表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/10

3

 週末。今日は朝からアルバイトに入る日だ。いつもは大学終わりの夕方に働き、週末は昼から夕方までの時間になる。やっている仕事は変わらないが、客数が多くなるので忙しい。電話も増えるため、晴奈は内心びくびくしている。とはいえ忙しい日は、普段は別の仕事をしている職員も電話などに対応するため、楽ができる部分もある。

「はい。南支店・野村です。ああ、コニシさん!こんにちは」

 支店間のローカル回線電話に、野村が対応する声が聞こえた。相変わらずハキハキした話し方に、つい晴奈は耳を傾けてしまう。

 数日ぶりにアルバイトに入った今日は、前回の失敗を気にする晴奈をよそに、職場は全くいつもと変わらなかった。ほっとすると同時に、いつまでも気にしてしまう自分の性格が情けなくなった。

 接客、電話応対、伝票整理など慌ただしくしているうちに時間が過ぎた。気付けばアルバイトの終了時間だ。伝票整理がまだ終わらないため、きりのいい所までやろうと作業をしていると、支店長が話しかけてきた。

「三井さん、いいよ。あとはこっちでやっとくから。時間でしょ?」

 晴奈はどうしようかと少し迷い、支店長の言葉に甘えることにした。伝票は思ったより量があり、時間がかかりそうだったからだ。

 お礼を言って帰り支度を始めた晴奈に、そういえば、と支店長が続けた。

「三井さん、今度忘年会あるんだけど、どう? 出られる?」

 軽い調子で投げかけられた問いに、晴奈は固まった。忘年会。お酒の席。入学当初に参加した、数少ないコンパでの自分を思い出す。緊張と居心地の悪さ。紛らわすために慣れない酒を飲んで、後日体調を崩したこと。

「あー、デートの予定とかあるのかな?」

 黙って固まる晴奈の様子を察したのか、支店長は苦笑してそう言った。考えておいて、と忘年会の日時を告げて、支店長は自分の仕事に戻った。

 支店長が去ってから、ようやく思考が戻ってきた。行くにしろ断るにしろ、ちゃんと答えるべきだったと後悔が沸き起こる。けれど結果的には良かったかもしれない。考える時間ができた。晴奈は机の上を整理すると、鞄を手に部屋を出た。

 着替えを終えて外に出ると、空は夕焼け色に染まっていた。その風景を見て、気持ちがやわらぐのを感じる。ほっと息を一つ吐くと、再び歩を進めた。

「三井さん。お疲れさま」

 ふいに横から声がして、晴奈は驚いて肩が飛び上がった。勢い良く振り返り、声の主を確認する。野村が、こちらも驚いたように晴奈を見ていた。

「あっ、あ、お疲れさま…です」

 いまだに鼓動は早いままだが、何とかあいさつを返した。途端、野村は手で口元を覆い、肩を揺らして笑い始めた。

「そっ、そこまでおどろくか…」

 晴奈は反応に困り、黙って眉を下げた。

 しばらく後、笑いをおさめた野村が言った。

「忘年会は出るの? さっき支店長と話してたみたいだけど」

「…えっと、どうしようかと思って…」

 野村の気さくな様子につられ、晴奈は正直に答える。

「大学の予定とかあるようだったら、無理はしなくても大丈夫だよ。でもこういう機会に違う世代と接しとくのも勉強になるんじゃない? 就活とかのさ」

 ビンゴ大会でけっこういい賞品あるよ、と付け加えられ、少し気持ちが動いた。ビンゴという即物的なイベントと、場で感じるであろう気まずさを天秤にかけ迷っているうちに、野村は他の職員に呼ばれて事務所内に戻っていった。

 晴奈は拍子抜けして息を吐く。わざわざ声をかけてきたので驚いたが、野村にとっては雑談の一つだったようだ。晴奈の返答を期待していたわけではないらしい。

「…帰ろ」

 ぽつりとつぶやいた自分の声は、ずいぶん弱々しく感じた。


 結局、晴奈は忘年会には参加しなかった。〝サークルの予定と重なった〟ことにして、断った。支店長は特に気を悪くする様子もなく受け入れてくれ、「次に予定が合うようならよろしく」と言ってくれたのを、晴奈は後ろめたい気分で受け止めた。


「行かなかったんだー? まあ晴奈はそういうの苦手なのは知ってるけどー」

 昼休み、例によって東屋でみずほと二人、話をしていた。

 先日の忘年会を断った話をしているうち、晴奈も少々後悔し始めた。職場の人達は、アットホームで気のいい人たちだ。親と似たような年齢の人も多く、お菓子をくれたりと晴奈はよくしてもらっている。同年代とするコンパとはまた雰囲気の違うものだったかもしれない。忘年会の後日、酒の席での笑い話や、ビンゴの予想以上の豪華賞品の話をしているのを聞き、晴奈はそう思った。

「…うん、でも次なにかあったら出てみようかな。ビンゴの景品も良さそうだったし…」

「ゲンキンだね。晴奈意外と」

 クールにみずほにつっこまれて、晴奈は笑った。

「でもさ、ほんと少しは慣らしといた方がいいかもよ。卒業して仕事するようになれば、嫌でも飲み会とか出なきゃいけないんじゃん?」

 そう言われると、晴奈は胃の辺りが重苦しくなるのを感じた。さえない表情の晴奈の背中を、みずほが軽くはたいた。

「大丈夫だって! そんな重っ苦しく考えなくても! とりあえず、今度二人で飲みに行こう」

 みずほの笑顔に励まされ、晴奈は小さくうなずいた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ