もう1つの事実
『地縛君……君は、このままこの場所で、ずっと幽霊として過ごしていくつもりなのかい?』
幽霊とは、この世に強すぎる未練を残して死んだ者の成れの果てだ。その目的が達せられるか、恨みが解消されれば成仏できると言われている。だが、幽霊自身の手でそれを成し遂げるのは至難の業だ。特に、この場所から離れられない地縛霊である彼は、鳳たちに直接復讐することも、自分の死の真相を叫ぶこともできない。ただ、この曇天中学校の冷たい土の上で、永遠に近い時間を彷徨い続けるしかない。それは死以上の地獄だ。
「違う……。俺は、スマホを探しているんだ。俺のスマホさえ見つけることができれば、俺が自殺なんかじゃなく、アイツらに殺されたことを証明できるはずなんだ」
僕は彼の言葉に、わずかな矛盾を感じた。
『地縛君、君のスマホを見つけたところで、そこに残っているのはいじめの証拠だけじゃないのか? 君が死んだことでいじめの事実は一部明るみに出たけれど、結局は自殺として処理された。今さらスマホが出てきても、殺人の証明にはならないんじゃ……』
「椅子君、君は勘違いをしているよ。俺が探しているのは、別のスマホだ」
『別の……?』
「俺はあの時、2つのスマホを持っていたんだ。いじめの動画を撮っていたメインの端末は、屋上でアイツらに見つかって壊された。……でも、もう1台、予備のスマホを制服のポケットに隠して、音声録音を回し続けていたんだ」
椅子としての僕の脚が、衝撃でガタリと震えた。
「そのスマホには、屋上でのアイツらとのやり取り、俺を突き落とす瞬間の怒号、そして……俺が地面に叩きつけられるまでの音が、すべて記録されているはずだ」
だが、地縛君の顔に浮かんだのは希望ではなく、底知れぬ困惑だった。
「……なのに、警察は俺のスマホを見つけ出せなかった。そんなはずはないんだ。俺が屋上から落ちた時、そのスマホは確かに俺のポケットに入っていた。……おそらく、俺が動けなくなった後、誰かが死体のポケットから盗み出したんだ」
またしても、衝撃の事実を知ってしまった。地面に叩きつけられ、物言わぬ骸となった少年のポケットを探り、決定的な証拠を持ち去った者がいる。それは、鳳たち本人なのか。それとも、彼らを庇おうとした学校関係者か。パンドラの箱の底には、まださらなる泥沼が広がっていた。
『地縛君……君は、その消えたスマホをずっと探しているんだね』
「あぁ、そうだ。でも、俺にできることには限界がある。俺の移動範囲はこの学校の敷地内だけだ。……だが、隅々まで探しても、見つけることができなかった。巫女に協力を頼むこともできず、途方に暮れていたところだ」
地縛君なりに、この2年間、執念で捜査を続けていたらしい。しかし、学校の敷地内にないのだとすれば、証拠はすでに外へ持ち出されたということだ。
『……僕が協力をするよ』
僕のその言葉を聞いた瞬間。
「ハハハハハハ! ハハハハハハッ!!」
地縛君は、砕けた顎をガタガタと鳴らしながら大笑いした。
「椅子の君に、一体何ができるっていうんだ? 気持ちは嬉しいが……悪い冗談はやめてくれ。今まで通り、俺1人で探すつもりだ」
地縛君の言うことは、あまりにも真っ当だった。僕はただの椅子だ。自力で走ることはできても、指があるわけでも、誰かに聞き込みができるわけでもない。自分の無力さを突きつけられ、僕は思わず赤面しそうになった(椅子なので色は変わらないが)。
『……地縛君。僕なりに、できることを探してみるよ』
今はまだ、具体的な方法は何も思い浮かばない。けれど、同じ鳳たちの犠牲者として、このまま黙って見過ごすことなんてできなかった。
「わかった。好きにするといい。だが……」
次の瞬間、彼の声から温度が消えた。眼窩から飛び出してダラリと頬に垂れ下がっていた目玉が、ドロリとした怒りに染まり、僕を射抜く。
「絶対に、巫女だけは巻き込むなよ」
それは、椅子である僕の存在を消し飛ばしかねないほどの凄まじい威圧感だった。兄としての地獄の底からの忠告。
『……絶対にミコッチは巻き込まないと、誓おう』
僕がその異形の目を見つめて強く宣言した、その時だった。
「お前たち、ここで何をしている」
静寂に包まれていたはずの体育館裏に、鋭く低い男の声が響き渡った。同時に眩い懐中電灯の光が、僕の背もたれと、傍らに座り込んでいたミコッチ、そして腕を組んで周囲を警戒していた府領の2人を真っ白に照らし出す。
(しまっ……た……!)
不法侵入がバレたのだ。地縛君の凄惨な姿は、光が差し込むと同時に霧が晴れるようにスッと消えてしまった。あとに残されたのは、夜の母校に忍び込んだ不審な女子高生2人と、どう見ても場違いな一脚の椅子。
「ひゃっ……!?」
ミコッチが短い悲鳴を上げて身をすくませる。対照的に、府領は目を細めて光の主を睨みつけた。
「……チッ、見つかったか」
府領の冷静な呟きが、かえって事態の深刻さを際立たせる。光の向こう側に立つ影は、一体誰なのか。守衛か、それともこの学校に残っていた教師か。心臓が激しく脈打つのを感じながら、僕は光を遮るように2人の方へ目を向けた。この静かな夜が、一気に混沌へと加速していく予感がした。




