3-1-8 三つどもえの戦い
帝国と王国の国境に設けられた関所は、異様なほどに静まり返っていた。
戦場から遠く離れたこの地方に、直接の軍事的脅威は及んでいない。それでも混乱の余波は確実に波及し、見張りの兵たちは持ち場を放棄して逃げ去っていた。
無人となった関所を抜け、エヴァ、エレイン、シオンの三人は辛くも帰還を果たす。
その報せを受け、サーラは彼女たちを王宮の作戦室へと呼び寄せた。
地図と報告書に埋もれた部屋で、戦場の出来事はようやく言葉として整理されることになる。
サーラは、額に手を当て、深く嘆息した。
「本当に無茶をしたわね……」
無言でうなだれる三人の姿は、武勲を誇る者のそれではない。
フレヤレイド──遠距離から聖地を穿った帝国の飛翔兵装。その発射を阻止しようと、最後まで抗ったものの、結果として力は及ばなかった。
その事実が、彼女たちの肩に重くのしかかっている。無力感と疲労が、隠しきれぬ影となって表情に沈んでいた。
サーラが言葉を継ごうとしたとき、シオンが顔を上げる。まっすぐに視線を合わせ、静かな声で言った。
「姫が危険に立ち向かっているのに、私たちだけ安全な場所で待つなんて、できませんでした」
その一言に、サーラは返す言葉を失う。叱責は容易い。だが、彼女自身もまた命を賭している以上、その決意を否定することはできなかった。
やがて小さく息を吐き、うなずく。
「……もう何も言わないわ」
やがて全員が揃い、ミーナが聖地の状況を報告し始めた。彼女はドラゴンの背から、アーゼラ復活の瞬間を目撃している。その記憶を辿るだけで、指先がわずかに震えた。
「聖地は完全に浄化されていたわ」
フレヤレイドによって汚染され、数千年にわたって人が踏み入ることすら叶わない──そう思われた土地が、ほんの一瞬で元に戻ったのだと。
その報告に、室内の空気が目に見えぬ重みを帯びる。ミーナの声音には、抑えきれぬ戦慄が混じっていた。
シオンが険しい表情のまま問い返す。
「浄化って、本当に完全に?」
「ええ。汚染魔法の痕跡すら残っていない。まるで、最初から存在しなかったかのように。それだけじゃない……朽ち果てていた城の跡が、時間を巻き戻すように、目の前で本来の姿へと再構築されたの」
常識では説明のつかぬ現象だった。龍の背から見下ろしたその光景は、奇跡と呼ぶにはあまりにも意図的で、あまりにも力強い。
報告を聞いていたエレインが、思案の末に口を開く。
「そういえば、あの闇の女王……先代の女王と同じ名前だったわ」
その指摘が、場を沈黙させた。亡くなったばかりの先代女王の名はアーゼラ。だが伝説に語られる闇の女王もまた、同じ名を名乗っていた。
エヴァは即座に首を振る。
「偶然よ。先代の女王は、ほんの数ヶ月前に亡くなったばかり。伝説の存在と同一だなんて、あり得ないわ」
だがエレインは引かない。
「声まで似ていたの。雰囲気は違う。でも……根の部分が同じに感じた」
ミーナが、わずかな苛立ちを含ませて断じる。
「思い込みよ。伝説の闇の女王が、あのアーゼラ女王と同一だなんて、そんな話は成り立たないわ」
エレインは反駁の言葉を探しながらも、やがて唇を引き結ぶ。
飲み込まれたその疑念が、サーラの胸底に小さな棘となって残った。
張り詰めた空気の中、シェリーが静かに告げる。
「……鏡の予知によれば、闇の女王と帝国が、恐ろしい戦争を始めるわ」
《双魚の鏡》の予知は、これまで一度として外れたことがない。その残酷さも含めて、全員が知っている。
部屋の空気が一段低く沈んだ。
数秒の沈黙ののち、サーラは唇を噛み、顔を上げた。
「なら、奴らが潰し合っている間に手を打つしかないわね」
十二人の女王候補の中で、戦況を読むのは《処女の書》の持ち主である彼女の役目だ。
仲間たちは一斉にうなずく。闇の女王と帝国の衝突が激化する今こそ、介入の機はある。
サーラは決意を宿した眼差しで言った。
「もう一度、闇の女王を封印する方法を探すわ。答えが見えていなくても、立ち止まるわけにはいかない」
彼女たちの戦いは、まだ終わっていない。
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