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3-3-14 滅びの始まり

朝が訪れているにもかかわらず、王都はなお深い静寂の底に沈んでいた。

本来であれば人の営みが立ち上がるはずの時刻であるのに、街路には気配がなく、夜の闇だけが取り残されたかのような不自然な静けさが広がっている。


異変を察した十人の女王候補たちは、自然と一箇所に集まり、それぞれに周囲へと視線を巡らせていた。

誰もが言葉を選びかねている沈黙の中、最初に口を開いたのはミーナである。


「……どういう状況なの、これは」


すでに街中を見て回っていたらしく、その眼差しは冷静でありながらも、わずかに緊張を帯びていた。

彼女は低く声を落とし、事実だけを切り出す。


「人々がね……ベッドの中で、そのまま石になっているわ」


短い報告であったが、その意味は重かった。

場にいた者たちは息を呑み、思考が一瞬遅れる。


同じく街を巡っていたフィーが、小さく頷いた。


「あれは作り物じゃない。触れた感触も、重さも……全部、本物だった。

信じたくはないけど、あれが元は人間だったってことも……たぶん間違いない」


言葉にするほどに現実味が増し、空気がわずかに軋む。

冷えた朝の空気が、彼女たちの間に張りつめた緊張をさらに押し広げていく。


セレナは空を仰ぎ、目を細めた。


「……風が変だわ」


その一言には、単なる違和感以上の確信が滲んでいた。


「何かを急かしているような流れがある。停滞じゃない、進行している気配……。

もしかすると、風化の魔法が重ねられているかもしれない。放置できないわ」


その指摘に、場の空気が一段沈む。

石化で終わりではない可能性──時間とともに消滅へと至る工程が示唆されたためである。


レイラは手元のエーテルサインに視線を落とし、眉をひそめた。


「通信も通じないわ。外部との接続が完全に断たれている。

妨害……というより、この結界そのものが遮断している感じね」


淡々とした口調であったが、その内容は決定的だった。

この場はすでに孤立している。


エレインがゆっくりと周囲を見渡し、目を細める。


「王都全体が覆われているわね……巨大な結界。

この規模、この精度……通常の魔法では到底維持できない。やっぱり、闇の女王よ」


その言葉に、誰も異を唱えなかった。


カリナが声を潜める。


「貧民街まで丸っと同じ状態だ。差なんてない。

……大人も子供も、片っ端から全部やられてる」


無差別であるがゆえに、その残酷さはむしろ際立っていた。


一方、ヴァイは街の外縁に視線を向ける。


「……森の方までは侵食していないようだ。境界があるに違いない」


その報告は僅かな救いではあったが、同時に時間の問題であることも意味している。

防げているのではなく、まだ届いていないだけに過ぎない。


エヴァが口を開いた。


「猫のネフィリスは無事だったわ。

多分、偶然じゃない……人間だけが対象になっている可能性が高い」


その言葉に、わずかな安堵が広がる。

だが、それは状況の本質を何一つ軽くはしなかった。


続いてルナが、実地で確認した事実を告げる。


「石になった子供を街の外まで運んだら、元に戻った。結界の外に出せば解除されるみたいだな」


一瞬、希望が差し込む。

しかしルナはすぐにその先を断ち切るように続けた。


「……けど、この人数を全て運び出すのは現実的じゃない。時間も、人手も、足りない」


その現実が、再び場を沈ませた。


シェリーが、わずかに震える声で呟く。


「どうして……鏡は何も映さなかったの……」


未来を映すはずの《双魚の鏡》が沈黙していた事実は、彼女たちの拠り所を根底から揺るがしていた。

予知の外側から襲われた可能性──それは、対処の術が極めて限られることを意味する。


やがて、誰ともなく視線が王宮へと向けられた。


かつての荘厳な姿は見る影もなく、闇に侵され歪んだその外観は、もはや異界の城と呼ぶべきものへと変貌している。

黒く沈んだ輪郭が空を切り裂くように立ち上がり、その存在そのものが侵食の中心であることを雄弁に語っていた。


あの場所にいる。

それ以上の説明は不要だった。


沈黙ののち、誰かが静かに呟いた。


「……始まるんだね」


その言葉は、確認でも宣言でもない。

ただ避けようのない事実として、場に落ちた。


王都を覆う結界、石と化した無数の人々、そして中心に座す闇の女王。

それらすべてが一つの方向へ収束しつつあることを、彼女たちは理解していた。


ここから先は、もはや退くことはできない。


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