第5話 死人に税は課せない
地下へ降りる階段は、冷え切った湿気とカビの匂いに満ちていた。
道は、採石坑道へと直結していた。松明の赤黒い炎が揺れる広い石室の中央に、粗末な木組みの机と椅子が一脚だけ置かれている。
私は椅子に座らされていた。縄で縛られてはいない。だが、部屋の出入り口には大柄な男が二人、抜き身の鉈を下げて仁王立ちしていた。
机の向こう側に、先ほどの頭目の男が立った。
外した革鎧の下から覗く鍛え上げられた胸元には、無数の古い刀傷が刻まれている。
男は私のトランクを無造作に机の上にひっくり返した。
ガタガタと音を立てて転がり出たのは、三本の鉄ペン、真鍮の水準器、インク壺、麻布の包み、そして——五冊の真っ白な牛革表紙の台帳。
男はその中の一冊を拾い上げ、手荒に頁をめくった。
「……何もない。暗号か?」
「ただの白紙です。これからの記録をつけるための」
男は眉をひそめ、台帳を机に叩きつけた。
「金目のものも、武器もない。毒薬の小瓶すら入っていない。……本当に、ただの帳簿付けだとでも言うつもりか」
「先ほども申し上げました。私はノイラート郷の廃村登記を完了させるために派遣されたと」
「ならば話は早い」
男は冷笑を浮かべ、腰の短剣を抜いて机の木目に突き立てた。
「お前が見た通り、ここには人間などいない。いるのは、三十年前に死んだことになっている亡霊どもだけだ。俺たちは戸籍を焼かれ、名を奪われ、王都の貴族どもの都合でこの穴倉に捨てられた罪人と脱走兵だ。……お前の仕事は終わった。帰って『誰もいなかった』と報告するか、ここで本物の死人になるか、選べ」
「どちらも選べません」
私は静かに首を横に振った。
「誰もいなかったと嘘の報告をすれば、私の帳簿が汚れます。それに、私が嘘をついてここを更地として登記すれば、先ほど言った通り、王都はすぐにこの土地を民間に払い下げます。あなた方は確実に炙り出される」
「ならば全員で王都へ攻め入るまでだ。死に損ないの首をいくら刎ねたところで、痛くも痒くもない」
「攻め入る? そのボロボロの装備と、栄養失調の体でですか?」
男の銀灰色の瞳に、危険な光が宿った。
部屋の隅に控えていた二人の男が、息を呑んで柄を握り直す。
だが、私は怯まずに言葉を続けた。
「あなた方の顔色は土気色で、唇は乾ききっている。部下の男たちの呼吸は浅く、二人は明らかな肺の雑音を立てています。まともな補給線も持たず、略奪と泥水で食いつないでいる集団に、正規の警備隊と戦う戦力などありません。自滅するだけです」
「……貴様に何がわかる」
「数字が分かります」
私は机の上の白紙の台帳を引き寄せ、インク壺の蓋を外した。
ペン先に黒いインクを含ませ、最初の頁にサラサラとペンを走らせる。
「死人に税は課せません。死人に裁判を起こすことも、死人から土地を取り上げることもできない。——あなた方の最大の武器は、王都から『死んだことになっている』という事実そのものです」
男は短剣から手を離し、私の手元をじっと見つめた。
「何を……書いている」
「この谷の、正しい隠蔽計画です」
私はペンを走らせながら、顔を上げずに言った。
「王都が求めるのは『帳尻の合った書類』だけです。私が『この地は強毒性の瘴気と崩落の危険により、一切の立ち入りおよび開発が恒久的に不可能である』という完璧な監査報告書を書き上げ、登記を完了させれば、王都は二度とこの谷に調査隊を寄こしません。不可侵の空白地帯として、永久に放置されます」
ペンを止め、私は男を見据えた。
「そのためには、あなた方が何人いて、どれだけの水と食糧を消費し、どの程度の期間自給できるのか、正確な数字を知る必要があります。嘘の数字では、完璧な隠蔽書類は作れません」
男は信じられないものを見るように、低く息を吐いた。
「……王都の役人が、お尋ね者の隠蔽に手を貸すだと? 何の冗談だ」
「冗談ではありません。私はただ、合わない帳尻を正しく合わせたいだけです。——あなたのお名前は?」
男は答えなかった。
深い沈黙の後、彼は短剣を引き抜き、鞘に収めた。
「……キリアンだ。姓はない。十年前にな」
「キリアン様ですね」
私は台帳の右上に、ブレのない美しい筆致でその名を記した。
「案内してください。あなた方が生きている、その現場へ」




