3-4-1 エクストラバトル1
サーラの登場に一同が沸き立つ中で、誰もが同時に気づいていた。目の前に立つ少女は確かにサーラでありながら、その内に宿す気配が、もはや以前のそれとは異なるものへと静かに塗り替えられていることに。
面差しに変わりはない。だが、その眼差しには揺らぎがなく、余計な力みもない。自信と落ち着きが深く沈み、そこに触れれば飲み込まれかねないほどの、圧を伴った静けさがあった。
戸惑いと、言葉にしきれぬ敬意が入り交じった視線が彼女へと集まる中、シオンが一歩、前へと進み出る。わずかに胸を張り、その場の空気を断ち切るように声を放った。
「控えろ!このお方こそサーラゼル・ヴェリルライト師匠──マスターウィザードであるぞ!」
高らかに告げられたその称号に、場の空気がわずかに軋む。
アーゼラは微笑を保ったまま、しかしその瞳だけを細めた。一方で、エレインは露骨なまでに息を呑み、言葉を失う。
マスターウィザード──それは、熟練のさらに先、選び抜かれた者のみが到達する領域であり、単なる力量の差では語れない位階だった。サーラがそこに至ったという事実は、理解よりも先に、現実として押し寄せてくる。
「マ……マスターウィザード……?」
かろうじて漏れたエレインの声は震えていた。
「そんな……あのサーラが、そこまで……」
信じがたいという思いと、それでも否定できない現実とが、彼女の中でせめぎ合う。
だが当のサーラは、その反応に肩の力を抜いたまま、小さく苦笑を浮かべただけだった。
「そんな大げさなものじゃないよ。ただ……十年分くらい、まとめてやっただけ」
軽く言ってのけるその言葉に、かえって重みが宿る。
十年という時間が、どれほどの密度を持つものかを、この場にいる者たちは知っている。それが単なる積み重ねではなく、極限まで研ぎ澄まされた研鑽であるならば、なおさらだった。
アーゼラはそのやり取りを見届けるように、ゆるやかに笑みを深める。
「たかが十年分、ね。随分と軽く言うものだわ」
その声には、嘲りが滲んでいた。
「その程度で、この私に届くとでも思っているの?」
サーラは一切の間を置かず、静かに首を横へ振る。
「思ってないよ」
あまりにもあっさりとした否定に、アーゼラの眉がわずかに動く。
サーラはわずかに目を細めた。その視線の奥に、書の中で拾い上げた無数の記述が、静かに重なっている。
「あなたがただの魔法使いじゃないことも、何度も転生を繰り返して、そのたびに研鑽を積み上げてきたことも……ちゃんと知ってる」
その一言が落ちた瞬間、空気が変わった。
アーゼラの表情から、作られた余裕が静かに剥がれ落ちていく。視線の奥に、初めて測るような色が宿る。
短い沈黙ののち、彼女はわずかに顔を逸らし、ゆっくりと手を上げた。
毒蛇の仮面に指をかけ、そのまま躊躇なく外す。
「……そこまで見えているなら」
低く、乾いた声だった。
「興を引く遊びは、ここまでにしておこうかしら」
露わになった素顔には、先ほどまでの軽薄さは一切残っていない。冷えきった刃のような視線が、その場の全員を貫く──はずだった。
しかし、その瞬間、誰かの喉がひくりと鳴った。
視線が、揺れる。
それは単なる威圧によるものではなかった。目の前に現れた顔立ちが、記憶の奥底に沈んでいた像と、不気味なほど正確に重なったからだ。
「……うそ……」
エヴァの声が、かすかに漏れる。
否定するように瞬きを繰り返しても、その像は消えない。見間違いではないと、むしろ視界の方がそれを突きつけてくる。
あり得ない。
ここにいるはずがない。
すでに、この世から消えたはずの存在だ。
「なんで……」
レイラの掠れた声が続き、言葉はそれ以上、形にならない。
場の空気が変わる。先ほどまでの圧力とは別種の、理解を拒む重さが、静かに広がっていく。
それでもアーゼラは、何も語らない。ただ、その反応すら見越していたかのように、わずかに口元を歪めただけだった。
圧力が、言葉を持たぬまま場を満たしていく。
誰もが無意識に息を潜めた。今、目の前にいるのは“闇の女王”であると同時に、決して再び目にするはずのなかった“あの人”でもあるのだと、否応なく理解させられる。
サーラは、そのすべてを正面から受け止めていた。
一歩も退かず、視線を逸らすこともなく、ただ静かに、アーゼラを見据えている。
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