4:捜索
「彼女の火傷は特にひどくてね、国内の治療では早期な回復は見込めないらしい。海外だと『兵站なき兵団』を抱えるスピラディア帝国あたりは治療魔術が発達しているから、そちらへの移送も考えられているそうだ」
「治療費はどうするんですか? 移送費用も馬鹿にならないでしょう。裕福なご家庭ならいいんですけど……」
「犯罪被害者給付金制度がある、それを使えばいいだろう」
「そんな早く支給されるものではないでしょう」
「今回は単なる刑事事件じゃない。魔術犯罪でもあるから警察だけじゃなくて魔術省からも支給される。後者の方が申請されてから支給されるまでの手回しも早いだろう。元々が民間組織だったからな」
「なるほど。魔術犯罪被害者支援の会にも話を回せば、もっと話が早かったりもするかもしれませんね」
少しでも彼女の助けになってくれる人たちがいる。それだけ分かれば今の私には十分だった。
今の私に出来ることは彼女を見守ることじゃない、この事件の真相を解明することだ。
調査は次の段階へ。調査本部に戻り証拠物を漁る。
「魔術式が書かれたビラ、見せてもらえますか?」
警部を通じて鑑識と交渉、現場に残されていた爆破魔術の記載されたビラを見せてもらう。
「ビラの破片に調査用の魔術をかけて、仕込まれていた術式を浮かび上がらせました」
var target = physicsArea(x,y,z).human
//var target = animaArea(x,y,z).human
if (target is null) {
target = SearchForApproximationTarget(x,y,z)
}
NonLethalExplosion(target)
//Kill(target)
「何かしらの魔術を模倣して造ったようですね。それを爆発魔術に置換したもののようです」
「つまり犯人は、魔術の術式に関しては素人同然かもしれんわけか」
「最後の構文がコメント化されていましたが、Killが殺人を意味する場合、今後は殺人に発展する可能性もあります。もしかしたら家畜業で使われる屠殺魔術かもしれませんが」
「逆になんて爆破魔術は非殺傷なんだ?」
「さぁ、そこまでは……」
「世間へのアピールが目的であって、殺戮行為そのものは目的ではないという可能性もありますね」
あれだけ大量の人間をターゲットにしておきながら、重傷者はいても死者がいないというのは明らかに犯人が意図したことだろうと私は睨んでいた。その場合、生かしたまま傷つけて町中の病院の機能をパンクさせることが目的かもしれない。その場合、早いうちに犯人は次の犯行に及ぶかもしれなかった。
急がねばならない。次の犯行まで待ってやるつもりは毛頭ない。私は視覚を切り替える。
「微力な魔力の有無だけならともかく、魔力紋の精密な判定も出来るのか」
「異世界転生者の中でも、私だけが持っているスキルです」
「便利なものだな、異世界転生者ってのは」
「だからこそ為すべきことは為さねばならないんです」
魔力紋の判定というのが私の持つスキルの一つだ。人が発したり、モノに帯びた魔力が当人のものか判別できる。戦闘や私生活では役に立たない能力だが、こういう調査活動の際には便利なスキルだ。
術式の印刷側の魔力については、既に使用後であり魔力が枯れて判別できない。だが人間が触っていれば、そこには大なり小なり魔力が帯びる。術式に固執せず、そちらを追えば犯人に迫れる。
「スキル自体は解析して術式化し、正当性監視機構内でも共有しているんですが、視覚的に判別できる私のスキルと、調査後に結果を出力しなければいけない魔術とでは処理速度に差があるので、こういう時にはスキルの方が役に立ちます」
物に帯びた幾つもの魔力には、様々な色と紋様が見える。別々の魔力が絡み合って物に帯びる様子は、奇怪なオーロラじみている。
「アドマイアさんが帯びていた魔力の一つと、このビラが帯びている魔力の一つが一致しています。現場に戻りましょう」
「なんだって? 歩き疲れたから、もう休憩したいんだが」
腑抜けたことを言う警部に私は一喝する。
「なに馬鹿なこと言っているんですか、行きますよ」
警部の背中を強めに叩いて、私は歩き出す。
爆破現場に戻る。予想通り、まだ魔力の痕跡は残っていた。
「こんな開けた場所だと魔力の散逸も早いです。さっさと現場に戻ってこないと痕跡が消えてしまいます」
「だから他人任せには出来ないわけか、キミのスキルを模した魔術式では速度的に間に合わない」
「そういうことです」
魔力の痕跡は、まるで足跡のように空間と地面に残っていた。私はそれを辿っていく。駅構内や人通りの多い場所を何度も通っており、なるほどビラを配った人間も魔力探知による尾行も考慮していたらしい。
私のスキルによる視覚でも乱雑に魔力が混ざった空間での判別は難しい。だが裏を返せば難しいだけだ。集中力さえ切らさず冷静に判別できれば何も問題はない。この程度の雑務で弱音を上げてはいられない。アドマイアさんのような被害者をこれ以上ださない為にも、一刻も早く犯人を捕まえなければならない。
魔力の痕跡を追って辿り着いたのは、なんの変哲もないアパートメントだった。特定の部屋のドアの前に辿り着く。魔力の持ち主と同質の魔力がドアノブや壁などに付着している。私は確信した。
「間違いはないのか?」
「ええ。チャイム、鳴らしてもいいですか?」
「好きにしてくれ」
「すみません、警察の方から来ました。ちょっとお話を伺いたいことがあるのですが」
呼び鈴を鳴らして挨拶をしてみるが返答はない。
「いないんですかね? でも魔力の鮮度からして、外に出た感じはないんですが……」
「いるな。居留守だろう」
警部が指先から魔術を展開してドアノブに触れていた。内部を探知する類の魔術だろう。
「よく分からないんですが、警察でもそういうのって犯罪にならないんですか?」
「言ってる場合か。ドアを蹴破るか?」
「まさか。乙女にそんな事させないでください」
私はドアの蝶番を熱の魔術で溶断し、衝撃の魔術で部屋の中へドアを吹き飛ばした。すかさず懐から取り出した円筒物を部屋に投げ入れる。数秒後、炸裂した閃光の魔術によって部屋から目が眩むほどの光が迸る。
すぐさま私は突入する。砂埃が立ち込める部屋の中、床に蹲っている人間が一人いた。
「ふざけんじゃねぇ、いきなり何しやがる」
意外と元気そうな男の声が聞こえた。
「私は正当性監視機構の捜査執行官です。独自の判断で物理的・魔術的武力を行使する法的権限があります。捜査にご協力を願えますか?」
「何もしてない一般市民の部屋に突入してくるのは、越権行為どころか犯罪行為だろうが」
「何もしてないわけではなさそうですね」
部屋のテーブルに置かれた紙束。いくつかが先程の衝撃で床に散乱している。でかでかと標語が記されている。『異世界転生者に頼らずに生きよう』。
私のスキルによる視覚は、それだけでなく通常の視覚では分からない方法でビラに記されたものも読み取っている。
「さっき鑑識で見たのと同じ魔術式の構文がありますね……爆破事件について聞かせてもらえますか?」
「待て待て、爆発するなんて知らなかったんだ。ただバイトで雇われただけだ。俺は魔術言語なんて読めねぇよ」
魔術言語とは英語に近い言語で、私が元々いた世界のプログラミング言語のようなものらしい。なんでそんなものがこの異世界で使われているかというと、この魔術式の言語を開発、体系化したのも異世界転生者だからだ。そういうこともあって魔術式を理解するには専門的な知識が必要になる。この男が出まかせを吹いているとは限らないということだ。
「公園でビラを配れってバイトだったんです?」
ビラに印刷されている魔術の魔力は生きている。活性化すれば術式が発動するだろう。扱いには慎重を来さねばならないが、捜査にあたっては重要な手がかりになる。魔力紋も確認できるから犯人を特定できる貴重な資料だ。
「そうだよ、俺らみたいな貧乏人は日雇い仕事の少ない稼ぎでヒィヒィ言いながら生きてんだよ。お前、異世界転生者って奴だろ? いいよなお前らは。向こうの世界でどうだったかは知らないが、こっちに生まれた時には膨大な魔力に多数のスキル、生まれながらのエリートだ。そんな奴らがいる世界じゃ、まともに努力する気にもならねぇよ、俺ら庶民は」
「いま生きている世界で頑張れない人間が、異世界に行って大きな力を得たくらいで充実した人生を謳歌できるわけないじゃないですか。くだらない現実逃避をしていないで、うさんくさい日雇い仕事なんてせず普通に働いたらどうです?」
男が言うほどこの世界は貧富の差が激しいとは言えない。勿論これは私の主観にはなってしまうのだが。
「上から目線で偉そうなこと言ってんじゃねぇよ」
突如、男が魔術を展開した。空間に広がる術式言語。ざっと眺めた私は避ける必要はないと悟る。
直後、大木一つくらいなら真っ二つに出来る切断魔術が私を襲う。だが常時展開している魔術防壁が完璧に遮断した。
「魔術が分からないって嘘だったんですか。でもあなたみたいな素人に毛が生えた程度の人間じゃ束になっても勝てませんので、さっさと投降してください」
それでも男は抵抗しようと術式を展開しかけたので、後の先を取る形で捕縛魔術を行使して男の動きを封じる。
殺すのは至極簡単だが、そんなことをしても何も意味はない。私は捜査官だ。
「知っていることを全部話してください」
「誰が……」
直後、悲鳴を上げる男。私が男の身体に魔術で電流を流したのだ。
「痛いでしょう。まだ抵抗するなら次は眼球です。神経と外眼筋に電気を流して差し上げましょうか? 死ぬほど痛いそうですよ」
ちなみに私自身は体験したことがないので分からないが、あまりやりたくない手法だ。加減を間違えれば失明させてしまう危険もある。
「分かった、喋る、喋るから」
こうして眼球お大事おじさんの目玉に電気を流さずに済んだ。
「あら、警部。ずっと部屋の外にいたんですか」
紙束を抱えて部屋から出ると、私は警部に皮肉を言った。
「このこと話したら、お前さん、解雇されるんじゃないか? いくら異世界転生者とはいえ」
「あのくらいなら正当性監視機構では日常茶飯事です。訴えても一蹴されるだけですよ」
「本当にこの世界ってのは腐ってやがるな、異世界転生者の看板があれば何をしたっていいのか?」
「拗ねないでください。情報提供してあげますから」
拗ねる男を眺めていても楽しくもなんともない。私は中で聞けたことを全て話す。
「つまり実行犯は全員、爆破魔術の印刷されたビラを渡されただけで、内部の術式については何も知らなかったわけか」
「ええ。まさか自分が爆弾を撒いているなんて思っていなかったわけです」
男は切断魔術を使っていたが、それくらいしかできない素人、いわゆるマジック・キディだったらしい。他人が作った術式の中身を理解は出来ないが魔力を込めて使っている、人の褌で相撲を取る手合いだ。
「魔力の余波が外まで届いてたぞ、あんな斬撃魔術を食らって大丈夫だったのか」
「大丈夫でしたよ。捜査中は勿論、プライベートでも狙われるんで、常に魔術防壁を展開してるんです。乙女には辛い世の中ですよ」
「ずっと展開してるのか。流石は異世界転生者だな。常人ならすぐに魔力切れを起こすぞ」
「あいにくと命を狙われることが多いもので、このくらいの用心は必須なんです。さてと……既に増援は頼んでますから、そこの男は拘束してもらいます。私たちは調査委員会の方に戻りましょう。証拠品も提出したいですし」
私は踵を返した。次にやるべきことは決まっている。




