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3-1-7 帝国と闇の女王

アーゼラの宣言が終わるや否や、彼女の眷属が闇の空間から次々と召喚され、瞬く間に帝国の領土へと押し寄せた。


黒羽の軍団──悪魔で構成された恐るべき部隊。


無数の漆黒の翼がいっせいに広がり、帝国の空を塗り潰していく。

巨大な悪魔から小型の影の兵まで、寸分の乱れもなく編成された軍勢が、飛空艇や砲台の上空を静かに通過する。


それは進軍というより、侵食だった。


まるで夜そのものが、音もなく迫ってくるかのようだった。


帝国の偵察用小型飛空艇から送られてきた映像が、皇帝ルキウス・ヴァルトラの居る皇帝の間に映し出される。


魔法モニターに広がる光景は、戦場一帯が暗闇に覆われ、遠くの地平線まで無数の黒羽が舞い続ける様子を映していた。


空と地の境界すら曖昧になるほどの黒。

世界最強であるはずの帝国軍が、一方的に蹂躙されている光景。


居並ぶ重臣や将校たちは、その光景から目を逸らせずにいた。


広間には重い沈黙が落ちていた。

鎧の擦れる音すら遠慮がちに消えていく。


「……くっくっく」


そも中で、皇帝の笑い声だけが響き渡る。

彼の顔にあるのは焦りでも苛立ちでもなく、愉悦だった。


ざわめきが広がる。

この状況で笑うなど、正気の沙汰ではない。


「実に愉快。世界はまだ、余の知らぬカードを隠していたか」


ルキウスはゆっくりと立ち上がる。

マントが玉座の段を滑り、視線が一斉に集まる。


「恐れるな。この程度で帝国は落ちん」


断言──


だが広間の奥では、若い将校たちが息を詰めている。

いったい、どこにその確信があるのだろうか。

言葉には出さない。出せるはずがない。


「ロキスヴェイン、次の手を」


玉座の横に控えていた最高魔法顧問ロキスヴェイン・フェルサンドは、無表情のまま頭を垂れる。


「御意。禁忌魔法をご覧に入れましょう」


禁忌。


その不吉な言葉に、今度は明らかに動揺が走る。

いったい何が始まるのか。

場にいる誰もが、理解できないものに対する恐怖を隠しきれない。


「良いな。この盤上に、新たなルールを書き加えるのだ」


「お任せください、陛下。

このロキスヴェインが、必ずや勝利を帝国に」


広間の床に刻まれていた紋様が、静かに光を帯びていた。

それがいつ描かれたものか、定かではない。

幾層にも重ねられ、磨耗し、修正され、幾度も試算された痕跡を残す古い術式。


準備は、とうに終わっている。


彼は袖口から小さな金属鍵を取り出す。

掌に収まるほどの、無機質な器具。

そこに刻まれた符号が、微かに明滅する。


広間に漂う緊張を一瞥し、ロキスヴェインはわずかに顎を上げる。


「静粛に」


それだけで空気が凍る。


「──幕を、上げましょう」


鍵が床の中心に埋め込まれた台座へと差し込まれる。


詠唱はなく、祈りもない。


かちり、と乾いた音。それだけだった。


モニターには、黒羽の軍団が帝国の要塞へ急襲する様子が映し出されている。


だが、それから数分もしないうちに、新たな脅威が地上に現れた。


禁忌魔法によって蘇らせた死者で構成された、帝国の不死の軍団。


城壁の下、土が盛り上がり、地面が裂ける。

腐敗した肉体と崩れた鎧をまとった兵士たちが、次々と地中から這い出してくる。


それは凱旋でも復活でもない。

ただ、命令に従うための再起動だった。


不死の兵たちは、かつて帝国軍の精鋭だった者たち。

今や魔法により忠誠を強制された存在である。


痛みも恐怖もなく、声も上げず、

ただ命じられるまま黒羽の軍団へと突進する。


帝国側も準備を怠ってはいない。


城壁上から放たれる対空砲の閃光が暗黒の空を引き裂き、飛び交う悪魔の羽根を焼き払う。

幾重にも張られた魔法障壁が淡く発光し、接近する敵を弾き返す。


だが、黒羽の軍団は退かない。


羽音を轟かせながら城壁へ取り付き、障壁を削り、魔力を削り、執拗に侵攻を続ける。


その迎撃に飛び出したのは、不死の兵士たちだった。


彼らは城壁から身を投げるようにして黒羽の兵へ飛びつき、脚や翼を掴み、狂気じみた力で地へと引きずり落とす。


落下音が響き、骨が砕ける。

だが、砕けた肉体は再び立ち上がり、再び掴みかかる。


空と地で、死が循環していた。


「これが……戦争か?」


モニターを睨みながら、帝国総司令ヴォルフガング・アイゼンバルトは低く呟いた。


「いや……これはもう戦争じゃない」


幾多の戦場を渡り歩いてきた将軍の顔に、わずかな驚愕と、押し殺した苛立ちが滲む。


「生と死の境界が曖昧になった戦場で、我々は一体何と戦っている……?」


その問いに答える者はいない。


魔法モニターには、空を埋め尽くす闇の眷属と、それに抗う帝国の不死の兵が映され続けている。


どちらも退かない。


終わりを知らぬ衝突が、静かに始まっていた。


皇帝ルキウスは、不敵な笑みを浮かべたままその光景を見つめる。


国と国、人と人の争いを超えたこの激戦。

常識も倫理も通じぬこの衝突こそが、彼を高揚させていた。


「余を失望させるなよ……闇の女王」


その言葉が静かに響く中、戦場では兵たちが倒れ、蘇り、再びぶつかり合う。


対する闇の女王は、自らの居城で静かに笑みをこぼす。


「子供が火遊びを覚えたようなものだわ」


二つの巨大な力の衝突が、新たな時代の幕を切って落とした。


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