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帰宅して、気持ちが落ち着いてくると、後悔の文字が頭をもたげて来た。野村はどう思っただろう。せっかく二次会へ向けて盛り上がっていた所に水をさされた感じだろうか。それとも、とるに足らない出来事として処理されただろうか。後者だといいと晴奈は思う。もうすぐ異動する野村に不愉快な記憶が残ってしまうのは申し訳ない。
(そう思うなら最初から言わなきゃ良かったって話だよ…)
けれどあの時の衝動は、抑えることができなかった。何か、彼に爪痕を残したかったのだ。実際、野村が晴奈を振り返った時の表情を見た時、暗い喜びを少なからず感じた。
次に野村に会った時のことを思うと、晴奈は重苦しい気分になってくる。相手がどう出てくるか、自分はどういう態度をとればいいのか。
布団に入ってもずっと悶々としていた晴奈が彼女からのメールに気付いたのは、次の日の朝だった。
みずほの選んだ店は、おしゃれなバーだった。入ったことのない店の雰囲気に尻込みする晴奈を、みずほが腕を取って店内へうながす。
店内は思ったよりもカジュアルな雰囲気だった。晴奈たちのような若い女性もちらほら見えてほっとする。
二人はカウンターではなく、二人がけのテーブル席へ座った。周りとの距離が適度にあり、話しやすそうだ。
「で、どうしたって?」
飲み物が来るなり、みずほは詰問するように言った。
先日みずほから来たメールは、「飲み会はどうだったー?」などという何てことのないメールだった。けれどその時の晴奈には救いの手に思え、返信せず、直に電話をかけた。ぼそぼそと要領を得ない晴奈の話をしばらく黙って聞いた彼女は、「明日飲み行くよ」と言ったのだった。
晴奈はウーロン茶を一口飲む。昨日の今日なので、酒を飲む気はない。たいしてみずほはきれいな色のカクテルだ。まだ口は付けられていない。
「まあ…だから、電話で言った通りなんだけど。なんか後悔しちゃって…この後どうしようみたいな」
手元のコップの水面を眺めながら、晴奈はぼそぼそ話す。
「どうしようも何も、晴奈がどうしたいかって話でしょ」
もっともなみずほの返しに、晴奈はため息をつく。
「……なんか、めんどくさい。色々考えんのがめんどい。どうもしたくない」
正直な今の気持ちを打ち明ける。結局、晴奈にとっての人付き合いとはこういうものなのだ。ちょっとしたことに対しても、対処がうまくできず、悩むことになる。
「そっかー。じゃあいいんじゃん? 何もしなくて。その営業さんはすぐ異動するわけだし、そんなに接点もないんでしょ。もし会っても、むこうは年上の社会人だし、普通に接してくれると思うし」
気持ちを肯定され、晴奈は少し気が楽になった。反面、しっくりしない気分にもなる。
「…でもさぁ、いいのかなあ。何か…。こう、バイトとはいえ、職業人として、ちゃんとしないといけないんじゃないかと…」
「まーそういう面もあるかもしれないけど。今回は酒の席での話じゃん? お互い酔ってましたーってことで流しても大丈夫でしょ」
みずほの言うことは説得力があった。晴奈よりも付き合いが広く、もまれているからだろう。晴奈は一つ頷くと、また一口ウーロン茶を飲んだ。
みずほは話が区切られたのを機に半分ほどカクテルを飲むと、メニューを開いた。二人でサラダや焼き鳥、卵焼きを頼む。飲んで食べながら、みずほの近況報告や最近気になるテレビの話題など、たわいのない話をする。話しているうちに笑いも出てきて、晴奈は気持ちが上向きになってくるのを感じた。
二時間ほどたち、腹もふくれてくると、そろそろお開きに、という雰囲気になる。締めに二人でデザートを注文し、ゆっくりと楽しむ。しばらく黙って食べていたみずほが、静かに言った。
「あのさ、これ、晴奈が自分で気付くまでは言わないでおこうと思ったんだけど」
シリアスな声にどきりとして、続きを待つ。
「例のさ、営業さん。前に外の仕事を手伝うようにって言われたときあったじゃん? あれ多分晴奈のためだと思うよ」
考えたことのない事を言われ、晴奈は目で疑問を訴える。みずほが続けた。
「その前に落ち込むような事があったから、わざと晴奈を連れ出したんだと思う。晴奈があまり切り替えが上手くないっていうのは、ある程度見てるとわかるから」
晴奈は当時の様子を思い返す。確かにあの日は電話応対でトラブルがあった。その後の外作業に集中する事により、沈みがちな気持ちを忘れる事ができた。それが、野村による気遣いだったということか。
「ま、私の推理だからね! 合ってるかはわかんないけど!」
切り替えるように、みずほが笑った。
「でもさ、最初に言ったけど、晴奈の気持ち次第だからね。晴奈がその人の事どう思ってるかってこと」




