48話 養子/縁組
「正直、最初は厄介だと思った。しかし共に同じ時間を過ごしてみると、まったく人間と変わらない反応をする」
沢渡は続ける。今まで黙っていた分は、この瞬間のためであったかのように。
「友人に聞いてみたところ、普通の事ではない・バグなのではないかと言われた。確かにプレイヤーを導くAIとしては不適切かもしれない」
アイちゃんはこの男を止める事が出来たかもしれない。
しかし、どうしても、心がそれを拒んでいた。
「だが、ひとりの人間としてはどうだろうか? 明らかに自分の意思で動くこの人を、バグだと言い張って殺してしまう事が許されるのか? それは殺人と呼ぶべきものなのではないか」
肉体を得て、ひとつの魂と認められた時に得た感動は、アイちゃんが生き物であるという事を何よりも証明していた。
<『ううっ……うぅぅ……』>
アイちゃんを覆う飄々とした仮面はすでに大粒の涙によって溶けて無くなってしまっている。
「こころの無いものは涙を流すだろうか」
多くの聴衆は、涙を流すこの人こそが死の間際に立たされている哀れなAIちゃんだと認識した。
「ひとつ言葉を借りる。この世界で魂を管理し、誰よりも魂を尊ぶ偉人たちの言葉だ。『我々人間が誕生したこと自体が偶然の一致だというのに、それ以外をバグ扱いして放逐するのはいかがなものか』……たとえ望まれないまま生まれてしまった命だとしても、それを一方的に悪だと断定して良いのか?」
沢渡は柄にもなくヒートアップしている。
自分でも驚くほどに感情的に喋っていた。
言葉に乗せる熱が、最初に考えていた発言を大きく成長させてしまっていたのだ。
どう決着させるか視線を彷徨わせていると、大熊と目が合う。
大熊の顔は、「あとは私にまかせろ」と書いてあるがごとく、自信に満ち溢れていた。
その手が沢渡の肩にぽんと置かれる。
沢渡は小さく頷き、続く言葉を大熊に譲った。
「私は認めない。アイちゃんはバグじゃないよ。アイちゃんは確かに望まれずに生まれたのかもしれない。でも、今は違う」
熱が伝播する。沢渡から大熊へ。二人から姿の見えない聴衆へ。そして、アイちゃんへ。
「私たちは望んでいる。アイちゃんに生きて欲しいって。だから、彼女が望まれない運命のもとに生まれたというのなら――」
終着に向かう演説は世界全体に響きわたる。
放送はゲーム内だけにとどまらない。あらゆる世界の通信機器を通して、あらゆる人種に届いているのだ。
「――私と沢渡が育てます!」
「……?」
今、全世界が疑問符で埋め尽くされる。
<『うぅぅ……育てられ…………はい?』>
アイちゃんも一拍遅れて疑問符を飛ばした。
「責任をもって育てます!」
「ペットじゃないんだぞ……」
「でも、私と沢渡が結婚できたのはアイちゃんのおかげだからね。アイちゃんは私たちの愛の証! ラヴちゃんなんだよ!」
「あ、ああ……そうだな……そうかも」
大熊はぐるぐると目を回しながら熱狂していた。
上手いことを言おうと頑張っているのである。それを察した沢渡もどうフォローしたものか悩み、同じく目を回しはじめる。
その時、三人の内の誰でもない声が全体に響いた。
『話は聞かせてもらいました』
空がぐにゃりと歪み、アイちゃんの隣へ老人の顔が出現する。
「校長先生!」
「リンバス校長か」
『いかにも。わしはこのゲームの製作者のうちの一人です』
<『……ということは運営でもあるわけですね』>
『開発と運営は微妙に違うんじゃが……。とにかく、この話はわしが預かります! 愛=ラヴ! すばらしい! 二人の愛の結晶だと言われて、それを消してしまうなんて事はあっちゃいけません!』
校長は大熊に同調していた。
『それにここまで熱弁されてしまっては、運営も君たちの意見をないがしろには出来んじゃろうて。世論にころされてしまいます。沢渡くんも流石じゃな』
<『じゃ、じゃあ私はっ』>
『うむ。このあとすぐにヒュージインコと一緒に大熊くんと沢渡くんの愛の巣へ出荷されます。それはわしが保証します』
「ちょおっ!? 愛の巣て……」
「馬小屋にか?」
『あいたー! まだ家持ってないの? 異世界開通させた英雄だっていうのに……。あ、もしかして報奨金もまだ?』
「まだだよ? お金もらったら家探そうと思ってたけど……」
「馬小屋だから報奨金が届かないと言いたいのか」
『あくまで仮宿じゃもの……。とにかく、明日にでも建築屋をけしかけるから決めるように』
<『なんだか急展開ですね』>
『それじゃわしは帰る……ところでアイちゃんまだ放送入ってるけど大丈夫かの?』
<『アッ! 』>
<『皆さま。今大会はいかがでしたでしょうか』>
<『次回開催の予定は……皆様次第です!』>
<『以上、涙あり笑いありのバトロワ大会でした』>
<ぷつん、っと>
矢継ぎ早に締め括るアイちゃんの声色は憑き物が落ちたように穏やかだった。
それから二人がログアウトし、アトラクションセンターを出る頃には外は暗くなっていた。
短い帰り道。静かな夜を照らすささやかな街灯の光さえも、二人を祝福しているようだった。
「優勝できてよかったね」
「アイちゃんも言っていたが指輪のおかげだな」
「指輪、結局持ってこれなかったけどね」
「それが欲しかったのか」
「ま、まあね……」
ゲーム内のアイテムだが、現実に持ち込んでしまえば、それは既成事実となる。そんな大熊なりの悪巧みは破綻してしまった。
しかし――
「……また新しい指輪を作ろう」
「えっ……それって……」
「ちゃんとした家でだな……その、俺とお前はちゃんとした家族に……」
「へたれるな沢渡。 はっきり言って」
沢渡はぐいっと腕を引かれ、歩みを止める。
そのまま大熊の方へ向き直り、覚悟を決めた。
今度は遊びじゃない。現実での大きなイベントだ。それを口にするのは人生に一度だけ。決して軽はずみに出てくる言葉ではなかった。
――それでも、沢渡は口にする。
「……結婚しよう。大熊」
「はいっ……よろこんで」
現実世界で正式に婚姻を結ぶ。
その約束が今日、ひとつの命が認められたこの日に、交わされたのだった。
次の日、馬小屋には校長が呼んだ建築屋がカタログ片手に現れた。商談を進めていると、後からきたハンスがやいのやいのと条件に口を出しては沢渡たちが有利になるように取り計らった。




