感していた。




