2:無差別爆破事件
世界は救われ始めていた。
「続いてのニュースです。魔術省の対魔部隊による魔族掃討作戦により、南部の魔族のコミュニティが壊滅しました。これにより活動領域がまた一段と広くなり、更なる経済活動の活発化が期待されています。作戦には論理戦闘部隊に所属する異世界転生者、ヘンゲレス・ヴィンセント氏の魔術が使用されたことが公表され……」
「異世界転生魔術の再現性効率化を目指して、魔術省の異世界転生者・アルフィルク・ヴェンジェンス氏によって原理の解明が進められており……」
このところニュースは異世界転生者の話題でひっきりなしだ。魔術省によって多数召喚された異世界転生者は肉体的に赤子の頃から英才教育を施され、各分野で華々しく活躍している。
最初は偶然に召喚された異世界転生者。彼らが少しずつ原理を解明し、異世界転生召喚魔術の再現性を確立しつつある。これによって異世界転生者は少しずつ、大量生産可能な製品となりつつある。
かくいう私自身もそうであるわけで、そこに嫌気が差さないわけではなかったが、文句を垂れても世の中が良くなるわけでもない。そういうものだと割り切るのが賢明だろう。
人ごみの中でニュースを眺めていると、魔術通信機が喧しい音を奏でる。苛立ちながら私は応答する。
「もしもし」
「インヘリット捜査官、私よ」
我らが上司殿からのラブコールだ。あまり嬉しいものではない。
「なんです? ディナーでも誘ってくれますか?」
「状況Bよ。あなた、今どこにいるの?」
状況Bとは物騒なことだ。私は気を引き締める。BはBomb、つまり爆弾を意味する。テロ事件の可能性まで視野に入れるべき事案だ。
「駅近くです。現場は何処です?」
「三カ所で同時に爆破事件が発生したわ。レジデンスフリーパーク、サウスショッピングモール、魔術商店街」
「なら一番近いのはレジデンスフリーパークですね」
「既に警察が現場に到着しているわ。貴方も事件に介入して、事件の究明と調査活動の正当性の監視を行いなさい」
「了解しました」
汽車に乗り二駅、駅の改札を出ると、なるほど混乱の様相を呈していた。流れに真正面からぶつかっていては、いつまで経っても現場入りできない。私は人の通りが少ない裏路地を迂回して現場に辿り着く。
においがした。
現場のにおい。煤のにおい、何かの燃えたにおい。何か、焼いてはいけない肉を焼いてしまった時に漂うにおいだった。どれだけグロテスクなことが起こったのか想像させるにはあまりあるほど強烈だった。
空にはいくつも人影が飛んでいる。救急隊の魔術師だろう。一般人は許可なく飛行魔術を使用できないが、救急、消防、軍、警察などは無制限に使用できる。
「ダメだ! 下がって! ここは立ち入り禁止だ!」
現場の出入り禁止を示すテープを越えようとしたら、物凄い剣幕で警官の一人が止めてきた。
私服だから誤解されたらしい。私は手帳を出す。
「失礼しました。正当性監視機構のステラ・インヘリット捜査執行官です。本件調査に協力するよう伺っております。確認して頂けますか?」
「しょ、少々お待ちください」
警官が一度現場のテープの奥に引っ込む。少しして戻ってくると入っていいと言われたので、私は現場入りする。
「アンタか、噂の異世界転生してきた捜査官ってのは」
現場にいた刑事が声をかけてきた。意外と若くて長身、顔もイケている男だった。いくつかの事件の調査委員会の発足時、正当性確認に際して資料で見たことがあった。
「ドラント警部ですね。こちらこそ噂はかねがね」
「爆破魔術関連なら、公安か魔術省が出張ってくるものと思ってたがな、まさか正当性監視機構が真っ先に来るとは意外だった」
「魔術による爆破事件です。警察、魔術省、公安。完全に別の組織が共同で行う調査委員会が発足されるでしょう。混沌とした現場が正当な調査が出来ているか……内部から確認するためにも、事件発生当初から我々が見ていた方が正当性は担保されます」
「三つで済めばいいがな」
警部が被害者リストを出してくる。事件発生から30分と経っていないだろうに、ずいぶんと調べが早い。
「ドープ議員……まさか検察まで介入してくると?」
「これが連続爆破事件に発展して、被害者に議員が連なるようなことがあれば可能性は高い」
とんでもないことを平然と言う刑事に、私は些か苛立つ。
「事件が続いた方が犯人を逮捕しやすいとでも? それが正しい刑事のあり方とは思えません」
「異世界転生者ってのは破天荒なのが常だと聞いていたんだが、どうやらお宅は頭が堅いらしいな」
知った事かと私は無視して本題に入る。
「被害規模は?」
「突如として数人が爆発した、といっても皮膚だけだったようだ。幸い、死人は出ていない」
「皮膚だけの爆破……殺害を目的としていないながら、これだけの混乱を引き起こすのは、なにか意図を感じますね」
タイルの地面にぶちまけられた黒い跡。黒くなった血液が泡立っている。熱された血液の、なんたるグロテスクなことか。
「この公園以外にも、いくつかの場所で連続爆破。類似点としてビラのようなものが配られていたらしい」
「ビラに爆破術式が印刷されていたと?」
魔術印刷は普及して久しい。連続無差別爆破となれば、大量印刷して配ったと見るべきだろう。
「可能性の話だが、かなり高いだろう。配られたビラを持ってた人間が爆発したって話だから」
「どんな内容のビラだったんですか?」
「『異世界転生者に頼らずに生きよう』とかいう主張の内容だったらしい。大方、魔術省に反感を持ってる人間の仕業だろう」
魔術を宗教的に、また倫理的に嫌う人間は多い。魔術は元々魔族が編み出したものだからだ。だが大半の民衆は魔術を単なる技術として私生活でも運用している。室内照明、料理や風呂の熱、公共機関の汽車にだって使われている。いまや魔術なくして生活は成り立たない。
そんな魔術の中に異世界転生召喚魔術と呼ばれるものがある。これは魔術省が管理・常時運用している大魔術で、異世界で死亡した人間の魂をこの世界に召喚し、異世界転生者として人材雇用するというものだ。
異世界転生者は異世界から転生してくる時、魂が次元流を渡ってくる段階で変質を起こし、こちらの世界に来た時に膨大な魔力を得られる。ただし召喚魔術の成功確率は低いらしく、魔術省は二十四時間体制でこの大魔術を動かし続け、成功数を稼ごうとしている。
そんなことを何故知っているかというと、私自身も異世界転生者であり、かつ正当性監視機構の権限で様々な組織の事情を知る機会が多いからだ。一般人は異世界転生者がこの世界を助けていることは知っていても、具体的にどのように召喚されているかまでは知らない。魔術省が何かやっている、程度の知識だ。
そんな異世界転生者も魔術で呼ばれているわけだから、魔術を嫌う人間が異世界転生者を嫌うのは道理ではある。私が前にいた世界だって、外国人が自国に入ってくることを快く思わない人間はいた。それと大して変わらない。
「異世界転生者に対する挑戦かもしれん。もしそうならアンタも狙われるかもしれんな、ステラ・インヘリット捜査執行官」
ドラント警部が縁起でもないことを口にした。




