第24話 一滴の血も流さぬ包囲
「ば、馬鹿な! 後続部隊、瓦礫を排除しろ! 早く前線を救出するのだ!」
後方に残されたバルカス将軍が怒狂い、輜重車の兵たちを怒鳴り散らしていた。
しかし、彼らの足元でも、すでにレティシアの計算が完了していた。
「報告! 後方の水場が……水が止まりました!」
兵士の悲鳴が上がった。
レティシアがあらかじめ作動させておいた上流の水門操作により、敵陣が頼りにしていた唯一の沢の水が、完全に干上がったのだ。五百の兵と百頭の軍馬が、喉を潤す術を失った。
さらに、乾きと粉塵に混乱する敵の本陣の背後から、静寂を破って現れたのは——
「——動くな」
バルカス将軍の喉元に、氷のように冷たい鋼の切っ先がピタリと突きつけられた。
黒革の鎧を纏ったキリアンだった。
彼が率いる精鋭三十名は、敵が「通行不能」と判断していた断崖絶壁の獣道を、登山用ロープと滑車を使って音もなく踏破し、敵本陣の背後へと回り込んでいたのだ。
「な……いつの間に……!?」
「首を動かすな。一ミリでも動けば、その喉笛を断ち切る」
キリアンの銀灰色の瞳に宿る殺気は、かつて近衛の隊長として戦場を支配していた男の、本物の覇気だった。
周囲を取り囲むキリアンの部下たちが構える弩の照準は、寸分の狂いもなく指揮官たちの眉間に定められている。
前方では先鋒が無力化され、水は断たれ、総司令官が背後から捕縛された。
戦意を喪失した私兵部隊の兵士たちが、一人、また一人と武器を地面に投げ捨てた。
カラン、コロンと、剣が石畳に落ちる乾いた音が、静まり返った峡谷に響き渡った。
防壁の跳ね橋がゆっくりと降り、レティシアが歩み出てきた。
その手には、一枚の死傷者集計票が握られていた。
「戦闘時間、四十一分。敵味方ともに、死者ゼロ。負傷者、粉塵による軽度の眼球炎症十二名のみ」
レティシアはバルカス将軍の前に立ち、手帳をパチンと閉じた。
「これにて、戦闘行為の終了を宣言いたします。全兵員の武装解除と、損害査定に入ります」




