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42話 おしどり花火

 


 新郎新婦。誓いのキス。

 期待と好奇の視線が俺たちに注がれている。

 こういうのはあまり人に見せるべきではない。

 そう思っていた、つい先ほどまでは。


「目、閉じててくれな」

「はい……」


 こころの奥にふつふつと湧く感情は、俺を後押しする。

 大熊を誰にもとられたくない。ずっと俺のそばにいてほしい。

 その嫉妬心を満たすには、このタイミングこそがすべてた。


「手、にぎって……」

「ああ」


 小さな手に確かな体温を感じる。

 あまり待たせてはいけない。

 俺は大熊のくちびるにゆっくりと近づいて……。


 ……?


 おかしい。ぎりぎりのところで体が動かなくなる。

 後ろには戻れるが、前には進めない。どういうことだ?


「すまんのじゃ。いちおう全年齢なので口同士はNGなのですじゃ」


 神父がささやくように伝えてきた。

 もっと早く言ってくれ……。

 大熊にも聞こえていたはずだが、あいかわらず目を開かずに待っていた。

 なんて健気なんだ。


 気を取り直して俺は大熊の額に進んでいく。

 おでこなら問題ないだろう。

 なるべく優しく大熊の前髪をかきわける。


 そして、くちびるに大熊の柔らかい肌が触れた。

 ゆっくり3秒かぞえて体を離すと、頬を赤く染めた大熊がくすぐったそうに笑っていた。


「おめでとうなのですじゃー!」


 神父がマイクを使って盛大に祝いの言葉を言うやいなや、堰を切ったように周囲からも拍手が送られた。

 恥ずかしいという気持ちは微塵もない。むしろ清々しい気分だ。

 屋外では早くも花火の音が鳴り始めている。


「さわたり! ありがと」

「むっ……」


 外を向いて気を許した隙に、頬にやわらかい感触があたった。


「えへへ。やられっぱなしじゃイヤだからね」

「……本当に負けず嫌いだな。大熊は」


 頬に受けた不意打ちは、俺の表情筋によく効いた。

 今自分がどんな顔をしているかまるで想像もつかないが、悪い気はしない。


「花火でも見に行くか」

「いこいこっ」


 幸せな気持ちのまま入り口へ歩いていくと、先ほど剣闘大会で猛威をふるっていたフルフェイス兜の男が俺たちの行く手を阻んだ。


「──ちょっと待ったァ! そこのサワタリ! 僕と勝負しろ」

「む。なにやつ」

「えぇ……」


 謎の鉄仮面は剣をこちらに向けたまま、おもむろにポケットから手袋を取り出して俺の足元に投げつけた。


「決闘……というわけか。おもしろい」

「さわたり? あとにしよ? ね?」

「僕が勝ったらその花嫁をいただくぞ! サワタリ!」


 大熊が目当てらしい。謎の鉄仮面、いったい何者なんだ……。

 しかし式が終わるまで待ってくれていたので、やはり彼は善い人だと思う。


「ここで逃げるなんて真似は最高にダサいぞ! 花嫁の好感度もダダ下がり待った無しだ!」


 謎の鉄仮面に呼応するように、周囲の人々に熱が伝播していく。

 元々血の気の多い連中が集まっていたのもあり、人の壁が出来て退路は絶たれてしまっている。どうやら俺に選択肢は残されていないようだ。


「おぉー! やっちまえ謎の鉄仮面! あんたに賭けるぜ」

「キャー! 鉄仮面カッコイイすてきー!」

「オイラは沢渡を応援するね!」

「あたしも! がんばれムキムキー!」


 なんとなく懐かしいやり取りだ。

 今回はオーディエンスも半々といったところか。


「よし。受けよう──」

「すきありぃッ!」


 俺が手袋を拾うと同時に鉄仮面が剣を突き出してくる。

 しかし想定内だ。


「とうっ」

「なッ!? 消えた……」

「後ろだ。次はクモに勝てるようになってから挑むことだな。ハンス」

「ぐはぁッ!」


 背中に正拳突きをお見舞いすると、鉄仮面のハンスは派手に吹き飛び視界外に消えていった。

 そんなに強く打ったつもりはないのだが……。彼なりの演出かもしれない。

 ありがとうハンス。


「ふう。待たせたな、おおく……ま?」

「ぬわー! まるっこ強いよ! まるっこ半端ないって!」

「おほほほほ! 努力は天才を超えるのですわー!」


 振り返るとなぜか大熊とまるっこが闘っていた。

 大熊はお手製の"大熊アックス"を使って応戦しているが、かなり追い詰められている。


「リーチが見えないよそれ! なんなの!?」

「ただ突いているだけでしてよぉー! おほほほほ!」


 対するまるっこの操るレイピアはよくしなる。まるで自在に伸縮しているかのように見える高速の突きは達人の領域だ。

 大熊もすんでのところで避けているが、芯を捉え始めたレイピアが彼女のウェディングドレスを少しずつ破いていく。

 これはまずい。助けてやるべきか……?


「た、たすけてさわたりーっ」

「よしきた」


 大熊を抱きかかえて教会の外へ一足飛びで跳ねた。


「ああっ 待ちなさい!」

「また今度ねまるっこ! おぼえてろよー!」


 お互いこの移動には慣れたもので、しっかりとしがみついてくれている。

 そして、外に出ると異様な光景が待っていた。


「うおお! 必殺剣をくらえー!」

「ぐわー! なんのこれしきー」

「おいおまえ勝負しろ!」

「あ、沢渡だ! 沢渡に勝てば実質最強だぞ」


 そこらじゅうで剣闘大会をやっていた。

 怒号と悲鳴と金属のぶつかりあう音が鳴り響いている。

 そして俺たちの足元に手袋の山が作られはじめる。


「あははは! みんなばかだー!」

「よし、逃げるぞ」


 大きくジャンプして教会の屋根に飛び乗った。


「上だー! 上にいったぞー!」

「くらえスターマイン!」


 屋根から身を乗り出して下の様子を伺っていると、頬の横を炎の塊が通り過ぎていった。


「うわっあぶなっ!?」


 そしてその塊は空高く上がったところで爆発し、夜空をオレンジ色に染め上げた。


「あ、花火だ……って花火撃ってきてるよ!?」

「当たったらシャレにならんな……」


 下から飛んでくる花火を避けながら、いくつもの屋根を飛び移っていく。

 大熊はそれが楽しいらしく、大声でずっと笑っている。


「おい、バレるから静かに……」

「あははは! ごめんね、でもおかしくって」


 それからひとしきり飛び回った。中々執拗に追いかけられたが、もしかしたら俺たちを捕まえるイベントだと思いこんでいたのかもしれない。


「……よし。行ったな」

「どきどきだねぇ」


 ようやく追手が諦めたことを確認すると、ひときわ大きな屋根の上に移動した。

 もう喧騒も遠くなり、夜空で炸裂する花火の音しか聞こえない。


「よいせ……っと」

「わ、ここで花火見るの?」

「おう。膝の上に乗ってていいぞ」


 尻がが汚れるのは俺だけでいい。

 夜空が輝くたび、大熊の髪が花火の色に染まる。赤から青に、青から緑に。

 彼女がどんな表情をしているのかはここからではよく見えない。


「俺が死にかけてたときのこと、覚えているか?」

「もちろん。大変だったよね。よくぞ復活したっ! さわたりよ」

「お前のおかげだからな」

「ふふっ……てれちゃう」


 ドヤ顔をきめているのか本当に照れているのか判断がつかないが、顔が見えないから喋りやすくなるということもある。悪くないと思った。


「俺、この戦争が終わったら大熊と花火を見るんだっ て言ってたよね。わたしそれで本当に不安になったんだから」

「微妙に違うが。まあ、言ったな」

「でもこうして、約束通り一緒に花火をみれてる。その……け、結婚までしちゃったし」


 ゲームだけどな、なんて茶化したくなるのは恥ずかしさの裏返しというやつだな。

 今まで何度も喉まで出かかったが……。


「まあ、ゲームなんだけどさっ」


 お前が言うのか。


「俺と夫婦になるのは嫌か?」

「い、いやじゃないしっ」

「なぜ恥ずかしがる。さっきの話じゃないが、お前が俺にやった事を忘れたとは言わせないぞ」

「えっ……な、なんのこと?」

「俺が寝てる時に耳元で──」

「あっあれはちょっとしたイタズラでっ」

「ちょうどいい。俺もやってみるか」

「ええっ!?」


 腰を浮かせた大熊を逃さないように手を回して抱き寄せる。

 くっつくほど耳元に近づいて息を吹きかけてやった。


「ちょっさわたり……おふっ」

「いつまでも俺が大人しいと思うなよ」


 大熊の腹に伸ばした手を移動させようとしたが……なるほど、全年齢とはこのことか。

 だが局部を触るばかりが想いを伝える方法ではない。


「ひゃあっ、触りかたぁ……」

「もっと肉を食っていいと思うぞ。いや……普段から結構食べてるか」


 指の先が当たるか当たらないかの距離でゆっくりと大熊を撫でる。


「ちょぉっ……んん」

「ずっとこうしたかったんだ」

「耳のそば……やぁ……」

「イヤか? だが止める気は無い。付き合ってもらうぞ」

「あう……」


 自分の手によって変化していく大熊を見ているのが愉しい。

 左耳より右耳が弱いらしい。大熊の色々なことが分かってくるのが嬉しい。


「そのまま花火を見ていていいからな」

「んぅっ……わっ!?」


 耳へのキスは問題ないらしい。キスというより、くちびるで啄(ついば)んだ形だが。全年齢さまさまだ。

 ──我ながら暴走していると思うが、もう歯止めが効かなくなっている。


「耳をたべるなぁっ……!」

「うまい」

「ばっばか……んんっ」


 腹だけでなく、肩や腕にも触れていく。

 ぐったりと身を預けていただけだった大熊は徐々に新しい変化をみせはじめた。


「ふぅっ……んふぅっ」

「どうどう。もっと花火に集中しような」


 びくびくと跳ね始めたので、安心感を与えようと頭を撫でた。


「んんんっ! もう! 花火もういいからぁ!」

「うおっ!?」


 一瞬強い力で拘束から抜け出したかと思うと、そのままぐるん、と反転して抱きついてきた。


「はぁっ……ぎゅーってやってぇ……」

「よしよし。俺の方がお(・)に(・)ー(・)さ(・)ん(・)だな」

「どんだけ根にもつのぉ……もう……」



 そのあと、花火が終わってもしばらく俺たちはそうしていた。

 花火用アイテムは何度ももらえるらしく、かなり長時間夜空を染め上げていた。


 そして結局二人とも寝落ちしてしまうのだが、正直いつ寝たかは覚えてないし、この日は学校をサボる結果になってしまった。


 とりあえず、朝日がのぼってくるのを一緒に眺めていたところまでは覚えている。



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