第6話 地下集落の実状
キリアンに連れられ、さらに奥の坑道へと足を踏み入れた。
地下採石場の最深部、かつて巨大な石灰岩の鉱脈をくり抜いて作られたドーム状の大空洞。そこに広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
「……これが、『灰の底』だ」
キリアンが吐き捨てるように言った。
湿った岩肌にへばりつくように、木切れと筵で作られた粗末な小屋が密集している。
人口はおよそ百人。ぼろを纏った人々が、焚き火の周りに身を寄せ合っていた。
あちこちから、胸の底を削り取るような重い咳が聞こえてくる。
壁際で横たわる老人たちの皮膚は赤黒くただれ、母親に抱かれた赤ん坊の泣き声は、蚊の鳴くように細い。
「呪いだ……谷の悪霊の呪いがお前たちを殺すぞ……」
通りかかった白髪の老人が、濁った目で私を指差して震える声で叫んだ。
広場の中央には、黒ずんだ石を積み上げた粗末な祭壇があり、カビの生えたわずかな麦の穂が供えられていた。人々はその前に跪き、必死に頭を擦り付けて祈っている。
「病人が出れば、こうして祈るしかない」
キリアンが冷たく言った。
「薬などない。王都の医官は、これを三十年前の死病の残り滓だと笑って見捨てた」
私は祭壇を一瞥し、鼻を鳴らした。
「祈りで病が治るなら、主計局の予算に『祈祷費』という項目が存在しているはずです。そんな無駄な勘定項目はありません」
「……何だと?」
私はキリアンを無視し、広場の隅にある水場へ歩み寄った。
岩肌から滴り落ちる水を、半分に割った大きな素焼きの甕に溜めている。住人たちがその水を木椀で掬い、子供たちに飲ませていた。
私は水瓶の前に屈み込み、手袋を外した。
水面を覗き込むと、透明ではあるが、底にわずかに青白い沈殿物がある。水面を指先で掬い、鼻先に近づけた。
ツンとくる、微かな金属の錆びたような匂い。
指先を舌の先にほんの一瞬だけ触れさせ、すぐに懐の布で拭い去った。
収斂味——舌が渋柿を噛んだように強く引き絞られる感覚。
「……全員、今すぐその水を飲むのをやめなさい!」
洞窟の天井に響く私の鋭い声に、祈っていた住人たちが一斉に動きを止め、怯えたようにこちらを振り返った。
「な、何をする! それは神から賜った命の水だ!」
長老らしき老人が、杖を振り上げて叫ぶ。
「命の水ではなく、ただの毒水です」
私は立ち上がり、甕の縁を指先で強く叩いた。
「この水には、高濃度の銅と鉄のイオン、そして遊離した硫酸が溶け出しています。上流にある古い銅鉱床の坑道が崩落し、地下水脈と混ざり合っているのです。これを毎日飲み続ければ、まず胃壁が爛れ、肝臓が破壊され、皮膚に重い炎症が出ます。子供や老人が血を吐いて倒れるのは当然です」
「呪いではないというの……?」
若い母親が、青ざめた顔で胸元の我が子を抱きしめた。
「呪いで人は血を吐きません。化学的な毒物と、無知が生み出した人災です」
私はキリアンに向き直った。
「キリアン様。この集落の死因の七割は、この水による中毒です。残りの二割は換気不足による一酸化炭素中毒、最後の一割が栄養失調です。三十年前の死病など、ここには影も形もありません」
キリアンは呆然と水瓶を見つめ、それから拳をわなわなと震わせた。
「……俺たちは、毒水を神の水だと信じて、子供たちに飲ませていたというのか……?」
「知らなかったことを悔やむのは、帳尻を合わせた後になさい」
私はトランクを開け、測量用の水準器と巻き尺を取り出した。
「配給計画を変更します。今すぐこの甕の水をすべて破棄してください。これより、清浄な代替水脈の確保と、導水路の突貫工事を開始します」




