第9話 隠れ塩田と密貿易の綻び
名簿の作成が六十名を超えた頃、私は集落の「備蓄庫」の監査に入った。
案内されたのは、採石坑道の横穴を利用した冷暗所だ。
だが、そこに並んでいた木樽や麻袋を見た瞬間、私の眉根が険しく寄った。
「……これが、全住民の食糧ですか」
木樽の中に入っていたのは、黒ずんで異臭を放つ粗悪な大麦。
麻袋の中の塩は、泥と砂が混じって灰色に濁り、湿気で固まりきっていた。
「月に一度、外の密貿易商が運んでくる」
キリアンが腕組みをして苦い顔をした。
「谷の外の抜け道で接触し、俺たちが谷の奥で細々と掘り出した『黒い石』と引き換えに、食糧と塩を仕入れている。足元を見られているのは分かっているが……他に入手手段がない」
「黒い石?」
「古い炭層から出る、よく燃える石だ」
「石炭ですね」
私はため息をついた。
「石炭半トンに対して、この粗悪な麦がわずか二袋。そしてこの塩……海水塩ではなく、鉱山跡の岩塩層から削り取った不純物だらけの屑塩です。砂利の重量で嵩増しされていますよ」
「何だと……!?」
「粗悪品どころの騒ぎではありません。詐欺です。この塩に含まれる苦汁と重金属の濃度から計算すれば、適正価格の十分の一以下の価値しかない。相手はあなた方を『逃げ場のない死人』だと侮り、王都なら産業廃棄物として捨てられるゴミを高値で売りつけています」
キリアンの額に青筋が浮かび、腰の長剣の柄がきしりと音を立てた。
「あの商人め……! 次に来た時、首を撥ねてやる」
「感情的な報復は損失を拡大させるだけです。商売の不正には、商売の計算で返さなければなりません」
私は塩の塊を指先で割り、舌先で微かに味を確かめた。
「そもそも、塩を外部から買う必要性そのものを疑うべきです」
「……どういうことだ? ここは山の中だぞ。塩など湧くか」
「公図の三頁目を思い出してください。旧ノイラート郷の南西、かつて『塩の枯れ沢』と呼ばれていた窪地があります。あそこは太古の海水が閉じ込められた塩水層から、濃度の高い塩水が湧き出る塩泉です」
「あそこは立ち入り禁止だ。毒の沼だと聞いている」
「毒ではありません。マグネシウムとナトリウムの濃度が高すぎるだけです」
私は手帳をめくり、すらすらと精製手順の図を書き殴った。
「塩泉の水を汲み上げ、まず平釜で加熱して石膏を沈殿させる。上澄みだけを別の浅い平皿に移し、昨夜作った木炭の余熱でじっくり蒸発させれば、純白の極上塩が結晶化します。歩留まりは十パーセント前後。日量二十キロの純塩が生産可能です」
キリアンが目を見張った。
「二十キロ……? そんなに採れるのか」
「ええ。集落全員の必要摂取量を満たしても、大幅に余剰が出ます。——キリアン様、次の密貿易商との取引日はいつですか」
「……三日後だ」
「結構」
私は唇の端をわずかに吊り上げた。
「その商人に、私たちの作った『純白の塩』を味見させてあげましょう。買い叩かれていたのはどちらなのか、損益計算書を書き換えて差し上げます」




