第13話 死者たちの初収穫
塩と黒鉛の交易によって、集落には大量の鉄製農具と、寒冷地用の麦の種、そしてカブの種子がもたらされた。
しかし、谷底の土地は痩せた頁岩と粘土ばかりで、作物が育つような土壌ではない。
「こんな岩だらけの土じゃ、麦の芽すら出ねえよ」
集落の男たちが、ツルハシで硬い地面を叩きながら弱音を吐いた。
「土がないなら、作ればよいのです」
私は採石坑道の奥、オンドルの煙道の底を指差した。
「煙道に溜まった木炭の灰と、生活排水の沈殿池から出る有機質の泥、そして石灰岩の粉末を混ぜ合わせます。木炭灰のアルカリ性が土の酸性を中和し、多孔質の構造が空気と水分を保持します」
住人総出での「土作り」が始まった。
かつて近衛兵だったキリアンが泥まみれになって大八車を押し、針子のマリアが石灰の粉をふるいにかけ、子供たちが川から腐葉土を運んでくる。
誰一人、不満を漏らす者はいなかった。
自分たちが手を動かせば動かすほど、生活が目に見えて良くなっていくことを、彼らはこの数週間で骨の髄まで理解していたからだ。
谷の日当たりの良い南斜面に、石を積んだ段々畑が作られた。
冷たい風を遮るための石垣を背にし、オンドルの排気熱を通した地下道の上に作られた畑——いわば「温室の段々畑」だ。
種を蒔いてから四十日。
初雪が谷の尾根を白く染め始めた朝、段々畑に緑の絨毯が広がっていた。
寒さに強い黒カブが、丸々と太った紫がかった白い肌を土の上に覗かせている。
隣の区画では、青々とした冬麦の若葉が、霜に負けることなく力強く天を突いていた。
「……抜けた! 母ちゃん、見て! カブが抜けたよ!」
四歳のトマが、自分の頭ほどもある大きなカブを両手で抱え上げ、泥だらけの顔で笑った。
あちこちで、歓声が上がった。
次々と土から引き抜かれる、瑞々しいカブの群れ。
葉を千切ると、ピュッと新鮮な水分が飛び散り、甘い大地の匂いが冷たい空気に広がった。
「収穫だ……! 俺たちの手で、飯が作れたぞ!」
老いた石工のゴードンが、泥のついたカブを胸に抱きしめ、子供のように肩を震わせて泣いていた。
三十年間、施しと略奪、そして泥水ですすり泣いていた亡霊たちが、自らの大地から命を刈り取った瞬間だった。
その日の昼、広場には巨大な鍋が据えられた。
採れたてのカブと、密貿易商から買い取らせた上質な豚肉、そして純白の塩だけで煮込んだシンプルなスープ。
透き通ったスープの中で、柔らかく煮崩れたカブが黄金色に輝いている。
「レティシア様、最初の一杯を」
マリアが、湯気の立つ木椀を両手で私に差し出した。
周囲の住人たちが、固唾を呑んで私を見つめている。
私は木椀を受け取り、匙で熱いスープとカブの小片を口に運んだ。
柔らかい。
噛む必要すらないほど滑らかに解け、上品な甘みと、大地の滋味が口いっぱいに広がる。
「……糖度、申し分ありません」
私が静かに頷くと、広場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
人々が鍋に群がり、笑顔でスープを分かち合う。
子供たちが走り回り、男たちが肩を叩き合って笑い声を上げる。
私は広場の端の石段に腰を下ろし、その光景を眺めていた。
手帳を開き、新しい項目を書き加える。
『——一次産品収穫完了。カブ約六百キロ、冬麦の定着率九十二パーセント。
これにより、当集落の外部食糧依存度を四割削減。
自治共同体としての自給基盤、概ね確立』
「……監査官殿」
気がつくと、キリアンが私の隣に立っていた。
彼の手にも、並々と注がれたカブのスープがあった。
「お前は、本当に笑わないな。これだけの奇跡を起こしておいて」
「奇跡ではありません。計算通りの収率です」
「そういうところがだ」
キリアンは苦笑し、私の隣の石段に腰を下ろした。
二人の間に流れる沈黙は、もはや出会った頃の冷たい刃のようなものではなかった。
暖炉の火のそばにいるような、静かで、確固たる安らぎがそこにあった。




