3-3-20 ラストバトル2
アーゼラが前衛三人の猛攻をバリアで受け止めたものの、その衝撃で、ほんの一瞬、足元がわずかに揺らいだ。
「今がチャンス!」
その機を逃さず、エヴァが《天秤の鎖》を低く走らせて足元を狙い、ほぼ同時にヴァイが《天蠍の弓》を引き絞る。弦が鳴り、矢は一直線に胸元へと吸い込まれるように飛んだ。
「その隙は見逃さないよ!」
二人の攻撃は、呼吸を合わせたかのように重なり、瞬時に間合いを詰める。
だが、アーゼラは微動だにしなかった。
軽く杖を振る。その一挙で、鎖も矢も軌道を逸らされ、弾かれる。あまりにも無造作で、力の使い方すら見せない動きだったが、その奥に潜む圧は明確で、エヴァとヴァイの胸に冷たいものが落ちた。
「この程度で、私を倒せるとでも?」
冷ややかな声が、わずかに愉悦を含んで響く。アーゼラは何事もなかったかのように立ち尽くし、その余裕は崩れない。
視線だけが、わずかに彼女たちを測るように動いた。
次の瞬間、杖が翻る。
空間に浮かび上がった炎の魔法陣が脈動し、巨大な火の奔流となって解き放たれた。轟音とともに押し寄せる熱波が、石畳を焼き、空気を歪める。
「来るぞ!気をつけて!」
ミーナの声に応じるように、レイラが《宝瓶の壺》を掲げた。淡い霧が周囲に広がり、熱を絡め取るように炎を削いでいく。
「水で抑えるわ、持ちこたえて!」
その間隙を縫って、エレインが一歩前へ出る。《白羊の盾を》構え、正面から炎を受け止めた。
「ここは絶対に通さない!」
魔力の防壁が盾に展開され、残った炎を押し返す。火と水が拮抗し、空間が軋むように震えた。
「ふん……やるじゃない」
アーゼラが低く呟く。だがその声音には、なお余裕が残っている。
そのわずかな均衡の中で、カリナが踏み込んだ。
「この一撃で決める!」
《金牛の鎧》が光を帯びる。受けた炎の力をそのまま宿したかのように輝き、ルナの《巨蟹の腕輪》から放たれる力がそれをさらに押し上げる。
「行くぞ、カリナ!」
ルナの声とともに、二人は同時に前へ出た。炎を纏うようにして突進し、その勢いのままアーゼラへと迫る。
「なんだと……!」
一瞬、アーゼラの視線がわずかに鋭くなる。
その刹那、カリナの突撃が正面から叩き込まれた。バリアが展開されるより早く、衝撃が伝わる。アーゼラの身体が後方へ押し返され、足元が滑る。
石畳が砕ける音が、遅れて響いた。
仲間たちは即座に体勢を立て直し、間合いを維持する。誰もが息を荒げながらも、視線だけは逸らさない。
確かに──押している。
そう感じられるだけの手応えが、そこにはあった。
アーゼラの表情にも、かすかな歪みが走ったように見えた。
「……私たち、もしかして行けるんじゃない?」
エヴァが低く呟く。その言葉に、張り詰めていた空気がわずかに揺れた。誰も否定しない。むしろ、同じ感覚が胸の内に芽生えている。
ミーナは一瞬だけ目を閉じ、すぐに判断する。
「シェリー、予知をお願いできる?流れを掴めれば、一気に押し切れる!」
ミーナの声が届いた瞬間、シェリーの肩がわずかに強張った。
「……わかった」
短く応じた声は、思った以上に硬かった。自分でも気づくほどに。
《双魚の鏡》を握る手に、力が入る。
──何もできていない。
戦いの最中、彼女はただ後方に立ち、仲間の背を見ているだけだった。攻撃も、防御も担えない。頼れるのは、この鏡だけだというのに、その力すら今は曖昧に揺らいでいる。
(サーラなら──)
ふと浮かんだ名前に、胸の奥が締めつけられる。
この場に彼女がいれば、迷いなく指示を出し、戦いの流れを組み替えていただろう。誰をどう動かし、どこで決めるかを、迷いなく。
その不在を埋める役目が、今は自分にあるはずだった。
それなのに──
「……見ないと」
かすかに漏れた声は、ほとんど自分に向けたものだった。
シェリーは鏡を持ち上げる。指先の震えを押さえ込むように、強く。
「アルシディア……応えて」
呼びかけに、鏡が鈍く光を帯びる。
だが像は定まらない。霧のように揺れ、形を結ばない。
(まだ……足りない)
焦りが、静かに深まる。
「お願い……もう少し、先を……」
無意識に、さらに魔力を注ぎ込む。普段なら踏みとどまるはずの線を、越えている自覚はあった。
それでも止めない。
止められない。
(見えないはずがない……見えるはず……!)
鏡の奥が、ゆらりと歪む。
輪郭が浮かび上がりかける。何かが、確かに“いる”。
シェリーは息を詰め、その像に意識を寄せた。
より深く。より先へ。
覗き込むように。
引き込まれるように。
──その時。
「かかった……」
低く落ちた声が、空気を裂いた。
ミーナたちが顔を上げる。
だが、シェリーには届かない。
視線はすでに、鏡の奥に囚われていた。
そこに映っていたのは──《毒蛇の仮面》。
その眼が、こちらを見ている。
「な……に……これ……」
息が浅くなる。身体が強張る。
逸らそうとする意志とは裏腹に、視線が離れない。
鏡の奥から、覗かれている。
いや──
引き寄せられている。
「……っ」
指先の感覚が消えていく。足元が崩れるような錯覚に、思わず息を呑む。
それでも、目だけは動かない。
「シェリー!どうしたの!」
誰かの声が遠くで響く。
だが、その距離は急速に遠のいていく。
意識が、沈む。
暗い水底へと引き込まれていく。
鏡の中で、蛇の眼がわずかに細められた。
まるで、待っていた獲物を迎え入れるように。
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