第7話 最初の施策:水利の是正
私の指示は、容赦のないものだった。
「キリアン様、動ける成人男性を全員集めてください。十人を一組とし、三組編成します。第一組は坑道奥の崩落地点の瓦礫撤去、第二組は木材の切り出しと木樋の加工、第三組は木炭の粉砕です」
「待て、木炭だと? 暖をとるための貴重な燃料だぞ!」
「冷たい毒水で死ぬのと、少し寒さを我慢して清潔な水を飲むのと、どちらが生存率の計算にプラスになりますか?」
私の冷徹な問いに、キリアンは言葉を詰まらせ、すぐに鋭い眼光で男たちへ怒号を飛ばした。
「突っ立っているな! 女の言う通りに動け! 動かない奴は飯抜きだ!」
かつて近衛兵として部隊を率いていたであろうキリアンの統率力は、凄まじかった。
混乱していた男たちが、彼の号令一つで統制された作業部隊へと変わっていく。
私は三十年前の鉱山排水路図を広げ、水準器を岩肌に当てながら、勾配を測量した。
毒水の原因は、北側の旧坑道から染み出す鉱毒水だ。
だが、南側の岩盤の亀裂からは、山肌のブナ林が蓄えた清浄な雨水が、わずかだが確実に湧き出しているのを私は見抜いていた。
「問題は、二つの水脈が合流してしまうこの合流点です」
私は松明の明かりの下、崩落した岩盤の隙間を指差した。
「粘土と石を積み上げ、鉱毒水の流路を完全に遮断します。そして南側の清水だけを、新しく組んだ木樋で集落まで直接引き込む」
「それだけで毒が防げるのか?」
泥まみれになりながら、大岩を担ぎ上げたキリアンが荒い息で問う。
「完全ではありません。ですから、沈殿池を作ります」
私は作業場に指定した小部屋で、第三組の男たちに指示を出した。
深さ五尺の穴を掘らせ、底から順に粗い砂利、細かい川砂、粉砕した木炭、そして最後に麻布を幾重にも敷き詰めさせる。
「砂利と砂が泥を濾し、炭の微細な孔が金属イオンを吸着します。これを通過させることで、飲用に耐えうる純度まで水を磨き上げます」
作業は夜を徹して行われた。
私も泥にまみれ、巻き尺を握りしめ、水の流れる傾斜が一インチたりとも狂わないよう、木樋の継ぎ目を点検し続けた。
手が擦り切れ、冷たい泥水に指の感覚がなくなっていく。
だが、数字の通りに石が積まれ、計算の通りに水路が繋がっていく感覚は、王都の執務室で虚偽の帳簿を見つめていた時とは比べものにならないほど、私の胸を熱く満たしていた。
夜明けが近いことを、冷え込みの強まりが告げていた。
「——水門を開けろ!」
キリアンの号令とともに、南側水脈の仮留めが外された。
ゴボゴボと音を立てて、澄んだ水が新設された木樋へと流れ込む。
水は傾斜に従って勢いよく走り、砂と木炭の沈殿池へと吸い込まれていった。
集落の広場に、息を呑む静寂が広がっていた。
住人たちが総出で、新しく掘られた放水口を見つめている。
トボトボと、沈殿池の底から木樋を伝って、水が滴り始めた。
やがてそれは一本の確かな筋となり、甕の底を叩く軽やかな音を立てた。
一切の濁りのない、底の石が透けて見えるほどに澄み切った水。
湯気のように立ち上っていた金属の悪臭は、完全に消え失せていた。
「……水だ」
一人の泥まみれの少年が、おそるおそる甕に歩み寄った。
震える両手で水を掬い、小さな口をつける。
ごくり、と喉が鳴った。
「……あまい」
少年が、ぽろぽろと涙をこぼした。
「水が、苦くないよ……あまいよ、母ちゃん……!」
その一言が引き金だった。
洞窟の中に、地鳴りのような歓声が轟いた。
男たちが泥だらけの顔を見合わせて抱き合い、女たちが祭壇ではなく、新しく引かれた木樋に縋りついて泣き崩れる。
私は煤で汚れた額の汗を袖で拭い、息を整えた。
それから、泥のついていない手を選んで懐から手帳と鉄ペンを取り出した。
白紙の頁を開き、震える指先でインクを走らせる。
『——ノイラート郷、水利補修完了。
可飲水、日量三千二百リットルを確保。水質検査、異常なし。
これにより、当集落における生存可能人口を、百二十名と算定・確定する』
ペン先を離した瞬間、背後に気配を感じて振り返った。
松明の逆光の中、キリアンが立っていた。
泥と煤にまみれた顔で、彼は腰の剣の柄から完全に手を離し、見たこともないほど複雑な、底の知れない光を宿した瞳で私を見つめていた。
「……お前は、一体何者なんだ」
その声は、もはや処刑人のものではなかった。
畏れと、困惑と、そして決して手放してはならないものを前にした男の、震えるような響きがあった。
私は手帳をパチンと閉じ、胸元に収めた。
「申し上げたはずです。私は監査官です。——これより、住民百二十名の名簿作成と、越冬物資の計数監査に入ります」
冷たい地下の空気が、確かに、わずかに温もった気がした。




