3-3-21 ラストバトル3
シェリーの表情が、見る間に翳りを帯びていく。
その瞳に宿っていたはずの温もりは、ゆっくりと剥ぎ取られるように失われ、代わりに冷たく濁った光が沈み込んでいった。
焦点は合っているはずなのに、どこも見ていない。
ただ、深い闇だけがそこにある。
「戦いをやめなさい。……暴力では、何も解決しないわ」
静かに発せられたその声は、普段の彼女のものとよく似ていながら、決定的に何かが違っていた。言葉の抑揚が均され、意志の揺らぎが感じられない。
まるで、別の誰かがその口を借りて語っているかのように。
その場にいた全員が、息を呑んだ。
シェリーはゆっくりと歩み出て、アーゼラとの間に割って入る。その立ち位置は、偶然ではあり得ないほど正確で、まるで彼女を守る壁のようだった。
ミーナたちと対峙するその姿は、あまりにも異様だった。
「シェリー……どうしたの? 目を覚まして!」
呼びかけに、反応はない。
ただ、こちらを見据える瞳に、かすかな敵意の色が宿る。それは彼女自身の感情ではなく、押し付けられたもののように歪んでいた。
アーゼラが、その様子を見て愉快そうに笑う。
「あらあら、いい反応ね」
軽く肩を揺らしながら、仮面越しにシェリーへと視線を送る。
「どう? あなたの信じる“理想”を、彼らに教えてあげなさいな。暴力に頼るなんて、あまりに野蛮でしょう?」
ミーナたちは言葉を失い、互いに視線を交わす。
目の前に立つのは敵ではない。だが、そのままにしておけば、戦いは成立しない。
躊躇が、隊列にわずかな綻びを生む。
その一瞬を、アーゼラは見逃さなかった。
「ふふ……愛らしいこと」
くぐもった笑いが、低く広がる。
「お前たちの“絆”、そんなに強いものだったかしら? けれど──」
わずかに声色が変わる。
「シェリーは、もう私のものよ」
言葉が、重く落ちた。
「彼女の持つ《双魚の鏡》──それこそが、私にとって必要な“唯一の光”。他のデバイスなど、もはや価値はないわ」
その宣告に、場の空気が引き締まる。
ここまでの戦いが、すべて仕組まれていたかのような響きだった。
ミーナは歯を食いしばり、拳を握る。
「シェリーを返せ!」
フィーの叫びが響く。
だがアーゼラは、ただ静かに笑みを深めるだけだった。
「返してほしいのなら、力で奪いなさい。できるものなら、ね」
杖がゆるやかに掲げられる。
その先に、闇が集まる。
魔法陣が空間に刻まれ、黒い波紋のように広がった。
そこから現れたのは、異形としか言いようのない存在だった。
巨大な口。
その奥に、ただ一つの目。
何もかもを測るように、じっとこちらを見ている。
「紹介してあげる」
アーゼラが、愉しげに囁く。
「この子は──カリュブディス。お前たちを片付けるには、十分すぎるでしょう?」
その言葉と同時に、カリュブディスの口が大きく開いた。
吸い込む。
音もなく、しかし確実に。
空気が引き裂かれ、足場の石片や瓦礫が浮き上がり、抗う間もなく引き寄せられていく。
「皆、下がって!」
ミーナの指示が飛ぶ。
だが、後退は思うように進まない。足元が流されるように引かれ、姿勢が崩される。
エレインが《白羊の盾》を構え、踏みとどまる。
「ここは……通さない……!」
全身に力を込めるが、その圧は常識を超えていた。盾越しにも、引き裂かれるような負荷が伝わる。
「どうする、ミーナ! このままじゃ全員持ってかれる!」
カリナの声に、焦りが混じる。
ミーナは歯を噛みしめ、即座に応じた。
「距離を取る! 無理に押し返そうとしないで! エレイン、ルナと合わせて防御を広げて!」
「了解!」
ルナが《巨蟹の腕輪》に魔力を込め、エレインの盾へと力を重ねる。
だが、それでも足りない。
引力はなお増していく。
カリュブディスの目が、じっと彼女たちを捉えている。
まるで、抗い方すら見透かしているかのように。
その傍らで、シェリーは動かない。
微動だにせず、ただその光景を見ている。
感情のない目で。
「シェリー……お願い、目を覚まして!」
エヴァの声が震える。
しかし、返答はない。
アーゼラが満足げに頷いた。
「無駄よ。もう戻らない」
仮面の奥で、笑みが深まる。
「さあ──絶望しなさい。そのまま、何もできずに消えていくがいい」
吸引はさらに強まる。
地面すら軋み、空間そのものが歪み始める。
「カリュブディスの腹の中は、亜空間に繋がっているの」
アーゼラの声が、淡々と響く。
「どれだけ抗っても無駄。すべて、跡形もなく呑み込まれるわ」
その言葉の通り、放たれた攻撃はすべて消えた。
ミーナの《獅子の剣》の斬撃も、エヴァの《天秤の鎖》の打撃も、ヴァイの《天蠍の弓》の射撃も。
触れた瞬間に、存在ごと削ぎ落とされるように消失する。
「くっ……!」
踏みとどまりながらも、策が見えない。
押し返す手段が、どこにもない。
仲間たちの呼吸が荒くなる。
防御は限界に近づき、足場は崩れかけている。
「ミーナ……盾が……もう……!」
エレインの声が途切れ途切れに響く。
その腕が、わずかに引かれる。
あと一歩で、崩れる。
「も、もう……」
ミーナの唇から、言葉が零れかけた、その瞬間──
「諦めるな!」
天からの鋭い声が、戦場を貫いた。
ブクマでサーラたちの応援をお願いします!




