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灰谷の墓守 〜王都を追われた監査官、呪われた禁足地で「死者の村」を登記する〜  作者: しの


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第14話 夜番の告白

収穫祭の熱気が冷め、住人たちがオンドルの温かい床へ引き取った深夜。


私は旧領主館の物見櫓(ものみやぐら)に登っていた。

谷の入り口と、星空を監視するための定時見回りだ。


冷え切った夜風が頬を打つ。空には満天の星が瞬き、眼下には石造りの廃墟群が、煙突から細い煙を揺らしながら静かに眠っていた。


背後で、カチャリと金属が擦れ合う音がした。

振り返るまでもなく、その足音の主が誰であるかを私の耳は正確に識別していた。


「……夜風が冷えるぞ。部屋に戻れ」


キリアンが、厚手の毛皮の外套を私の肩にかぶせてきた。

ずっしりとした重みと、彼が焚き火にあたっていた時の乾いた木の匂いが、私を包み込む。


「定時観測です。夜間の気温降下曲線と、風向きの偏りを記録しておかなければ、明朝の霜害対策ができません」


「お前の手帳は、休むことを知らんな」


キリアンは物見櫓の手すりに両肘をつき、谷の入り口の暗闇を見つめた。

その横顔は、夜の帳の中で鋭く、そしてどこか遠くを見つめているようだった。


「……昔を思い出す」


彼がぽつりと言った。


「王都にいた頃のことですか」


「ああ」


キリアンは自嘲気味に口元を歪めた。


「俺は、近衛第三大隊の隊長だった。平民の出だったが、剣の腕だけを買われて異例の昇進をした。……だが、それが間違いだった」


風が、彼の黒髪を揺らす。


「十年前、第一王子派と第二王子派の暗闘があった。俺の直属の上官だった将軍が、第二王子派の軍需物資横領に深く関わっていた。……お前が主計局で暴きかけた、あの手の汚職だ」


私は息を潜めて、彼の言葉を待った。


「将軍はすべての罪を俺に着せた。軍法会議など形骸だったよ。証拠は偽造され、俺の部下たちは脅迫されて口を閉ざした。俺は反逆罪で処刑されるはずだったが……昔の戦友が一人、密かに牢の鍵を開け、この禁足地へ逃げ込めと言った。『死病の谷なら、王都の追手も深追いはしない』とな」


キリアンの手が、手すりの木材をきしりと握りしめた。


「俺は部下も、名誉も、名前も失った。生き延びるためにこの谷へ逃げ込み、同じように王都の腐敗に踏み潰された連中を拾い集めた。……だが、俺がやっていたのは、過去の亡霊たちを集めて、ただ死を先延ばしにしていただけだった」


キリアンは視線を巡らせ、私の目をまっすぐに見つめた。

その銀灰色の瞳が、星明かりを反射して揺れていた。


「だが、お前が来た」


「……私は、ただ自分の仕事を——」


「お前は、俺たちが奪われたものを全部、帳簿の上に書き戻した」


キリアンの大きな、無骨な手が、手すりの上に置かれていた私の手に重なった。

冷え切っていた私の指先を、彼の熱い手のひらが包み込む。


「名もなき罪人だった俺たちが、大工になり、石工になり、針子になり、畑を耕す人間になった。……レティシア。お前が俺たちを人間に戻したんだ」


「キリアン様……」


「俺の命は、十年前に一度死んだ」


キリアンの声が、低く、熱を帯びて震えていた。


「だが、今ここに息をしているこの身体と、この剣は、すべてお前のものだ。お前が帳簿を引くなら、俺はその境界線の前で死ぬまで剣を振るう。お前を二度と、あんな汚らわしい王都の泥沼へは戻さない」


それは、愛の告白などという甘いものではなかった。

魂の底から絞り出された、絶対の臣従と、決して他者に渡さないという重く、深い執着の誓いだった。


私は重ねられた彼の手の熱を感じながら、静かに、だがはっきりと答えた。


「……不当な損失計上です」


「何?」


「あなたの十年間を、死んでいた時間として処理することは認められません」


私は彼の手を振り払わず、その目をまっすぐに見つめ返した。


「あなたが生き延び、この百二十人を守り抜いたからこそ、今日の収穫と再建がありました。あなたの過去は『損失』ではなく、この谷の自治を立ち上げるための『初期投資』です。——いずれ、王都に対して利息をつけて清算させましょう」


キリアンは一瞬、呆然と目を見張った。


それから、低く、胸の底から湧き上がるような笑い声を上げた。

十年間、彼が一度も見せたことのなかった、少年のように晴れやかな笑いだった。


「……全くだ。お前には、一枚も敵わんな」


彼の手が、私の指を優しく、だが決して解けないほど強く握り直した。


谷を吹き抜ける風は依然として冷たかったが、私の胸の奥は、不思議なほど熱く満たされていた。

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