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宴も終盤に入った頃、支店長がおーいと皆を呼び、一時視線を集中させる。
「えーもうだいたいわかってると思うけど、野村君が異動することになりました!」
酒が入って、明るい口調で支店長が言うと、場は一瞬神妙な雰囲気になった。晴奈もここに来た目的の一つを思い出し、はっとする。
野村は、一同の視線をあびて、照れたように苦笑いする。立ち上がって、皆を見回した。
「皆さん、今までありがとうございます。入社してから、この営業所での勤務が一番長くなりました。本当に良くしていただき、感謝しています。皆さんがこれからも元気で活躍できるよう、応援しています。あ、でも今日で終わりじゃないんで。まだいるので、もうしばらくよろしく」
周りから拍手と笑いが起こる。それに乗じて何人かが彼に近づき、声をかけたり酌をし始めた。女性が数人連れ立っていく様子も見えた。
晴奈は自分も行くべきか判断に困り、身動きが取れない。事務員の彼女か、大和が動いたら一緒に行こうかと考えているうちに、幹事の合図で一旦お開きになった。
若い社員同士など、有志で二次会はカラオケに行くらしい。野村は当然のようにその輪に入っていて、ますます話しかけられなくなった。事務所の他の者や、仕分け組のメンバーは二次会には出ない流れだし、晴奈も参加するつもりはない。野村の好みを探ろうとした今回は、目的は達成できなさそうだ。
精算をすませ、店の外へ出る。年配の女性職員は、早々に帰宅する人が多かった。家の仕事などがあるのだろう。大和も含め外仕事の人達は、ラーメンでも食べにいくかと話している。晴奈も誘われたが、お腹がいっぱいで断った。飲み慣れない酒のせいか、すでに眠くなっている。女性社員から、大丈夫? タクシー呼ぶ? などと心配されたが、そこまで酔ってはいない。まだ人通りも多い時間帯であるし、駅まで歩くつもりだ。
「だめでしょ若い娘がー。ほら、タクシー乗る子達いるから、一緒に駅まで乗ってきな」
事務員の女性がそう言って、駅方面に行く職員に声をかけてくれた。彼女本人は、バイクで帰るようだ。ほとんど接したことのない営業の人達の集団に押し込まれ、晴奈は緊張してしまう。けれど偶然野村と同じ車に乗ることになり、晴奈はタクシーの助手席で野村と他の社員との会話に耳を傾けた。
口調から察するに、一人は野村の先輩社員で、もう一人は同期のようだ。野村をはさんで三人が会話をしている。皆飲んでいてもさほど酔っている様子ではない。店の料理の話題など雑談の後、野村の異動先の話になる。どうやら県外らしい。一人暮らしをするようだ。ならば、一人暮らしに役立つ品物がいいかと頭にインプットする。
それ以後は、異動経験の多い先輩社員のアドバイスや運動不足の話になり、晴奈の望む情報は得られなかった。
駅に着くと、晴奈は財布を取り出しタクシー代を払おうとするが、一番先輩の社員に止められた。車を降りてから精算しようとすれば、「大学生から取ろうとは思わないから」と笑って返された。近くに止まったタクシーからも職場の人達が降りた。駅前のカラオケに行くのだろう。
「三井さん行かないの」
駅へ向かう晴奈に、野村が言った。意外な誘いに、晴奈は思わず野村をじっと見た。彼は笑いもせずに続ける。
「あのさ、こういうの、苦手なのはわかるけど、今のうちに慣れといた方がいいよ。社会に出たら、こういう場でもうまくやらないと行けなくなるんだから」
胸に重たいものを押し込められたように苦しくなるのを感じた。今日少しだけ上手く周りに溶け込むことができたと思ったが、その自信も喪失する。
いつかも野村に言われたことでこんな気持ちになったことがある。なぜ、ろくに接点のない彼にこんな思いをさせられなければいけないのだろう。一言いわなければ気がすまないほど、自分はダメな人間に見えるのか。
先に行った社員に名を呼ばれ、野村はそちらを振り返る。
「あ、はーい。今行きます!」
軽い調子で返事をし、また晴奈の方を一瞥すると、「じゃ、気をつけて帰って」とつぶやき、晴奈に背を向けた。
晴奈はその背を見て、カッと頭に血が上るのを感じた。手を伸ばし、晴奈の渾身の力で野村の右手首を握りしめた。はじかれたように、野村が振り向く。ぎょっとしたような表情の彼をにらみつけて言った。
「あんたに…そんなこといわれる筋合い、ないです!」
野村は、え、という口の形で固まった。
晴奈は乱暴に手を振りほどくと、野村に背を向け、わざと足を踏み鳴らすよう駅へ歩き出す。前だけを見て、後ろがどうなっているかなどどうでも良かった。




