後夜祭ロマンス
三木と相澤と楽器を片づけながら部室で話していて、僕はようやく自分がやらかしたことに気が付いた。
「椎名ってやっぱ面白い奴だよな」
「相手は誰? いつから付き合ってたの? え、まだなの? じゃああれが告白? それじゃあ相手の子のところに行った方がいいんじゃない。だって自分に言われたかどうかわからなくて相手の子、気にしてるんじゃないの?」
完全に空気に飲まれていた。というかあの場に酔っていた。アドレナリンが出過ぎていたというか。ちょっと狂っていたというか。
安い自己陶酔に付き合わされた周りの身にもなるべきだ。
なんて恥ずかしいことをしてしまったのだろう。まったく、これじゃあ発情期のネコと変わらないではないか。
だいたい、まだ好きかもしれない。好きなような気がする……というくらいなのに、あんな勢い任せで告白なんてしてしまって、自分はいったいどうしたのだろう。
過ぎたことだがいくら悔やんでも悔やみきれない。というか悔やむのはそもそも相手に失礼だけども。
そんなことをうんうん悩みながら僕は学校中を走り回って榛原を探した。
学校のみんなが自分のことを見て笑っているような気がしたが、そんな自意識過剰になっている場合ではない。これは公開告白なんて馬鹿な真似をした自分への報いであり、けじめをつけるために自分は走っているのだから。
榛原は教室に戻る途中だった。なんとか階段の踊り場で呼び止めたが、次が続かない。
大きな瞳。小さく、通った鼻。甲殻の上がった口元。綺麗な顔をしているなと思った。
「その、聴きに来てくれた?」
日和った僕は、とりあえず外堀から埋めてみることにした。
「うん、かっこよかったよ」
その言い方には少し含みがあったが、それの意図するところはさっぱりわからず、僕はもうさっさと白状することにした。ここが崖っぷちなのか、はたまたすでに崖の下なのかは僕にはもう判断がつかなかった。
「あのさ……榛原さんのことが好きなんだ」
「うん、私も」
「え?」
彼女が即答するのを聞いて、我ながら間抜けな声が出た。
「待って、今たぶんお店一番混み始める時間だから手伝いに行かなくちゃ。帰り、一緒に帰ろ。待っててね」
振り向きざまに残していった彼女の笑顔が眩しすぎて、僕はちょっとの間、その場から動けなかった。
宙を舞う埃が窓からこぼれる光に照らされているのを、僕はただぼんやりと見つめていた。
おぼつかない足取りで部室へ戻る。なんだか地に足が着いていないみたいだった。気を抜くと、空に飛んで行ってしまいそうだ。
「どうだった?」
まだ部室にいた三木と相澤が好奇心を隠すことなく、楽しそうに問うてきた。
「うん、好きって言ってきた」
「それでそれで?」
「私もって、言われた」
「おー、まじか」
「やばい、青春すぎる」
相澤が珍しく変な日本語を使っていたが、たしかにその通りだと思った。
軽音部に入って、文化祭実行委員やって、好きな子ができて、ライブで告白して。なんて普通の青春をしているんだろう。
こんな普通の人生、自分のものとは思えない。こんな幸せ、手放しで受け取ってしまっていいのかもわからない。
風船のように浮き上がる心をなんとか引き留めながらクラスで料理をつくっていると、いつの間にか夕方になっていた。僕はお世話になっている先輩のライブに最後だけ顔を出した。
教室に戻ろうかと思ったら、たくさんの人が体育館に向かってくるところだった。もうすぐ後夜祭が始まるからだろう。流れに逆らって進むのは大変だった。
教室には、ほうきとちりとりを使ってゴミを拾い集めている榛原の他には、誰も残っていなかった。
「榛原さん、一人?」
「うん、みんなさっきまで手伝ってくれてたんだけど。もうすぐ後夜祭始まるから今日はここまでってことになったんだ」
壁に貼っていた画用紙などはすべてきれいに取り外されゴミ袋に入れられている。料理に使った道具もきちんと洗ってあって、机に広げたタオルの上で乾かされていた。
「榛原さんは行かないの? 後夜祭」
「えー、椎名君を待ってたんだけどなぁ」
「えっと、ごめん」
僕の困った顔を見て、榛原は楽しそうにクスクスと笑った。
この笑顔もきっと一生忘れられない思い出になるんだろう。そんな予感を胸に抱きながら、二人で体育館へと向かった。
重い扉をそっと開け後ろから中へ入る。ちょうど後夜祭が始まるところだった。
「レディース、アーンド、ジェントルメーン。後夜祭をぉ、始めるぜぇぇ。司会を務めるのはぁ、このオレぇ」
司会の名前は音が割れたのと、周りが騒がしいのとで聞き取れなかった。
一階は人いきれでむせかえっていたので二階に上がった。まばらな生徒たちの間を抜け、人がいないあたりで立ち止まる。ここならゆっくり見れそうだった。
いちおう後夜祭に来たのだからステージを見ているべきなのだろうが、今は隣の榛原がどんな顔をしているかのほうが気になった。
「今、演奏してるのって椎名君の先輩?」
榛原は必死に声を張ってそう言ったけれど、そんなに頑張らなくても聞こえるのにと僕は思った。
どうやらステージの隅でBGMとしてバンドの演奏をしているらしい。よく目を凝らして見てみると見覚えのあるメンバーだった。
「うん、部活の先輩たち。たぶん一番上手い人たち」
「そうなんだ。椎名君たちも上手だったよ」
「そう? ありがとう」
彼女の一言一言を愛おしく感じた。ステージ上で行われているミスターとミスの発表なんて耳に入ってこなかった。
「あ、展示の投票の結果発表だって」
榛原の声で我に返った。ドラムのロールが始まり三位から発表が始まる。なんと驚いたことにうちのクラスは三位だった。
「え、嘘?」
「やったっ。やったね、椎名君」とはしゃぐ榛原に促されるままハイタッチをする。何だか物足りない気もしたが、慌ててその不純な思いを打ち消した。
内装については三木のセンスが色々と爆発していてたしかにけっこう良かったが、正直料理は普通以下だったはずだ。親子連れやお年寄りなどの、投票を面倒に思わない層の票を集められたのが大きいのかもしれない……。そんなことを考えないでもなかったが、細かいことはどうでもよかった。榛原と喜びを分かち合えることが単純に嬉しかった。
ダンスやら演奏やらの、各々の出し物が始まったところで僕らは体育館を出た。喧噪を抜け出すと、静かな夜が始まっていた。
榛原と一緒に電車に乗り、同じ道を歩いてマンションへと向かった。榛原の提案で、いつもより少し遠回りをして、線路沿いの坂道を歩いた。
遅い時間だからか人影はまったくなく、普段なら少し不安になったかもしれない。少なくともこの道を、榛原に一人で歩いてほしくないと思った。
「よかったねー。一時はどうなるかと思ったけど、三位だよ、三位。椎名君のおかげだね」
「ううん、榛原さんが手伝ってくれなかったら、絶対途中で諦めてたよ」
榛原は恥ずかしそうに首を横に振った。
「ねえ、椎名君。名前で呼んでもいい?」
「もちろんいいけど。僕の名前知ってるの?」
「もちろん、こーでしょ? かっこいいよね」
少しだけ伸ばし気味に、歌うように名前を呼ばれた瞬間、顔から火が出るほど恥ずかしかった。今までの会話だってよくよく考えれば中々恥ずかしいものだったが、それでも今のはかなり恥ずかしかった。
「光君。私のことも名前で呼んでよ」
「ごめん。名前、わかんない」
まずいと思ったがここは潔く諦めようと思った。窺うように榛原の顔を見ると、可愛らしく眉毛をへの字にしていた。少しだけ、覚えていなくてよかったと思った。
「あーあ、光君は私の名前知らないで告白したんだ?」
小悪魔のように不敵な笑みを浮かべているのも可愛いと思ってしまった。自分が舞い上がっているのはわかっていたがどうしようもなかった。
「うん。だって好きになったの、つい最近だし」
「え、いつ?」
「文化祭の一日目」
「え、昨日じゃんかぁ。私はずっと前から好きだったのにぃ」
「ほんと?」
「ほんとだよ。ずっと前から、大好きだったよ」
すっと夜空を見上げ、榛原はつぶやいた。そして僕の方を見て「で、私の名前は?」と繰り返した。
「ごめん。教えて。絶対忘れないから」
「もー、結だよ。ゆ、い。呼んでみて」
結さん。小さくつぶやいたその言葉は秋の風にさらわれてしまった気がして、僕は立ち止まった。
「結さん。僕と付き合ってください」
「はい、光君」
榛原が伸ばした手を街頭が照らしていた。僕はその手に向かって一歩踏み出した。
反省しなければならないことはたくさんあった。
あまり責任感のない内田にリーダーを丸投げしたりしないで、こまめに連絡をとって進捗を確認するとか、サブリーダーをつけてもっと仕事を分担するとか。料理担当のほうをもっと人数を増やしたほうがよかったとか。ライブで調子に乗ってあんなことを口走らなければよかったとか。
今日一日を振り返っても、反省すべき点は星の数ほどあった。
けれど、そういう若さゆえの失敗とか、その場の勢いとかがあったから、今があるのだろう。なんて、ふと自分の今日までの行いを訳知り顔で分析したりしてみた。
電車がガタンゴトンと音を立てて僕らの横を通り過ぎてゆく。
トンネルをくぐり抜け次の駅へと進んでいくのを僕は静かに見守った。




