8:最終章
アルフィルク・ヴェンジェンス容疑者の身柄を正当性監視機構が確保。一時、魔術省と一触即発の事態となるが、我らが上司様の立ち回りは上手かった。事態を警察とマスコミに流して魔術省に圧力を掛け、正当性監視機構を包囲していた魔術省の部隊を撤退させた。硬軟自在の様々な交渉や恫喝があったに違いない。
魔術省の秘密部隊の存在まで露見したことで、魔術省側は揉み消しを図る。それをさせないために正当性監視機構が警察と共に魔術省に乗り込み、魔術省のスキャンダルが暴露されることになる。
アルフィルクの身柄は魔術省を経由することなく警察に引き渡された。これを機に魔術省を貶めたい政治家連中の手先か、もしくは勘違いの正義感からか、魔術省を良く思わない団体の呼びかけによって、アルフィルクのために弁護団が結成されているという。アルフィルクの言い分云々よりも、それを口実に魔術省の権威を失墜させることが目的だろう。
一連の爆破事件の処理とともに、新たな調査委員会の発足、正当性監視機構による魔術省への臨検。
当然、その内容は「異世界転生魔術の正当性調査」だった。
正当性監視機構が研究課に踏み込み、魔術式を確認、アルフィルクが語っていた部分が判明した。
異世界転生魔術は、内容の再定義および、正当性の確認ができるまで無期限の運用停止に至る。
アルフィルクの願いが叶えられることになる。これもある種のテロの達成と言えるのかもしれない。
その間の私はというと、脇腹や右足の怪我や軽度の火傷で正当性監視機構内にある病室で療養するしかなかった。魔力も枯渇し、身体も動かないのだからお荷物でしかない。
病室のベッドで魔術通信機を眺めていると、今回の件についてのニュースが流れていた。
「つまりこの狂気の爆破魔、アルフィルク・ヴェンジェンス容疑者の目的は、魔術省に対する復讐であったと」
「最終的に異世界転生魔術の失敗によって、6兆を超える異世界の人々への大量殺戮が確認されました。当然、これは無視できるものではありません」
「しかし現行の法において、異世界の人間を殺したことを殺人罪に出来るのか、という部分が議論の争点となっております。まず異世界にいる人間が我々の世界の人間と全く同じであると証明できなければ、殺人罪で起訴できないでしょう。我々と同じ人でないなら、魔族を殺処分するのと同じようなものです」
「そして証明できたとして、それが国外犯規定に抵触するかという点もあります。国どころか空間からして別の場所ですから、そのまま当てはめて良いものかどうかは……」
魔術省のやったことをどう裁くかが議論されていた。国際条約でも異世界の存在までは考慮されていない。いったいどうなるのだろうか。
だが少なくともこれ以上、異世界転生魔術によって人が殺されることはない。それだけは救いだ。
人柱。誰かの命を犠牲にして、足元に血が流れる様子を見せなければ、人は物事を正すことすらできない。
だが暴力によるテロでの革命など不完全だ。正しい組織が正しい事後処理を行わなければ、こうして大混乱を生むのだから。
どうしたら、人は正しく変われるのだろうか。不当に血を流さずに。
人は血が流れる様を見るのを嫌う。己の暴力性や、不都合な部分を抱えているのに、そこからは目を逸らす。
たとえば私たちが普段食べる肉や魚についても、畜産業や漁業という業種に担当させ、全て「業界」という言葉を用いて線を引き、異世界化する。その中で行われていることから目を逸らそうとする。命の責任を取るのが嫌だから異世界の中に封殺する。
そうしたことの繰り返しが、あの悪辣な大魔術のような結果を生むのだ。
異世界転生者を求める弱い心。自由を得るための責任から逃れようとする無責任さこそ我々の最大の敵なのだ。
それをアルフィルクは変えようとした。だが彼のように暴力だけでは不十分だ。そうした一過性の熱狂こそ、無責任に行われるものだから。
静かに、理性的に、淡々と。十分な議論と判断の元に事態は処理されなければならない。
その中で行われていることを異世界化しないようにする必要がある。
誰かが責任を取るにしても、誰かがやってくれていることから、目を逸らさないように。
数か月後。新たな志を胸に秘めて、私は国内銀行に踏み込んだ。
慌てふためく銀行員たちに向けて、私は大きな声で、しかし理性的に告げる。
「正当性監視機構、ステラ・インフェリット捜査執行官です。銀行業務の正当性の確認を行います」




