7:対決
「話は分かりました。とにかく一度、正当性監視機構の方に……」
突如、私は背後から衝撃を感じた。魔術防壁に阻まれたのは後ろにあったドアだ。奇しくもさっき、私がビラ配りの部屋のドアを吹っ飛ばした時のように。
「伏せて!」
私はアルフィルクに覆いかぶさりつつ、自分の周囲に空気隔離の魔術を展開する。直後、部屋の中が爆発した。
爆発物に依らない爆破魔術の厄介な点は、その高い威力だけではなく徹底した燃焼によるものだ。部屋の中の空気から一気に酸素を奪い取る。たとえ爆発そのものによる物理的ダメージを負わなくても呼吸ができなくなってしまう。
アルフィルクは研究員だ。戦闘魔術には心得が無い。それを見越しての爆発魔術だったのかもしれないが、あいにくと私は正当性監視機構の捜査執行官。下手な軍人よりも荒事には慣れている。
爆発の煙で視界が悪い中、更に閃光魔術が展開される。不快光を軽減させる魔術を使うが、こうなると視界は頼りにならない。私は視覚を切り替える。可視光による視覚が封じられたなら、スキルで魔力を見るだけだ。
相手は魔術を使う暗殺部隊、彼らには魔力がたっぷりと溢れている。無論、体外に放出される魔力を制限して気配を感じにくくすることは出来るが、それも魔術を使う瞬間だけは不可能だ。
一気に五人の魔術師が突入し、私たちに向けて斬撃魔術を行使してくる。先程のビラ配りと違って、規模よりも短距離における貫通に重きが置かれた室内制圧に最適な魔術だ。音や光による自身の感覚器官へのダメージも少ない。
そして最初の爆破で私たちが混乱しているであろうタイミングを狙っての俊敏な行動と制圧。明らかにプロの遣り口だ。そんなプロに対抗するのは本来不可能だが、この世界には例外が一つだけある。それが異世界転生者だ。
魔力量の力押し。最も原始的で最も確実な手段だ。大魔力に物を言わせ魔術防壁を強固にして敵の斬撃魔術を防ぎつつ、防壁そのものを前に押し出して突入部隊を壁に押し付け、更に熱の魔術を浴びせる。
摂氏五〇度ほどの高熱を四肢の筋肉にだけ作用させる魔術だ。筋肉を構成するタンパク質を変質させて動けなくする。相手を殺さず制圧するには持って来いだ。魔術の使用こそ可能だが、四肢を封じられている相手からなら私も簡単に逃げられるだろう。
「コイツらがさっき、あなたの言ってた暗殺部隊?」
「そのようだね。どうする? こんなのに四六時中襲撃されるかもしれないが、それでも僕を正当性監視機構まで運んでくれるかね?」
「当然でしょう? 死んだら転生させてでも証言台に立たってもらうからね」
私の冗談にアルフィルクが苦笑した。
研究室の外には第二、第三の部隊がいるだろう。窓から外に出られるだろうか。顔を出すのは愚の骨頂、視覚の魔術で階下を確認する。問題なさそうだ。勿論、魔術による狙撃部隊も待機しているだろう。
窓を破って、窓の外に煙幕の魔術を展開する。地面まで煙が届いた瞬間、まずは囮として、落下速度を低下する魔術を施した椅子を外に投げる。煙の中を動く異物を見て複数の魔術が放たれたが、その瞬間を私の視覚は見逃さない。魔力の出現点とその周囲を確認し、炸裂魔術を放つ。三カ所の建物から大きな煙が立ち上る。
「殺したのか?」
「魔力源は確認したけど、近くにいた全員が対爆魔術で防御していたから、あのくらいなら死なないわ。周りに無関係な人もいなかった。問題ない筈よ」
もう一度、囮としてデスクを落としてみたが、魔術は放たれない。念のため魔術防壁を展開したまま、私は自身に魔術を施し、アルフィルクを抱えて三階から飛び降りる。
研究室の爆破と魔術合戦で、魔術省の周囲がてんやわんやの状況を呈していた。巻き込まれるのはゴメンだ。適当な建物の陰に隠れたところで、魔術通信機が喧しい音を立てる。
「ひさしぶりね。魔術省の様子が全国で生放送されてるわよ」
上司からだ。最初の電話から3時間と経っていないだろうに、随分懐かしく感じる。
「私のせいってバレてます?」
「もちろん。キッチリと独断専行の件も含めて話してもらうけれど、その様子だと魔術省が隠し事をしているんでしょう? ビラの実物も見たわ。思った以上に魔術省は過激ね。それほど突かれると痛いことなのかしら」
「いまアルフィルク……容疑者から聞きました。異世界転生魔術は、死んだ人の魂を転生させる魔術ではなく、生きている異世界の人を殺して転生させているそうです。それも成功率が低いため、213人の成功のために6兆人弱を殺しているとか」
「にわかには信じがたい話ね。とにかくその場にいても魔術省の部隊の的になるから移動しなさい。そのままじゃ、あなたも含めてテロリストとして処理されるだけよ」
「了解です。ところでマスコミの規制はしてないんですか?」
「魔術省が証拠隠滅のため秘密裏に動いたから、警察の対応は遅れているわ。それにしても魔術省の秘密部隊を一ひねりとは、流石は異世界転生者。面目躍如の大立ち回りね」
「いま色々あって、その手のヨイショは聞きたくないんです。そっちに向かいます。援護、頼めますか?」
「もちろん……と言いたいところだけど、ごめんなさい。難しいわ」
上司にしては真剣に詫びるような口調に、私は嫌な予感がした。
「無差別爆破テロへの警戒で、正当性監視機構の周辺にも魔術省の防衛部隊が展開しているわ。あなたの話からすると、アルフィルクの身柄を私たちに引き渡さないための部隊派遣でしょうね」
厄介なことになったなと私は後ろ頭を掻く。
「どうするの? 魔術合戦で突破する?」
「だからって皆殺しってわけにもいかないでしょう。これ以上、この件で人が傷つくのは避けたいです。正面から行きますよ。魔術防壁と飛行魔術で強引に突破します。タイミングはこっちから指示を出すので、玄関だけ開けてくれたら十分です」
「分かったわ」
一時間と経たずに私は正当性監視機構の建物の近くに辿り着く。
飛行魔術を使えばもっと早く辿り着けたが、それでは目立って仕方がない。狙撃してくれと言っているようなものだ。必然、建物に隠れながら人の少ない路地を移動魔術で進むしかなかった。
「厄介ね……」
建物の周囲は魔術省の部隊に囲まれていた。仰々しい対魔術防護服を着たマッチョな男たちが周囲に目を光らせている。
「飛行魔術で一気に突破するしかなさそうね」
だが飛行中に敵に止められる可能性もある。両手を開けるためにアルフィルクには私の背中にしがみついてもらうことにする。
陽動のため、ここに来るまでの道すがら、デコイの魔力を発生させる魔術を周囲に配置している。遠隔で発動できるから、そちらに気が逸れているうちに突破するというのが作戦だった。
「行くわよ」
囮の高い魔力の反応を検知したらしく、部隊が動く。その隙に私は飛行魔術を行使する。身体が浮かび上がり、建物の陰から躍り出る。
囮に気を取られている部隊の上を、私は一気に突っ切っていく。
合図とともに玄関の扉が開かれる。正当性監視機構の職員の手筈だ。入ってしまえば、あとはどうとでもなる。
高い魔力を検知して、私はそちらに魔術防壁を集中展開、直後、遠距離からの狙撃魔術が私を襲った。
集中展開した筈の防壁が一瞬で割れて、私の脇腹を裂いた。さらに複数の魔術が私の飛行進路を牽制射撃して妨害する。
飛行進路を変更し、二階の窓に勢いをつけて体当たりを行うが、全く破れる様子が無い。建物の外部に魔術防壁を施しているのだ。魔術省の仕業だろう。
煙幕の魔術で視界を晦ました私は別の建物の陰に隠れる。
「大丈夫か?」
着地するなり、アルフィルクが魔術を行使した。治癒魔術で脇腹の傷を癒してくれる。
「悪いわね、手間かけさせて」
「問題ない。僕は戦闘は分からない。だが今キミの魔力を治癒に使うのは浪費だろう、それくらいは分かる」
殊勝なことだ。とはいえ使えるものは使うしかない。爆破犯に助けてもらうのは屈辱だが、ここは合理性を取るのが最善だろう。
「キミの魔術防壁を打ち破るとは、とんでもない魔力量だな」
「違う、魔力量で突破されたわけじゃないわ。それなら魔術防壁が破壊されるまでに、もっと時間がかかったはず。一瞬で魔術防壁が割れたってことは、魔術式の論理の隙をついた攻撃魔術よ。たぶん研究室での交戦記録から、私の魔術防壁の術式を解析したんでしょう。もしくは研究室で突入部隊を派遣したのは、最初から私たちを制圧する気が無くて、魔術の記録を取りつつ時間を稼ぐためだったのかも」
最初から仕組まれていたのかもしれない。もしそうなら敵は相当に用意周到だ。爆破事件が発生してからの対応が早すぎる。こういった事態を普段から想定していたのだろうか。
「用意周到な作戦、この短時間で魔術を解析し、そのうえ突破できる対抗魔術の生成……魔術的才覚だけではなく、何かしらのスキル持ちだろう。異世界転生者かい?」
私は脇腹の魔力紋をスキルで見る。見覚えがある魔力紋だった。
「魔術省の論理戦闘部隊所属、ヘンゲレス・ヴィンセント。魔術省実働部隊の中でも腕利きの魔術師にして、存命の異世界転生者の中で、最も多くの戦闘術式を開発した男よ」
魔族の掃討戦の正当性監視のために派遣された際、顔を合わせたことがある。あの男が相手とは分が悪い。
「戦闘のプロが相手か。突破は諦めて、一度どこかに隠れるか?」
「隠れたところでローラー作戦を敷かれて発見されるのがオチよ。我慢比べをしたところでロクに食事も睡眠もできなかったら、魔力切れになって魔術防壁すら展開できなくなる」
「なら短期決戦か。どうする?」
「即興で対抗魔術を組むしかないけど……威力が高いと建物を破壊しかねないし、低いと防壁を突破できない。厄介ね。防壁だけを器用に破壊しないと……」
ふと顔を上げる。アルフィルクと目が合った。
「あなたの非殺傷型爆破魔術、皮膚だけを爆破してたわね。あれ、術式の応用で敵の魔術防壁だけに対象を変えられる?」
「原理上は可能だが、結局は建物も爆発に巻き込まれるぞ」
「爆風に指向性を持たせれば被害は最小限で済むわ。それに防壁全部ではなく一部だけ爆破すればいい」
わずかだが勝算は見えた。私は作業に取り掛かる。建物に突入するための爆破魔術の定義、そして狙撃を掻い潜るための魔術防壁の再定義。
魔術通信機がコール。私は応答する。
「もしもし?」
「狙撃を確認したわ。帰投には失敗したようね」
「すみません、連絡が遅れました」
「咎めているわけではないわ。怪我は?」
「脇腹に裂傷のみです。大した怪我じゃありません。アルフィルクに治療させています」
「そんなことをさせたら裁判で減刑の口実にされるかもね」
「その心配より前に、私は自分の命の心配をしないといけないもので」
「そうね。アルフィルクの命もあなたの命も、絶対に守り切って帰投しなさい。これは命令よ」
我が上司にしては珍しい鼓舞に、やれやれと返事をする。人を躍らせるのが上手い人だ。
「了解しました。建物の防壁を即席の魔術で爆破したのち、窓を突き破って帰りますので」
「分かったわ。どこから入るの?」
「とりあえずの予定は、三階廊下、西の突き当りの窓からです。さっきの東からの狙撃地点からは最低限、死角になりますから」
「分かったわ。武運を」
通信が切れる。これが最後の戦いだ。
先程狙撃した地点は建物の死角になっているが、狙撃手は既に移動した後だろう。狙撃手は一、二発撃ったら移動するのがセオリーだ。私の現在地を計算したうえで、都合の良い場所を狙撃地点に選んでいるに違いない。
周囲が騒がしい、部隊が動き始めているようだ。煙幕のせいで視界は悪いが、それでも発見されるのは時間の問題だ。どこかで飛び出なければいけない。
魔術の雨に飛び込むようなものだが、弱音を吐いてはいられない。
「魔術式は完成したのかい?」
アルフィルクが私に問う。
「ええ。即席だけど何とかなる筈」
「もとはと言えば僕が書いた術式だし、術式定義さえ分かれば行使は出来る。僕に使わせてくれ。そうすればキミは飛行と狙撃への対応に集中できる」
協力的な態度だが、それも当たり前だろう。命が狙われているうえ、自分の命を守ってくれるはずの女は怪我を負う身だ。頼りないと思うのは当然だ。
「合図したら、あそこの窓を狙って魔術を行使して。それで表面の防壁だけを爆破できる」
「分かった」
二度目の突入、敵は警戒している筈だ。一応、デコイの魔力発生源も使うが、あまり期待は出来ない。
飛行魔術を行使する。脇腹が痛むのを無視して、私は建物の窓に向かって一直線に飛んでいく。
狙撃の魔術。さっき私の魔術防壁を破ったのと同じものが別方向から飛んでくる。想定していなかったわけではない。だが魔術防壁には二つの衝撃、敵の狙撃魔術を防いだ。
私の魔術防壁は魔力の結界に触れた物体やエネルギーを対象に遮断している。その防壁を破った敵の魔術の正体は、物体やエネルギーではないということになる。どうやらビンゴだったらしい。
狙撃の魔術は、おそらく前方に魔力の塊を、後ろから追う形で物理的な作用のする魔術が配置された二層構造になっているのだ。前の魔力の塊には魔術防壁の脆弱性を突く何かが施されているに違いない。そこで物理的な影響を阻害する魔術防壁の前方に、魔力そのものを遮断する外装術式を展開すれば魔術防壁は機能する。
魔術防壁が狙撃魔術を遮断するが、多少の衝撃が飛行進路をずらしていく。だが強引に飛行魔術に魔力を傾け進路を補正し、もう少しで窓に届く距離に来た時だった。
過剰に集中する意識が、最後の狙撃の魔術に違和感を抱く。他の狙撃魔術と違う。三層構造になっている。こっちの二層構造を読んだうえでの三層構造、魔力を遮断する外装術式を中和する。
こっちが次にどういう手を使ってくるか読んでいたのだ。
とっさに私は爆破魔術を行使する。
二層目の魔術防壁と、三層構造の狙撃魔術の接点が吹き飛ぶ。指向性を持つ魔力の爆風が狙撃魔術の軌道を逸らし、右足の肉を削り取るが構わない。
「今!」
私の合図にアルフィルクが答える。窓の周囲が爆発する。可燃物の爆破ではなく魔術防壁を対象とした魔力的な爆破。
両腕を頭の前で交差して、爆炎の中に突っ込む。窓ガラスが割れる音、そして衝撃。
目開けると、真っ暗な天井が見えた。安堵して、大きなため息をつく。
外からの喧騒、アルフィルクの呻き声、色んな音が聞こえる中で、私の意識は薄らいでいった。




