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41話 ウェディング祭り

 

<おかりなさい。大熊さん、沢渡さん>

<昨日は一睡もできませんでした>


「ただいまアイちゃん!」

「待たせたな」


 ログインすると、昨日とは景色が一変していた。

 閑散としていた教会区はプレイヤーでごった返し、取引のかけ声や、なぜか剣を交えている者や、それを見ながらやいのやいの言う者たちで喧騒甚だしかった。

 商店通りの人々がそのまま移動してきて、さらに血の気の多い者たちも混ざってしまったかのような状態である。


「何この……混沌?」

「プレイヤーそれぞれ自由に行動しているからな。人が集まれば色々な――おおっと…… ドラマが生まれるんだろう」


 喋りつつ飛んできた剣を半身で避ける。

 今のはなかなかの剣さばきだった。

 決闘をしていたフルフェイス兜の男が相手の剣を巻き取るように弾き飛ばしたのだ。

 細身の体格だが、剣術はかなりの腕前だ。


「おおーい! 新郎新婦さーん! こっちじゃー」


 興行観戦に夢中になっていると、教会の方向から神父に大声で呼ばれた。

 新郎新婦といえば当然今日のメインキャストなわけで――。


「大熊、急ぐぞ」

「うわーっ! みんな見てるよ」


 周囲の視線が駆け抜ける俺たちに突き刺さる。それはもう、ザクザクと音が鳴るようだった。悪気は無いのだろうが、こうも大勢の注目を浴びる事に俺たちは慣れていない。


 駆け足でなんとか教会内の控え室に入る。

 俺と大熊が同じ場所で着替えるわけにはいかないので、それぞれ別の部屋だ。


「よく俺のサイズがわかったな」

「教会内に身長体重骨格をスキャンするカメラがたくさん仕掛けられておりますのじゃっ」

「それは盗撮と呼ぶのではないか?」


 用意されていたのは黒の燕尾服だった。想像していたのはタキシードだったが、まあ正直俺はどちらでも構わない。

 自分の格好よりも大熊の方が気になるのだ。

 あの小さな大熊が一体どんな姿で登場するのか。

 真っ赤な口紅なんて塗っていた日には笑わないように努力をする必要がある。

 いくら想像してもちんちくりんな大熊しか頭に浮かんでこないのだ。我ながら失礼極まりないとは思うが……。

 そんなことを考えながら過ごしていると、しばらくして向こう側から声がかかった。


「さわたりー! きてー!」

「む。そちらへ行っても大丈夫なのか?」


<ふふふ。今の大熊さん、すごいことになってます>

<覚悟して行ってください>


 俺は顔の筋肉をマッサージしてから大熊のいる控え室に向かう。


「入るぞ」

「どうぞー」


 意を決してドアノブに手をかける。

 表情筋のコントロールは完璧だ。

 何があっても褒める。他に言いたい事が出てきても心にしまう。ツッコミは無し。

 オーケー。心の準備は整った。


「来たぞ。おおく……ま――」

「あ、あはは……どうかな……?」


 真っ白な大熊だ。

 それを見た瞬間、俺の頭の中も真っ白になってしまった。

 直前に考えていたことすら思い出せない。


「さわたり……?」

「あ、ああ」


 柔らかそうな純白のドレスに流れる赤金色の艶やかな髪。

 化粧は想像していたよりもずっと馴染んでいて、まるで絵画や想像上の世界にしか存在し得ない天使のようだと思った。

 しかし、そんな感想が俺の口から出るわけもなく……。


「きれいだ」

「ほんと!?」


 それしか言えなかったが、大熊の表情が、ぱっと一層明るくなった。


「あ、さわたりもかっこいいよ」

「無理しなくていいぞ」

「本当だよ? ちょっと反りながら力(りき)んでみて」

「……? こうか?」


 言われるがまま、力を溜めて腹を突き出す。

 燕尾服が破れないか心配だったが、かなり頑丈なようだ。


「きたー! むにむにっ」

「……何してるんだ?」

「みてのとーり」


 まあ、何をしているのかは見ればわかる。

 恍惚の表情で俺の腹をまさぐっているのだ。

 俺が聞きたいのは、その行動が何を意味するのかなのだが……。


「このふにふに筋肉っ。服の上に浮き出てて最高だと思わない?」

「あ、ああ。筋肉なら俺も好きだが。……なんか目つきが怪しいぞお前」


 天使というより悪魔めいた表情で腹を撫で回している。俺は恐ろしくなったので距離をとった。


「ああっ!」

「神父が待ってる。行くぞ」


 やはり天使のような容姿になったところで中身はいつもの大熊のようだ。少し安心した。いや、残念ともいえるか。


 それから二人で神父の元へ向かうと、手を叩いて祝福してくれた。


「おおブラボー! 二人ともよく似合ってますのじゃですじゃ」

「ありがとう! おめかししたはいいけど、このあとどうすればいいの?」

「それじゃ説明しますじゃ。まず沢渡さんが入場しますじゃ。その次に大熊さんが入場しますじゃ。最初は強く当たって、あとは流れでお願いしますじゃ」

「なるほど! 雑!」

「まあまあ。若さ初々しさは尊いものなのですじゃ。素材の味を楽しむのですじゃ」

「アイちゃん。この神父バグってないか?」


<報告するなら私ではなく運営にお願いします>

<さあ。さっそく始めましょう>

<それにしても感慨深いです>

<この結婚式が無事に終わったら>

<私は人間になれるんですね>

<人間になったらやりたい事がたくさんあります>

<ああ! 式が無事に終わるのが楽しみです!>


「お前もたいがいだったな……」


 不穏なワードをばら撒きはじめるアイちゃんを無視して先に進むことにした。

 俺たちが表に出ると、大歓声が湧き上がった。ほとんど大熊の姿を見てのことだと思うが、誇らしい気持ちの中に、少しだけあんまり見てほしくないという感情が混じっている。

 そして、どんっという音と共に、夜空に花火が上がった。


「沢渡みた!? 花火だよ」

「ああ。こっちにもあるんだな」


<『まだアイテムは使用しないでくださーい』>

<『式の終わりの方からでお願いします』>


 どうやら、どこかで花火が出るアイテムを配布しているらしかった。


「いいなー」

「今から取りに行くわけにもいかないからな。それ じゃ、先に行って待ってるぞ」

「まっててね!だ、 だーりん……っっ」


 大熊はまた顔を赤くして自爆していた。

 恥ずかしくなるなら言わなければいいのにと思う。


 俺はそのまま振り返らずに教会内へと進んで行った。頰に当たる風が心地良い。


 教会内の座席にも大勢のプレイヤーが団子になっているが、中央通路にははみ出さないように各々が辛抱強く踏ん張っていた。マナーの良いプレイヤーたちに涙が出る思いだ。


 深い赤色のバージンロードは柔らかく、足が深く沈み込むようで中々歩きづらく感じる。

 思えば、あの冬の山で大熊に出会ってからは常に二人一組で行動していた。

 このタイミングで妙な話だが、後ろに大熊を置いて俺だけが先にこの道を歩いている行為に不安感を抱いてしまっている。

 途中で振り返りたくなる衝動を抑えて、ようやく神父のいる祭壇の前までたどり着いた。


「さあ。花嫁を向かい入れましょうじゃ」

「うむ」




 ゆっくりと純白の花嫁が入場する。

 履き慣れないハイヒールに悪戦苦闘しながら。

 優しすぎるカーペットの柔らかさに戸惑いながら。

 それでも、ぎこちなくとも一歩一歩確実に、沢渡の方へと歩みを進めて行く。

 静寂を破る者はいなかった。

 大勢の人たちのが花嫁の歩みを見守っている。


「ぴゅいっ♪」


 Pちゃんが殿(しんがり)をつとめていた。

 観衆は頭の上に疑問符を浮かべるが、決して静寂を破ることはない。




 そしてようやく、俺の隣へと辿り着く。


「久しぶりだな」

「ふふっ。寂しかった?」


 いつからだろう。

 初めはぎこちなかったお互いの軽口は、いつの間にか自然と交わすようになっていた。

 俺も大熊も、日々成長している。


「ソレデハー。病メル時モー。健ヤカナル時モー――」


 なんで今さらカタコトになるんだ……。

 大熊が震えている。ツッコミたくて仕方がないのだろうが、今は耐えてくれ。


「――ズット一緒ダヨッテ誓(ちか)イマスカ?」

「誓います」

「ちかいます!」


 祭壇の上に二人で手を重ねる。

 その上に神父が手を乗せて、契りを交わす。


「さあ。花嫁にこれを」


 神父は金色のバングルを手渡してきた。裏側には小さく漢字で ″支配″ と彫金されている。探していた支配のバングルとはこれの事で間違い無いだろう。

 指輪交換の代わりにこれを大熊に付けろという事らしいが、なんだか違和感が……。


「さわたり、はやく」


 大熊はにこにこと笑いながら腕を差し出してくる。

 まあ、何かあったら外せばいいか。


「手を借りるぞ」

「んっ……」


 華奢な腕だ。

 うっかり力を入れたら折れてしまうかもしれない。

 そんな思いが湧き上がり、中々うまく手首にはめられない。


「さわたり緊張してる」

「してない」

「それ、多分手を通すんじゃなくて、開いてから手首に直接つけるんだよ」

「む。こうか」


 ぱちんっと小気味良い音が鳴る。

 と、同時に――


「んほォっ!?」

「おい……? 大丈夫か?」

「がが……ぴー……再起動完了。ばんじおっけーです」


 俺はバングルを外した。


「んほォっ!?」

「……」

「はっ、わたしはいったい何を……」


<ああ。ほんの冗談だったのに>

<本当は安全安心ですよ?>

<乗っ取りとかじゃないです>


「だめだ。大熊には付けられない」

「不思議なかんじだった……」


 そして俺は近くにいたPちゃんの足にバングルを装着した。


「んぴゅいィっ!?」

「うわ、すごい顔してる」

「<こ、これが鳥の体かー!>」

「ぴゅいっ♪」


 Pちゃんの体からアイちゃんの声とPちゃん本来の声が聞こえてくる。共存はできているようだが、見ていると頭がどうにかなりそうだ。


「<あ、じゃあ我々は静かにしておきますので、続きをどうぞっぴゅい>」


 Pちゃんはその場で足を縮めて座り込んだ。

 不思議生物に磨きがかかってしまった感じである。


「ちょっと取り返しつかなくなってきているのですじゃ。誓いのキスをもって終わりにするですじゃー!」


 ざわつき始めていた観衆も、神父が誓いのキスを宣言すると同時に静まりかえる。



「さ、さわたり! 私どうすればいいの?」

「目を閉じててくれ。……途中で目を開けるなよ」


 ――覚悟を決める時が来た。



























ここまでお付き合い頂きありがとうございます。

次話ちょっとえちえち展開があります。

苦手な方は目を手で覆いつつお読みいただければ幸いです。


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