第21話 討伐軍の編制
だが、追いつめられた獣ほど、予測不能な暴走を起こすものだ。
王都主計局。
査察に入った最高監察院の手により、横領に関わっていた役人たちが次々と連行される中、主計局長バルツァーと、貴族院兵站補給委員長のベルンハルト侯爵は、密室で酒を煽っていた。
「おのれ……あの小娘め! どこまで私の邪魔をすれば気が済むのだ!」
バルツァーがグラスを床に叩きつけ、赤ワインが絨毯に血のように広がった。
「落ち着け、バルツァー」
ベルンハルト侯爵が冷酷な目で呟いた。
「最高監察院の手が我々に及ぶまで、まだ三日の猶予がある。奴らの告発状の根拠は、あの谷にいるファレル監察官の『生存』と、ヴォルフの『供述書』だけだ」
「し、しかし、正規の軍を動かす権限はもう我々には……」
「正規軍が動かせぬなら、私兵を使えばよい」
侯爵は立ち上がり、壁に掛けられた地図の「ノイラート郷」を短剣で突き刺した。
「国境警備のために雇い入れている我が侯爵家の精鋭私兵部隊、五百名。これに重装歩兵と攻城破砕槌を同行させる。『禁足地に巣食う武装反乱軍の鎮圧』という名目だ。谷ごと焼き払い、住民もろともあの女を消し去れば、告発の証拠はすべて灰になる」
「五百名……!? あの狭い谷を攻めるには過剰すぎます!」
「過剰で結構。アリを踏み潰すのに、手加減など不要だ」
ベルンハルト侯爵の冷たい笑い声が、崩壊寸前の密室に響き渡った。
その報せは、翌日の夕刻、ヘンドリック商業連合の早馬によってノイラート郷へもたらされた。
「敵兵力五百。重装歩兵を中核とした、侯爵家の私設軍隊です」
物見櫓の上で、ルカ少年が青ざめた顔で報告書を読み上げた。
広場に集まった住民たちの間に、動揺が走った。
百二十名の集落に対し、五百の正規武装兵。これまでの査察小隊とは桁違いの軍事力だった。
しかし、レティシアの表情には、微塵の動揺もなかった。
彼女は机の上に広げた谷の地質断面図に、赤ペンで淡々と線を書き込んでいた。
「兵站の計算をしましょう」
彼女の静かな声が、ざわめく広場を鎮めた。
「五百名の軍隊が谷の入り口に布陣する場合、一日に消費される穀物は最低でも四百キロ、水は千五百リットル。加えて、あの狭小な地形では、五百名が一斉に展開できる正面幅はありません。実際に戦闘に参加できるのは、先頭の三十名程度に過ぎない」
レティシアは顔を上げ、住民たちを見回した。
「恐れる必要はありません。力任せの五百など、この谷の地形と構造の前には、ただの渋滞した数字の塊です」




