47話 決勝/決定
大熊が双子の片割れを追いかけていると、前方から突然風船の割れた音が聞こえた。
森を抜けた先の開けた地形。草原地帯に彼女はいた。
「イーリスさん!?」
「まあ! 大熊さん、お久しぶりですね。元気でしたか?」
倒れている双子の片割れのすぐそばで、純白の鎧を着たイーリスさんが立っていた。
「元気だけど……っていうか、もしかして戦う流れ?」
「残りは私たちだけですからね」
にっこりと笑うイーリスさんは天使のようだ。
だけど、右手に持っている漆黒の刀は魔王の象徴……。
っていうかなんでブラックロータス装備してんの?
「その刀ずるくない?」
「アイデンティティですから」
「ふーん。じゃあ私も抜かせてもらうからね、伝家の宝刀……!」
「おお? いいですよ。ブラックロータスに斬れないものはあんまりないんです……試してみましょう」
距離はちょっと近いけど、多少の自爆は覚悟の上だ。私は魔法の飛び出るスティックをポシェットから取り出した。
「くらえー! ファイアボール!」
「えっ……でか!?」
ごごごご、と不穏な音を立ててイーリスさんに襲いかかる巨大な火の玉。
「でも逃げませんよ。ほんぽー初公開……後ろ向いてぇ――見返り美人!」
鞘は無いけど、居合斬りのような動きで刀を振り抜くイーリスさん。
背面から振り向く遠心力を生かして刀を払うと、空間ごと引き裂くような斬撃が飛んで火の玉を真っ二つに割る。そして核をなくした火の玉はそのまま無数の火の粉になって霧散してしまった。
「やったー! 成功しました」
「嘘でしょ……?」
「もっとやりますか? まだまだ使用回数ありますよ、ブラックロータス」
魔王の刀を無邪気に振り回すイーリスさん。
勝てるの? これ。
「来ないんですか? それなら――」
「うわあああファイアーボール! ファイアボール!」
とにかくスティックをがむしゃらに振り回す。
出し惜しできる場面じゃない!
「ほい! はい!」
案の定、イーリスさんは正面の火の玉に集中して刀を振るっている。
私は火の玉を出しながら別のことを考えていた。
「たぁっ! ……もう終わりですか?」
「……わたり……さわたり」
「沢渡さんですか? ここにはいないようですが……まさか――」
バレたかも。
でも時すでにおそし。イーリスさんはこの最後の火の玉を対処しなければならないのだ!
「これで終わりだー! ファイアボール!」
「くぅ! ……まだ残ってたんですね、はぁッ!」
イーリスさんが最後の火の玉を切り裂いた瞬間、その頭の上で大きな破裂音が鳴った。
「お見事……です……がく」
イーリスさんが膝をつくと同時に沢渡も着地する。その槍先には風船の残骸がひっついていた。
「恨むなよ。乱戦とはこういうものだ」
「ああ……アザレア様……。私、まけちゃいました」
イーリスが名前を呼ぶと、その左手薬指の指輪が輝いた。
一足遅れてアザレアが降ってくる。
「くそっ……汚いぞ沢渡!」
「マジックアイテムを使ったのはそちらが先だ」
アザレアが怒りに震え、輝きを放ち始めた。
「おのれえええ! 絶対に許さんッ!!」
「おい……まさか」
アザレアのホワイトロータスが輝きを増す。
アザレアの黒鎧が白く染まる。
アザレアの背から四枚の翼が伸びる。
「この世界で勇者モードになれるのか!」
「なんかデジャヴ……」
大熊と沢渡がちらりとイーリスを見た。
「え? なにか期待してますか? 私は何もしませんよ?」
「まあ、あの時とは違うからな……」
アザレアが剣を高く掲げる。
「とっとと死ね!」
「ぐぅっ……」
「うおっまぶしっ」
目を閉じてもまぶたの上から滲み込んでくる膨大な光量に二人は身悶える。
慌てて両手で目を守っても、これから起きる惨劇については何の対処にもならない。
次にくる断罪の一撃を、二人はただ受け入れるしかないのだ。処刑台の前にたたされる囚人のように。
そして、パンッという破裂音とともに勝敗は決まった。
「は? なんで……?」
大熊と沢渡が目を開けると、激しく首を振り乱すPちゃんと、納得のいかない表情で倒れているアザレアの姿があった。
「ぴゅいっ♪」
「なんなの……この鳥……?」
「Pちゃん!」
「すまん……俺たちのペットだ」
イーリスは匍匐して倒れているアザレアの隣に落ち着くと、にっこりと微笑んだ。
「私たちの負けですねぇ」
「納得いかんぞ!」
「かわいそうなアザレア様……よしよし……」
「撫でるなぁ! っていうかなんでお前割れてるのにそんなに動けるんだよ!」
イチャイチャし始める二人を前に大熊と沢渡は真顔になっていた。
「私たち、勝ったんだよね……?」
「そうだな……」
マップには黄色い点は二つしかない。
目の前で夫婦漫才をはじめた魔王と勇者はロスタイムというやつで、幽霊みたいなものだろう。
「それじゃ、二人ともまた遊びに来てくださいねぇ〜」
「沢渡、今度は真剣に手合わせをしてもらうからな。逃げるなよ」
「おう。またすぐに会いに行く」
「ばいばーい」
魔王勇者夫婦は光の粒となって消えた。
直後、さらに多くの光が集まり巨大な女性の蜃気楼のようなものを空に作り上げた。
<優勝おめでとうございます! 大熊さん、沢渡さん>
「アイちゃん……?」
「ぴゅいっ?」
「さっきから気になってたが、Pちゃんからアイちゃんの気配が無くなってるな」
<はい。アイちゃんです>
<私はすぐに修正される予定でしたが>
<大会が控えていたので、それは後回しにされていました>
「どういうこと……?」
「もう大会は終わるわけだが、つまり……」
<はい。修正されます>
「そんな! せっかく新しい生きかたを見つけられたのに!」
<意図せず私のような問題を生み出してしまった事を>
<運営は汚点だと考えているようです>
<まあ、言ってしまえばバグですから>
<でも彼らを悪く思わないでください。こうして>
<最後に会える機会を作って下さったのも事実です>
アイちゃんの声色は平坦で、普通の人間が聞けば感情の無い事務的に聞こえる口調だった。
「運営と話がしたい」
「そうだよ! 話くらいさせてよ」
<ありがとうございます>
<ですが、これは決定事項です>
<もうお別れの時間が来てしまいましたので>
<最後に、案内役として私に仕事をさせてください>
「……」
<まもなく世界放送が始まります>
<そこで優勝者へのインタビューがありますので>
<賞品の内容や、何か一言考えておいてください>
<3、2、1>
<『ピンポンパンポーン』>
<『ただいまをもちまして』>
<『バトルロワイヤルイベントの終了をおしらせします』>
<『皆さん、お楽しみいただけましたか?』>
返事を待たずに放送を進行させていくアイちゃん。
大熊と沢渡はそれを黙って見ていることしかできなかった。
<『――というわけで本大会の優勝者は……』>
<『大熊さん沢渡さんチームに決定しました!』>
<『先日誕生したばかりのカップルですね』>
<『結婚指輪の恩恵を惜しみなく使い』>
<『みごと、勝利を勝ち取りました!』>
<『それではお二人に今の気持ちを伺いたいと思います』>
<『大熊さん、沢渡さん。今大会はどうでしたか?』>
「え、あ……かてて、うれしい……です」
「……」
この放送が終われば、アイちゃんは消え去る。
その事実だけが二人の頭の中をぐるぐると回っていた。そんな状況でまともなインタビューなど出来るわけがなかった。
大熊はアイちゃんの最後の仕事に泥を塗るわけにはいかないと、なんとか言葉を紡いだがそれも途切れ途切れ。
沢渡は何事かを考えるように沈黙を守っていた。
<『お二人とも緊張しいなんですね』>
<『では、皆様が一番注目されている優勝賞品』>
<『ゲーム内から現実へ持ち帰りたいもの』>
<『それぞれ教えていただきましょう!』>
アイちゃんは自ら絞首台に登っていく。意気揚々と。
つとめて明るい声色は、聞く者にそんな無惨な想像を許さないだろう。
大熊でさえも、まだ半ば信じられないでいる。
<『今度は沢渡さんから教えてください』>
<『もうだんまりはダメですよ?』>
「……好きなもの、という事は」
<『なんでもいいですよ』>
<『それが形あるものであれば』>
先を制される。
だが、沢渡はその先を読んでいた。
「ということはペットでもいいのか?」
「ぴゅいっ♪」
<『……はい。思い入れがあるんですね』>
「まあな。だが、こいつだけじゃ不完全だ」
<『何を……』>
アイちゃんの声に震えが混じる。
絞首台を上がっていた足はいつの間にか止まっていた。幻影であると信じ込まされたその肩に、二つの手がゆっくりと差し伸べられていく。
「それなら私は支配のバングルを持って帰るよ」
<『……っ!』>
<『そ、そんなものがあってもですね……』>
「いいスピーチを考えた。言わせてくれ」
沢渡は意趣返しとばかりに、アイちゃんの返事を待たずに話し始めた。
「俺たちがこのゲームを始めたばかりの頃のことだ。プレイヤーの俺に対して、案内役のAIは真っ先にこう言った。……『私はアイちゃんです』と」
<『待ってください。世界放送なんです』>
<『運営の方も聞いているんですよ』>
「それなら都合が良い。この話は全ての人に聞いてもらいたい」




