5:推測
私たちは再び戻る。
会議室のテーブルには、他にも未使用のビラの束があった。どうやら私が一番だったわけではないらしい。捜査は順調に進んでいるようだ。サンプルのビラは多い方が良い。犯人の特徴が掴める可能性が少し増えるかもしれない。
複数人の魔術に詳しい人間が加わってから調査が始まった。
「こっちは公安、こっちは正当性監視機構が押収した爆破魔術のビラだ。術式視覚化の魔術は既に施していある。それぞれの部署で自由に確認して欲しい」
ビラの内容が明らかになった。その内容の悪辣さに私は嫌気が差した。
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『異世界転生者に頼らずに生きよう』
魔術省が行っている異世界転生者計画は、死んだ人の魂を異世界転生させているわけではありません。
異なる世界の人々を殺して、この世界に転生させているのです
その事実を隠しながら運用する魔術省の闇を暴きます
7月15日 15:00 レジデンスフリーパーク噴水前
このビラを持参してください
この日、この時、アナタの想像のつかない衝撃の事実と対面できます
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これはレジデンスフリーパーク版だが、サウスショッピングモール、魔術商店街も要所が変えられた同様の内容が記載されていた。
無差別爆破事件が三カ所で起こるように、このビラで人々を誘導していたのだ。
この三カ所以外での爆発が確認されていないということは、もしかしたら魔術式には、この三カ所から離れた場所に行くと爆発しないような構文が仕込まれているのだろう。
「このビラの内容に素直に従った人々は、無差別爆破という衝撃の事実と対面する羽目になったわけか」
ドラント警部が不謹慎なことを言ったので、睨みつけて黙らせる。
これ以上、この悪趣味な内容について考えるのはやめて、私は魔術式の解析に入る。
魔術式を解析することで分かることは多い。洗練の具合で魔術への理解度や経験が分かる。魔術関数名はアッパーキャメルケース、変数名はローワーキャメルケースで記述が統一されている。流石に犯罪に利用されるとあってコメントこそ消されているが、独学の素人というよりも、少しは体系的に勉強してきた者と考えるのが自然だ。
ふと顔を上げる。警察や公安など、それぞれの面子がビラを見て熱心に議論を交わしている。だが魔術省の人間の顔色がおかしい気がする。小さな声で耳打ちするように身内同士で喋っている。私は気になって声を掛けた。
「何か分かりましたか?」
「いえ、特にこれと言っては……」
「正当性監視委員会の方は、どうお考えなんですか?」
一番若そうな職員の声を遮るように、ベテランっぽい職員が割って入てきた。
「そうですね、少なくとも全く独学の中学生、といった感じはしませんね。変数名も適切な単語が使われていますし、インデントもちゃんとしていますから」
「やはりそうですか。私たちもその手の話をしていたところなんですよ」
なんだか誤魔化されているような気がして、私は違和感を抱いたが、それ以上は追及しなかった。本能的に、疑っていることを職員たちに悟らせたくないと感じたからだ。
私は少しずつ察し始める。この調査委員会では、全てを正直に打ち明けてはいけないのかもしれない。
そう感じるに至った理由が他にもある。三種類のビラを私のスキルで視認して分かったことだが、全てのビラに込められている魔力の魔力紋が共通している。つまりこのビラ全てが、一人の魔力によって賄われているということだ。
枚数は一万枚は超えるだろうか? もちろん時間を掛ければ誰でも可能だ。だがこのビラは明らかに新しい。そう考えると答えは一つだ。
大量の魔力を有する単独犯の仕業……それ即ち、犯人も異世界転生者、ということだ。
私は調査委員会の建物から出て、単独での調査に切り替えた。
まずは正当性監視委員会の事務所に移動し、そこで異世界転生者のリストを手に入れる。存命の異世界転生者・213名。その中には私の名前もあった。
異世界転生者の職種は様々だ。陸軍、海軍といった通常戦力や、救急隊や情報機関、なぜか教師までいると思ったら、どうやら軍士官学校の教師らしい。その中にあって正当性監視機構は地味な仕事だ。お役所仕事は目立たない。
その中で一番目立ち、多いのが魔術省関連の人間だ。
魔術省とは、魔術が魔族のものから人間の技術になったあとに創設された政府機関だ。母体となったのは民間組織だが、他の政府機関に比べると歴史は短い。
創設には当然、異世界転生者が関わっていた。魔術の発展にも寄与し、その技術革新にも多くの異世界転生者が関わってきたから、異世界転生者とは切っても切り離せない組織である。
だから異世界転生者への挑戦は、魔術省への挑戦といっても差し支えない。
だが犯人は異世界転生者の可能性が高い、というのは単純に考えればおかしいロジックだ。転生者が同じ転生者を恨む理由とは何なのか?
異なる世界の人々を殺して、この世界に転生させている。
ビラの説明は、たんなるセンセーショナルな呼び文句、出まかせだと皆が思っている。私もそうだった。うさんくさい都市伝説のような。
だが犯人が異世界転生者だとすれば矛盾しない。
この犯人の目的は、異世界転生させた魔術省への復讐だ。そして魔術省の異世界転生魔術には、どうやらキナ臭い何かが隠れている。単純に前の世界で事故などで死んだ人間を転生させているわけではないのかもしれない。
それを犯人は暴こうとしているのだ。
次のテロの標的は魔術省かもしれない、そこを張るのがいいだろうか?
しかし時間が限られている以上、受動的な捜査方針では致命的になる危険がある。
今の段階で魔術省に正面から出向いたところで追い返されるのがオチだ。あのビラの内容だけで魔術省の不正を糾弾するのは難しい。かといって正式な手続きをするには証拠も時間も足りない。
犯人が暴こうとしている「魔術省が隠している何某か」についての証拠を処分されるかもしれない。ビラを見て顔色を変えていた魔術省職員の様子からすると、既に工作は始まっているかもしれない。
いや、待てよ、と私は思う。犯人も今回の無差別爆破事件を起こせば、魔術省が証拠隠滅に動く事くらい想定しそうなものだ。だというのに、これほど派手に動いたのは何故か。
はっとして、私は記録しておいた爆破魔術の構文に目を走らせる。最初に見たあの構文……。
var target = physicsArea(x,y,z).human
//var target = animaArea(x,y,z).human
if (target is null) {
target = SearchForApproximationTarget(x,y,z)
}
NonLethalExplosion(target)
//Kill(target)
そうか、そういうことなのか。一つの仮説が成り立つ。
そして、この構文を知り得る人物は、そう多くない。資料を調べてみれば一人だけだった。
私は魔術省に出向き、受付の職員に尋ねる。
その職員のいる部屋に辿り着くと、一息ついてからドアを開けた。
小さな研究室だ。壁際の本棚には大量の魔術書が並んでいる。
そしてこちらを向いて椅子に座っている、一人の男。
目の下には不健康そうなクマ、痩せた腕、こけた頬、ぼさついた髪の毛。まるで世を捨てた賢者めいている。
「アルフィルク・ヴェンジェンスさんですね。正当性監視機構のステラ・インヘリット捜査執行官です。さきほど発生した無差別爆破事件について、事情を聞かせて頂けますか?」
「待っていたよ」
見た目通りのくたびれた口調で、彼はそう言った。




